ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

サラ・ウォーターズ最新作『The Paying Guests』発売・1章までの感想

ということで、『半身』『荊の城』『エアーズ家の没落』で知られる英国作家サラ・ウォーターズの新作がKindle版で出ていたので、のんびりと読書を開始しました。



The Paying Guests

The Paying Guests









サラ・ウォーターズの最新作"The Paying Guests"(下宿人)の1章をようやく読了。舞台は英国、第一次世界大戦後。裕福だった中流階級の女性が、家を改築して下宿を営み、メイドを雇えた人が自ら家事をするという設定です。時代は1922年と思われます。文中、当時のPrince of Wales、後のエドワード八世の日本訪問の話題に触れられている。ぐぐってみると、Amazonに王子が和服を着た写真が。



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サラ・ウォーターズの本の感想に戻ると、『エアーズ家の没落』に続いて「家」「屋敷」を舞台にしているのが何とも言えない。どちらも、呪いのようにその人の人生にのしかかる。『エアーズ家の没落』では、第二次大戦後の時代、屋敷を所有していたエアーズ家は修復する金が無く、維持できず朽ちていく屋敷に住み続ける人々を主軸としていた。



一方、今回の"The Paying Guests"では第一次大戦後、メイドは戦時中に仕事を捨て、父や兄弟を戦争で亡くしたのか、金のために思い出のある屋敷(都市)を改築し、切り刻まれた屋敷を金のために他者に提供する母と娘。メイドがいないので、娘は屋敷の掃除や家事をする。



サラ・ウォーターズの2作における「家」、それも裕福な人々の生活を象徴する「屋敷」が、その家の主人たちを守る場所ではなく、傷つけ、人生の可能性を抑制していく「呪い」のような重さで、のしかかっていく雰囲気がある。まだ1章しか読んでいないけど、こういう設定の屋敷モノは、新しい。



『エアーズ家の没落』は屋敷の中に入り込んでいく「異物」として、原題の『The Little Stranger』の正体が謎に満ちているけれども、今回の"The Paying Guests"も、屋敷に他者を迎え入れて変容していく物語であり、中心は「家」か。



ゴシック的な物語にあって、屋敷と屋敷の住人が異世界的に訪問者を閉じ込める、迷い込ませる話の展開はありふれているけれども、サラ・ウォーターズの物語は「屋敷に入り込まれる側の物語」の継続かもしれない。そうしてみると、『半身』『荊の城』も、同一の構造は持っている。



サラ・ウォーターズという作家の面白さは、作家としてのバックグラウンドと、これまでの作品におけるミステリ描写を前提に読むので、物語がなじみの方向に転んでいくのか、そうでない方向なのか、読み終わるまで分からない緊張感があるのが、とても良いです。