ジローの部屋

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日頃の生活に、何かプラスになることを。

【読切短編小説】あじさいの、すべりこみ

今回は、筆者久々の読み切り短編小説。
タイトルを見て、おっ!?って思われた方。
そうです、久しぶりに、書きましたよ。
途中で切ると、もやっとするかも知れないので、敢えて切らずに1本のお話としてまとめました。

ブロ友、りょうさん (id:ryousankunchan)
ryousankunchan.hatenablog.com
の記事から生まれた、お話。

では、どうぞ。











 車は、夜の街を進んでいく。
 あたりはすっかり日が落ちて、ヘッドライトが近づいてきては眩しくなり、眩しくなっては右へ消えていくのを繰り返している。
 職場まであと少し。車は出張からの帰りだった。


 スピーカーから時報の後にFMのアップテンポなメロディが流れ出した。
『皆さん、こんばんは!フライデー・ジュークボックス!DJの千春でーす。
 もうみんな晩御飯終わったかな?まだお仕事してる方もいるかな…』
と軽快なトークが流れ、新たな夜の時間が始まりだした。


「先輩、8時、回ってしまいましたね」
「もっと早く帰りたかったけどな、高速大渋滞やったもんな」
「仕方ないっすよね」
 

 二人はそろって大きなため息をついた。

『今日は7月14日。先週の七夕、生憎の天気でしたよねぇ』
 
 ため息とは対照的に、スピーカーから聴こえる声の主は陽気なテンポで話している。

「そういやさ、七夕ってこの前だっけ」
「そう言えば。いつの間にか過ぎてますねぇ。子どもの頃とかはお願いごととかを書いてましたよねぇ。うちの子も笹かざってたかなぁ」
「おいおい、さすがにそこで遠い過去形はアカンやろ」


 そんなことを運転席にいる後輩の橘優樹に返しながら、後藤京助は
「短冊かぁ」
と、つぶやいた。

 
『今日はどんなお願いごとをしたのかリスナーのみんなから教えてもらおうと思いまーす。もし、お願いごとが間に合わなかった人も教えて下さーい。まだ飾っているスタジオの笹に私が追加で書いておくよー』



「先輩、なんかあったんですか。あ、好きな子とどうこう、とかですか」

 ヘラっと笑う橘に、京助は軽蔑の眼差しを向ける。


「そんなもんじゃあ、ない。」
と窓の外を見ながら京助は答えた。


 そんなもんじゃ、ない。
 そんな、軽いもんでもない。

 当時は真剣そのもので、一生懸命に書いたんだよな。










 
 斎木大介とは年少から3年間、同じクラスだった。

 まだ4月の、全然慣れていない年少のさくら組で誕生日会をするために、月ごとにグループ分けがされることになった。
 担任の先生はそこで
「京助君と大介君は1日違いなんやね。」
と言っていたシーンが、妙に京助の記憶に残っている。
 先生がクラスメイトのことを言う″おともだち″とは違う、本当の意味での″ともだち″。
 それがまだ全然わかっていなくて、世界は自分と家族だけだったときに、大介が現れた。
 それから、お互いにしゃべるようになって、一緒に遊ぶようになって、幼稚園に行くのって楽しいなって思いだした。



 年中になると、また慣れないひまわり組で誕生日会の月ごとのグループ分けになった。
 先生が5月のグループのところに来たときに
「先生、オレら1日違いやねん、すごいやろ?」
と大介が得意気に説明していた。
 先生は
「ほんとね、すごいな。なんだか肩組んでほんとに仲良さそう。兄弟みたいやね」
と答えると、京助と大介は
「きょうだい!?」
と言ってお互いの顔を見合わせながら、アハハと笑った。
「ほんまや、オレら”きょうだい”やな」
と京助が言うと、先生も
「そっか、そっか。京助君と大介君だから”きょうだい”か。うんうん、それいいね。」
と、大発見をしたかのように微笑んでいた。


 もともと、お互いが一人っ子だった。
 兄弟がいる人にはわからないだろうが、ちょうどその頃っていうのは、兄弟や姉妹がとてつもなく羨ましい時期。

 だから、たとえ偶然が生み出した”兄弟”でも、その関係性は当時の京助達にはとても大切だった。
 どちらが兄とか弟っていうことは、1日早い京助が兄ってことになったが、だからと言って上下関係なんてものはない。
 何をするにも京助と大介のペアで競い合って、支え合っていて、幼稚園の先生の間でも
「ひまわり組のあの″きょうだい″は」
って、ずいぶんと話題に上っていたらしい。
 本当に、何をやるにしても楽しくて仕方がなくて、それを共有できる存在がいるっていうことが嬉しかった。



 年長になった。
 ひまわり組の”きょうだい”はあじさい組のそれになった。
 やはり、慣れないあじさい組で誕生日会のグループ分けがあり、京助は大介と5月グループにいると先生が回ってきた。
 年長は9月生まれがなぜか多くて5月は2人だけ。クラスもだいぶシャッフルされて知らない顔がたくさんいる。
 だからじゃないけど、先生はこちらにまわってきて「あじさい組の”きょうだい”さん。よろしくね、頼りにしてるから」
と言ってきた。それを聞いた二人は顔を合わせて
「任しといて」
と言って、先生とハイタッチした。

 元ひまわり組はかなり少数だけれど、京助は大介が、大介は京助がいれば大丈夫。皆と仲良くなるのは時間の問題で、ほんと実際にすぐに出来るようになった。


 遠足、子ども消防団結成、田植え体験、プール開き。
 楽しい行事はあっという間に過ぎていく。
 京助と大介の住んでいる家は少し離れているけれど、小学校も同じ校区。だから何の心配もないはず、だった。









 でも、あの日。



 先生が七夕飾りを作ろう、と言ったあの日。




 大介は朝から妙に元気がなくて、反応も鈍かった。
 どこか目のまわりも、腫れてるというか赤いというか、そんな感じで。
 七夕のお願いごとも考えよう、となったが全く乗ってこない。京助は自分と大介の短冊をもって
「大介、願い事なんにしよっか」
と聞いてみたが、うつむいている。

 その様子を見ていたのか、先生がやってきた。先生は
「言えた?京助君に」
と大介に聞くと、大介は首を振った。
「じゃあ、頑張って言ってみよっか」
と先生が大介の肩に手を置いて言うと、大介は小さく頷いた。













「え″~~~~~~~~~~~~~」
 京助の声なき声が、教室中に響き渡る。














 青天の霹靂、っていうのはまさにこういうことを言うのだろう。
 夏休みに、大介が引っ越すなんて。

 
 大介が元気なかったのも、目のまわりを赤くしていたのも、全てはそれが原因だったのだ。
 無理もない、逆の立場でもそうなっていたに違いないと思う。

 結局、その日は短冊を書けなかった。
 先生は
「明日でいいよ」
と言ってくれていた。





 家に帰って、京助は鉛筆を握りしめて、広告の裏紙に向かって何度も字の練習をした。
 お母さんにせがんで書いてもらったお手本を見て、平仮名ばかりの字を何度も書いた。

 晩御飯のおかずがから揚げだったので、いつもならすぐにでも食卓に座って箸を持って出来上がるのを待っているのに、この日は一生懸命、字を書いた。
 いつもなら、テレビにかじりついて動こうとしない アニメ番組があるのに、この日は見向きもせず、一生懸命、字を書いた。

 どうしても、最大限の綺麗な字で書きたかった。
 むしろそうじゃないと、絶対に叶わないような気がして。







 次の日。
 まわりの″おともだち″は教室の床にシートを敷いて、グループごとに集まっている。鋏を持っている子、セロテープを貼っている子、笹に飾りを飾りだしている子。
 ワイワイガヤガヤしながら、準備を進めている。

 しかし、二人だけはシンとしていた。
 床にひいたシートの上で、短冊をにらみつけるようにして、肩をいからせていた。 
 そして、青の短冊に京助はありったけの集中で、昨日練習した願い事を書いた。
 大きさは均一じゃないし、踊っている字もある。端から見たら、やっぱり幼稚園児の字だ。でも、京助の中では、精一杯の綺麗な字。
 その隣で並々ならぬ集中で赤の短冊に大介が書いていた。

 
 先生は少し離れた位置から、二人を見ていた。

 ふっと力が抜けて、一人の背中が起き上がる。
 ほどなくして、もう一人もふっと力が抜けて、背中が起き上がってきた。
 先生がそばに寄ってきて
「できた?」
と言って、二人の肩に手を置いた。
 お互いに短冊を見て、少し驚いて、でもヘヘヘっと照れ笑いをする。
「やっぱりな」
と大介が言うと
「おれたちは″きょうだい″だからな」
と京助も、思った言葉を声に出して、ヘヘヘっと照れ笑いした。
 先生は二人を見て
「うんうん」
と言って、微笑んでいた。
 そして、二人をぎゅーっとしてくれて
「飾っておいで」
と言ってくれた。
 京助は大介と笹の上の方に、青と赤の短冊を結んだ。
 それを見て、織姫と彦星が本当に願い事を叶えてくれそうな気がしてならなかった。






『さぁ、今日もこの時間になりました。ラストナンバーは〇○市のあきちゃんママからのリクエスト…』



 助手席ドアに左肘をついて、京助はぼんやりと前を見ながら、遠い記憶を橘に語っていた。

 対向車のヘッドライトが近づいてきては眩しくなり、眩しくなっては右へ消えていくのを繰り返している。
「ちょっと、停まります」
 橘はそう言って、左側にあったコンビニに入って、車を停めた。
「うん?」
「いや、ちょっと…。あ、トイレ行ってきます。」
 そう言って橘は車から降りて、中にかけていき、しばらくして戻ってきた。


『それでは時間の許す限り、メッセージを読んで行きますね』

「すみませんでした。さっきの話、その後どうなるんですか」
「あぁ、その友達が引っ越して、何度か手紙書いてたんだけど。ある時その手紙が返ってきてさ。また、引っ越したみたいなんよな。で、ちょうどうちも引っ越しになって。」
「で、それっきり。きょうだいは事実上解散、かな」


 沈黙の後、橘がそっと冷たいブラックの缶コーヒーを手渡してきた。橘は少し座席を倒しながら
「これで目のところに当てると、ひんやりして気持ちいいんですよ」
と言ってきた。
 それを見た京助は
「おぅ、サンキュー」
と言って、座席を後ろに倒しながら言われたとおりにしてみた。

 目頭の温度が、急速に、冷えていく。

「先輩、キツいっすね」
「ほんまにな」






『あともう一つ読めるかな。
 千春さん、こんばんは。
 こんばんは!
 千春さんがスタジオの笹に書いてくれるって言うので、思い立ってメッセージを送りました。
 ハイハイ、オッケーですよ、何かな。あ、そうそうこの方のラジオネームは…』


「さっ、会社へ帰ろうぜ。運転代わろうか。」
 京助はそう言ったものの、その前に急に起き上がった橘は、こちらに全く反応することなくFMのボリュームを一気に上げた。


『…というわけで、30年くらい音信不通で。この話を聴いたときにふと、それを思い出したんです。千春さん、よろしくお願いします。
 わっかりました。ちゃんと短冊に書いておきますよ、番組のホームページにもアップしときますね。元あじさい組の兄弟さん、ありがとう』




 思わず、起き上がって反射的にスピーカーを見てしまった。
 橘は、京助よりも聴き入っていた分、驚きよりも確信的な表情だった。
  









 スタジオに飾られた笹には、赤、青、緑、紫、白、黄色と、たくさんの短冊があった。
 それを横目に、ミキサーからのカウントダウンの合図が入り、流れている曲がしぼられていく。


『今日もラストの時間になりました。7月21日のフライデー・ジュークボックス。今日はこの方のメッセージを。
youtu.be
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 ラジオネームは、″もう一人の元あじさい組の兄弟″さんから。
 あれっ?て、思うリスナーさんいるかな。鋭いねぇ。先週のラストに滑り込みで読み上げた、″元あじさい組の兄弟″さんと、同じ?えっ?どういうこと?みたいに。
 確か、幼稚園の時の友達とかれこれ30年くらい離れ離れになってさって。え!?と言うことは?
 そうなのよ、みんな、聞いて。
 繋がったのよ!
 30年の時間と、離れ離れになった空間が!
 もうね、私、信じられなくて、ディレクターに最後にこれを話させてってかけあって。じゃないとあたし、グレてやるって。今、本人はガラスの向こうで笑ってるけど。
 でもね、でもね、実際のところ似たような話なだけかも知れないじゃない。それがね、″元あじさい組の兄弟さん″のメッセージは、平仮名で書いてほしいってあってね。
 番組ホームページにアップしていた短冊を見た″もう一人の元あじさい組の兄弟″さんは、それを見て確信したらしくって。

 偶然滑り込みで読み上げたメッセージでしょ。
 それを偶然聴いてくれていた人がいて。
 それで偶然その内容に気付いてくれて。
 偶然番組ホームページに短冊の写真が載って。

 あぁ、もぅ。
 こんな奇跡ってある?
 私、このことに気付いたら、背筋がゾクゾクゾクゾクってしてね、でもその後、もう嬉しくって嬉しくって、涙が出てきちゃった。
 私たちの番組が、織姫と彦星の力を借りて橋渡しできたから。

 織姫さん、彦星さん。ありがとー!
 今頃ね、元あじさい組の兄弟さんは、一杯やってると思うよ。そんなことがメッセージの最後に書いてあったからね。
 元あじさい組のお二人さん、感動の再会のメッセージ、待ってるよ~。

 では、皆さん。今夜も佳い夜を。お相手は千春でした、バイバイ』










 スタジオに飾られた笹には、赤、青、緑、紫、白、黄色と、たくさんの短冊があった。

「とおくにはなれても、きょうだいだよ」

 大きさが不揃いの字は整って、踊っていた字は丁寧なペン字になって、平仮名だけで書かれた青と赤の短冊が結ばれていた。













ご訪問ありがとうございました。
またのお立ち寄りを、お待ちしております🙇



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ブクマコメントありがとうございます!
>まっこおばさま(id:makkosan70)
りょうさんのピアノのおかげです✨この情景がおばさまの頭の中のスクリーンに見えたのはとても嬉しいですね😆
>相続コンサルタント (id:egaosouzoku)さん
最近いろんなものがつながっているっていうことと、起こる出来事は何かを暗示しているように感じてなりません。かく歳をとってわかってくるものですね✨
>テイルズ(id:MyStory)さん
小さい頃と思い出を、七夕にかけ合わせてみました。そこにもうちょっと編み込んだものがあったのですが、それはあとがきにでも書いてみようかなと✨しかしいつも100字にきれいにまとめられますね😲
>Pちゃん(id:hukunekox)さん
そうなんです、りょうさんの曲からなんです。何パターンかラストを描いてみたんですけど、この形になりました。ハニーズも途中になってて。なんとか書くエンジンを回していきます💨