ジローの部屋

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【短編小説】 福井歳春の杞憂①

いらっしゃいませ。ご訪問ありがとうございます。
こんにちは、ジローです。
いつもたくさんの星、ブクマやコメント、本当にありがとうございます!
おかげさまで、筆者はぼちぼちとこのブログを続けられています。


さて、今回は、ようやく書き上がった久々の短編です。
このお話は、6話ものとなっています。
1話ずつ、まとめ読み、時間のあるときでも、お好きなペースでお越し下さいませ。



では、第1話をどうぞ。

















「だから、やってくれって頼んでるでしょう」

「なんでそれができないんだ」

「警察が見つけてこないと信用してくれないんだろう」
 福井歳春は必死に訴えた。

 対応する警察官は
「忙しいんだ。あなたの同僚の事故だけ担当しているわけじゃない。今からも出かけないとだめなんだ。さぁ、お引き取り下さい」
と表情すら変えようとしない。

 福井は
「それじゃ、あんまりじゃないか。相手が青だと言ったら警察はそれを信じるのか。
俺たちは免許で食べてんだ。こんな間違った処分で取り消しになったら食っていけないじゃないか」
と机を叩いて懇願する。

「あいつはこれまで真面目にやってきたんだ。赤信号無視なんてするわけないんだよ。相手が信号無視なんじゃないのか。頼むよお巡りさん、ちゃんと調べてくれよ」
「福井さん、同僚の肩を持ちたい気持ちはわかるけどね。あの人は運が悪かったんじゃないの」
「お巡りさん、運とかじゃねぇよ。生活がかかってんだよ。ちゃんと捜査してくれよ。あの街角に立っている目撃者捜しの看板、あれもうないのか。あれ立てるだけでもやってくれよ」
「何度も説明してるけど、福井さん。もう終わった事故なんよ。自分の運転状況を説明できないってのは、つまり赤信号を見落としたんだ。
 言いたくはないが、あんたらプロのドライバーだろ?それって致命的なんじゃないのか。
 再捜査なんてできない。
 誰も見てた人もいなかったんだ。悪いけど諦めてくれ」
「簡単に諦めろって言うけどな、生活がかかってんだよ。あんたらがちゃんと調べてくれなかったせいで、あいつ会社を首になったんだ。辞めさせられることのないあんたらにわかるか。」
 福井は勢いに任せて一気に言い終わった後、「やっちまった」と思った。
 明らかに対応した警察官は気分を害した表情をしている。

『だめだ、こいつらにとりつく島はない。』


 約10年程前、福井の同僚、西園寺公也は勤務中に交通事故を起こした。それも相手は生死の境を彷徨う重傷の交通事故だった。
 信号のある交差点で、西園寺が運転中、左の道から自転車が飛び出してきたらしい。らしいというのは、逮捕された西園寺が釈放され、福井が会いに行った際に本人から聞いたから、なのだが、実のところ本人もはっきりとその状況を憶えていないようだった。

「歳春さん、俺は嘘は言わないよ。これまでちゃんと交通ルールを守ってきた。お客に怒られたって、運転席のシートを蹴られたって信号無視はしなかったし、速度だってそこまで出さなかった。おかげで営業成績は下から数えた方が早かったよ。歳春さんは成績がいつも上の方で羨ましかったなぁ」
「お前言ってたじゃねぇか。個人タクシーの申請もうちょっとだったんだろ?」
「そうだったなぁ、あとひとつき。後1ヶ月無事故無違反でいけたんだ。もうちょっとだったのになぁ。一緒に住んでた母親が施設に入れるようになって、それで仕事を休むこともなくなって、ここまで積み上げてきたんだけど、パァになっちまったなぁ。」


 西園寺は福井が入社した後にすぐに入社してきた福井の後輩だった。入れ替わりが激しいタクシー会社の中でいつの間にか二人は古参のドライバーになっていた。
 福井は時々、速度や一旦停止の違反で警察に停められたことがあったが、西園寺は全く違反がなく、かつ事故ももらい事故だけで自分から起こした事故はなかった。
 西園寺には、西園寺なりの考えがあった。

 西園寺はがつがつやるタイプではない。どちらかというとコツコツやるタイプだ。そういう性格なので売り上げを上げていこうとしてもなかなか上がらない。
 しかし、タクシー業界には『個人タクシー』なるものがある。これには申請時の年齢制限やタクシー乗務歴、無事故無違反歴などが必要になり、タクシー運転手を1年や2年やり出しただけでは申請出来るものではない。
 西園寺は、それにかけていた。
 これまでは継続した勤務が親の介護の関係で出来ていなかったが、ようやく施設が見つかり、自分の自由な時間が作られるようになった。
 個人になれば、会社に売り上げをはねられることもないし、休みも自由に設定できる。
 また、タクシーの業界では自分の営業エリアというものがある。簡単な話、縄張りだ。誰しもがお客の回転のいい、かつそこそこの距離を走らせてくれるエリアで仕事がしたいものだ。例えば大きな駅のロータリーなんかはそれに当たるが、古くからの運転手が取り仕切っていて、新参者はおいそれとはそこに入ることはできないのだ。
 ところが西園寺はこの業界での仕事は長く、顔なじみの運転手も多い。彼が客待ちをしているターミナル駅は、運転手仲間の内では質のいいお客が乗ってくれる場所だった。そのため、ある程度の見通しが西園寺の中で出来ていた。個人でやっていけば、収入は上がって親の施設の費用も工面しやすくなり、生活は劇的とは言えないものの改善はすると予想していたのだ。


 あの日、西園寺はいつものように乗務についていた。
 駅から遠方への依頼で年配の女性が乗り込んできた。彼は、女性から話しかけられた話題が程よく続くように返事をしたり、相づちを打ったりしていた。
 車は片側2車線の右側車線を走行していく。
 お客の女性は、だいたいいくらぐらい運賃がかかりそうか、聞いてきた。西園寺が、だいたいいくらぐらいだと答えると、お客は財布を探し出した。
 西園寺は車を停めて、メーターも止めて、落ち着いて探すように言おうかとした。走行中の車の中でずっと下を見ると気分を崩す人もいる。それは長年の経験からくる、彼なりの心遣いだった。
 
 そう思案していると、その女性は
「あったわ!」
と、安心した声でつぶやいた。
 西園寺は何気にバックミラーを見て、お客の安心した表情を確認した。
 そして
「よかったですねぇ。」
と話した後、視線を前に戻した。

 その一瞬だった。



「歳春さん、スローモーションってあるんだな。初めて見たよ。夢みたいだった」
 唐突に西園寺がつぶやいた。
「僕は目一杯ブレーキを踏み込んだ。これでもかっていうぐらい。でもね、どう見ても間に合わない。左前に見えた自転車がゆっくりと、でも確実に迫ってくる。」
「頼む、避けてくれ。頼む。そう思っても声は出ない。」

 スローモーションは唐突に終わりを告げ、現実は急に通常再生される。それまでがあまりにも遅かったので、早送りでもしたかのように。
 物凄い衝撃が前からやってきた。フロントガラスは一気に見えなくなり、ガラスが飛び散ってきた。ハンドルに伝わる揺れも収まらない。

 西園寺にとって、それは夢ではなく紛れもなく現実の話だった。
 



「お、俺は、取り返しのつかないことを、やってしまった」
 西園寺は震えながら話していた。福井は、そう言った西園寺の表情が忘れられなかった。 
 あれから西園寺は会社に来なくなった。


 西園寺の事故の相手方は幸い一命を取り留めた。死亡事故にはならなかったのだ。相手がまだ比較的若いことが少なからず影響していたのかもしれない。
 当然、職業運転手として交通事故、ましてや相手が瀕死の重傷の人身事故を起こした上、警察に逮捕されるとなれば、社内でも処分が待っている。
 会社の当初の判断は首だった。相手は一命を取り留めたとは言え、未だ意識不明でいつ亡くなってもおかしくはない。ただ、同僚からの嘆願と当時の乗客が必死に会社に「自分せいだから」とかけ合ってくれた。
 その甲斐もあって会社は懲戒会議を開き、彼を首にすることなく、電話当番や無線手配の仕事に就くように判断を変更した。
 しかし、西園寺はこれを固辞し、会社を去って行った。
「会社に本当に迷惑をかけてしまったから」
と、伝言を残して。


 福井は出勤すると隣の車庫を確認する。
 いつも福井よりも早くに出勤していた隣の駐車場の使用者は、クラウンコンフォートの代わりにピカピカのワゴンRを駐めていた。
 そして、雨じゃない限り、洗車場に使用者はいて、鼻歌交じりに営業車の洗車をしていたのだった。
 
 洗車場でよく見かけていたクラウンコンフォートはしばらく修理工場に行っていた。そして、後日壊れた部位を補修して戻ってきた。
 しかし、それがワゴンRと入れ替わって、実働することはなく、ずっと埃をかぶったままだった。

 
 あの事故の後、冒頭のように福井は地元の警察に掛け合ってみたが全く意味がなかった。福井は自分の無力さを痛感し、何の役にも立てず励ますことすらできない自分を悔いた。

 そして、あれからいくつもの季節が過ぎていった。

第2話へ続く。


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