The Spirit in the Bottle

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神と自由意志 ノア 約束の舟

 さて、「ポンペイ」に続く史劇第二弾……と書くと「さすがに聖書の、それも創世記の映像化は史劇には含まないだろう」と思われるかもしれないが、予告編を見た段階ではなぜか「ポンペイ」と印象がかぶり、僕は「トロイ」あたりと同様に「神話だけどできるだけリアルに史実っぽく描く物語」なのかな、と思っていたのだ。ブラッド・ピットがアキレスを演じたトロイ戦争を舞台にした「トロイ」も明らかに神話でありながら神々の存在をあくまで信仰上の物として表に出さず歴史上の出来事かのように描いた物語だった(トロイ戦争自体はあったと思われるがアキレスだったりアガメムノンだったりトロイの木馬だったりは完全な神話)。あれと同様に聖書*1の物語(歴史書であり経典でもあるが基本的にはヘブライ神話という言い方が最も当てはまると思う)ではあるができるだけ超常的な神の存在を曖昧にしリアルな史実っぽく描く、それが今回の作品なのだろう、と予告編を見て連想した。ところがそれは開始早々打ち砕かれたのであった。
 聖書の「創世記」。その中のいわゆる「ノアの方舟」を映像化したダーレン・アロノフスキー監督作「ノア 約束の舟」を鑑賞。

物語

 神がこの世を作り、最初の人間アダムとイブを作った。アダムとイブは禁断の知恵の実を食べエデンの園を追放される。2人の子供カインとアベルは貢物を巡る神の寵愛の果てに兄のカインがアベルを殺す。カインは呪われるが彼の子孫が人間として地上に増えることとなる。アダムとイブのもう一人の子供セツの子孫はカインの子孫とは別に生き、やがて何世代もの後ノアへと至る。
 ノアの家族はカインの子孫に迫害され、堕ちた天使であるウォッチャーに庇護されながら祖父メトシェラの元を目指す。ノアは預言を受け、地上に満ちたカインの子孫が悪を行っているのを見た神が大洪水で全てを流し去るヴィジョンを得る。神の奇跡の元木々が生え、ノアは家族とウォッチャーの力を借りて動物のつがいと自分たちを乗せるための巨大な方舟を作り始める。やがてそれをカインの子孫たちの王であるトバルカインが見つけて…

 ガッツリ神話でした。予告編(少なくとも日本の劇場で流れたもの)は巧妙に神話的な創造物を隠し、リアルに見えるようにした物だろう。それがウォッチャーと呼ばれる巨人が冒頭から出てきたり史劇とは全然違うものだった。もちろん僕自身「ノアの方舟」の物語が聖書・創世記でもかなり冒頭(6〜9章)の物語で同じ聖書の物語でも「出エジプト記」だったり「ダビデゴリアテ」だったり「バビロン捕囚」あたりと比べると史実性は薄いというかほぼゼロであるのは知っていたのだが、ちょっとびっくりしてしまった。
 先行する試写会などで先に観た人がしきりに「トランスフォーマーだった」と言っていたので僕なりに予想したのはG1の「戦え!超ロボット生命体 トランスフォーマー」におけるサイバトロンの乗船した船「アーク」が山の麓に突っ込むように不時着するのでこの映画でも「方舟=アーク」が終盤同じように山に突っ込む描写があるのかな、というものだったが、よく考えるとそんなひねったものではなく、ウォッチャーと呼ばれる巨人たちがまんま「トランスフォーマー」実写版のプロトフォームという感じの造形であった。彼らは聖書ではネフェリムと呼ばれる存在で人間の娘と天使の間の子であるとされる(日本語訳では慣例的に「巨人」と訳されるようだ)。映画劇中では天使が地上の人間を守るために地上に降り立ったが地上におりた途端光で出来た身体はドロと化しそれが固まって不格好な巨人となったとされる。やがて彼らはカインの子孫に迫害されセツの子孫に救われる。そんな彼らがノアに協力するのだな。

 この天使が地上(と言うか地球)に降り立つ(流星のように降ってくる)描写はまんま「トランスフォーマー」であった。このウォッチャーが比較的早くから出てくるので「超常現象少なめ」の作品であろうという事前の予想は簡単に覆される。
 原作ってか聖書は単なる神話ではなく信仰の礎でありヘブライユダヤ)民族の歴史書でもあるのだが、この「ノアの方舟」には先行する「ギルガメッシュ叙事詩」の影響が強いといわれる。少なくとも時系列的に聖書のほうが後発なのは確か。最も大洪水の神話は世界中にあり、はるか昔に人類に永遠に語り継がれるような全世界規模の大洪水があったのは確かなようだ。僕自身は聖書は宗教書と言うより神話、歴史書、物語としてそれなりに子供の頃から読んでいた。新約聖書の方は「ヨハネの黙示録」だけは何回も読んだなあ。 

 主役のノアを演じるのはラッセル・クロウ。普通に考えてヘブライ神話の登場人物が白人であるというのはまずありえないことで「ポンペイ」の時もちょっと書いたし、「トロイ」でもギリシアから「俺達の先祖は金髪碧眼のブラッド・ピットじゃない!」という抗議があったと聞いているが、その辺はもう観客に見立ての心が必要なのだろうなあ*2。英語を話すのも致し方ないが、僕はこの物語を原初のものだと思うからおかしく感じるのであって、むしろ人類文明がいったん滅んで「北斗の拳」や「マッド・マックス」のような世界において「ノアの方舟」の物語が再現される、という感じだと勝手に受け取った。なんかジーパン履いてるような描写もあるんだよね。
 聖書だとノアは900歳ぐらいまで生きてノアの方舟を建造を始めたのは600歳ぐらいの頃である。順番的には「天地創造」「アダムとイブ」「失楽園」「カインとアベル」に次ぐ物語だがノアの祖先のセツからノアに至るまでは何世代も系図だけ書き連ねられ、しかも皆異常に長命なのでここで時代的にはグッと下がることになる。登場人物の寿命はまあ話十分の一としてもやはり神話なのだろうなあ。
 ノアの家族を演じるのは妻のナームにジェニファー・コネリー、長男セムにダグラス・ブーム、次男ハムにローガン・ラーマン、三男ヤペシュにレオ・マクヒュー・キャロル。さらにセムの妻となる幼少期に養女としたイラにエマ・ワトソンというキャスト。ノアの祖父メトシェラには最近本当に何にでも出ている印象もあるアンソニー・ホプキンス。ちなみにメトシェラは聖書中最も長命な人物で969歳まで生きた。しかも映画だと病死でなく洪水による事故死!
 エマ・ワトソンローガン・ラーマンは「ウォールフラワー」から引き続きの共演でもちろん時代も物語も違うけれど2人の関連性はちょっと「ウォールフラワー」と似ている部分もあるように感じる。セムを演じたダグラス・ブームもなんとなくエズラ・ミラーと面影が似ている。セムに関してはもちろん聖書の登場人物として男性であることは知っていたのだけれど、最初の方子役が演じているときは普通に女の子だと思ってしまった。メトシェラと会った時に「長男」だとか「boy」とか言われてはじめて男の子だったのか、と気づいたりした。
 敵対するカインの子孫、その棟梁であるトバルカインを演じるのはレイ・ウィンストン。聖書では別に悪人というわけでなく(そもそもノアとは世代も違うので関連性は薄い)最初の鍛冶職人とされる。劇中でも自らやっとこを振るって武器を手がけるシーンなんかもある。カインの子孫はそれこそ「北斗の拳」のモヒカンや「マッド・マックス2」のヒューマンガス軍団を彷彿とさせるヒャッハー!な人たちだが、この辺どちらかと言うとこの後のアブラハムの時代のソドムとゴモラの住人の描写っぽい感じもする。

 中盤でノアたちとカインの子孫による雨の中の方舟争奪戦があって、ノアの家族とトバルカインを除いて人類は滅亡する。この戦いの時のウォッチャーの死に様が体内のエネルギーを放出する感じで身体が爆発するとその中から光の天使が飛び出して昇天する、というのは中々興奮する映像だった。
 ノアは反抗的なハムが連れてきた少女を見殺しにするが、この時点では「やむを得ず」感が強いが実はそうではなかったことが後々明らかになる。ノアは預言を具体的な言葉ではなくビジョンで受け取るが、それ故にその預言された未来は不確定的でもある。前半ノアは慈悲深い家族思いの夫・父親としての描写が強い。その後方舟建造中は力強い指導者となるが、いざ大洪水が起きて人類が自分たちだけとなると偏狭な面が強くなる。彼は勝手に人類は完全に滅ぶべきでそれは自分たちとて例外ではない、と考える。セムの妻となるイラは子供の頃の傷が元で子供を産めない身体なので良し、そしてハムの連れてきた少女を見殺しにしたのはハムに子作りをさせないためであった。セシル・B・デミルの「十戒」でも前半のモーゼと後半のモーゼではガラッと人が変わったように演出されるがここでのノアの描写にも似たような物を感じた。
 そしてこの辺ぐっと現代的な心理描写というか、思春期になったハムが「セムにはイラがいるのに自分とヤペシュには女がいない」とノアに訴えるも「全ては神の思し召しだ」とぼやかすのはこういう意図があったからなのだ。しかし事態は急転しメトシェラによる奇跡でイラはセムの子をを身ごもる。ここからが最後の見せ場で洪水によって全てが大海原となった世界で家族はセムとイラの子を殺さないようノアを説得するがノアは聞き入れない。殺されるぐらいなら、とセムとイラはまだ水が引かない状態で筏で船を離れようとする。一方少女をノアのエゴで殺されたハムは密かに方舟に乗り込んでいたトバルカインに影響されていく。
 前半のトバルカインは本当に嫌なやつだが、後半の船に無断乗船した彼はむしろ人間としての生に忠実な男としてノアよりも含蓄のある描写である。勝手に神の思し召しと人間の生を否定するノアに対し、神を慕いながら応えない神の横暴を呪い、方舟に乗せた動物を殺し食らいながら人間の尊厳を謳うトバルカイン。彼のほうがまともに見えてくる。トバルカインは結局敗れるがそのノアに対する強烈なアンチテーゼは魅力的でもある。
 結局ノアは筏を燃やし生まれた子供を殺そうとするがその寸前で赤ん坊(双子)の絵顔の前に諦める。これはおそらくこの後のアブラハムが子供のイサクを「生贄にせよ」と神に言われていざ生贄として殺そうとした時に寸前で神によって止められその信仰心を讃えられた、という話が元になっているのだろうか。僕はあの話嫌いなんだよね。後々しこりが残るような人を試す神様。

 ラストはよく知られているように鳩がオリーブの枝を持ってきて水が引いたことを知り、新天地において新たな人類の営みが始まる。が、ここでもまた聖書に基づく珍描写が!船での一件からすっかり家族と居づらくなったノアは一人離れて酔っ払って寝ていたがそれをハムが見つける。セムとヤペシュがノアを介抱する。ハムは家族から一人離れ旅立つことを決意する。実はこのへんの描写も聖書のアレンジである。ハムは尻丸出しで寝ていたノアを見つけて兄弟に知らせる。セムとヤペシュがノアの裸を見ないように着物で覆う。そしてノアはハムに「カナン(ハムの息子、またはそこから派生する一族)」を呪う。これをアレンジした描写なわけだが、これなんでここまでノアが怒ったか考えるとハムが裸で酔っ払って寝てる父親を笑いものにしたからなのかなあ。イマイチすっきりしない描写であるが映画の方はそれなりに納得できる物に変わっている。
 聖書の記述に従えばノアが現在の人類の一番最初の先祖と言いうことになるが、その後も人類はソドムとゴモラでまたやっちまうのであった。

 神の意志と人間の自由意志みたいなものをうまく描いていたとは思うけれど、やはり聖書原作としてもかなりトンデモ映画という印象が強いです。「ポンペイ」は可もなく不可もなくという感じで誰でもそれなりに楽しめる作品だとは思うけれど、「ノア 約束の舟」はキリスト教ユダヤ教(一応イスラーム教も)などの信仰の有無は置いといて、ほぼ無宗教の僕なんかから見ても結構トンデモで賛否分かれる作品だと思う。洪水や戦闘、ウォッチャーの描写、などは凄いけどね。

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*1:旧約聖書という言い方はキリスト教からの言い方でユダヤ教では言わないらしいので単に聖書と書こうと思う

*2:次観る予定の「300」でもクセルクセスの造形や描写に対してイランから抗議の声が上がったとか