著:シュタイン・ミッツアーとヨースト・オリーマンズ(編訳:Tarao Goo)
当記事は、2015年2月17日に本国版「Oryx」ブログ(英語)に投稿された記事(リンク切れ)を翻訳したものです。当記事は意訳などにより、僅かに本来のものと意味や言い回しを変更した箇所があります。
今や、AK-74Mはシリアを支配するべく戦う多種多様な勢力に使用されているアサルトライフルの中で、最も人気のある銃としてその地位を徐々に得ています。もともと、AK-74Mはシリアではわずかな数量しか導入されていませんでしが、最近の供与が内戦で疲弊したこの国においてこの銃の確固たる存在をより確実なものにしました。この銃はシリア・アラブ軍と共和国防衛隊以外のあらゆる勢力にも人気があります。
シリアは90年代の後半に最初のAK-74Mを導入しましたが、極めて少数に留まりました。この最初のバッチはソ連崩壊のためにロシアとの軍事・技術協力が減少した後、その関係が再開した後の1996年にロシアと取り決めた取引の一部だったと考えられています。この取引では小火器、対戦車ミサイル、暗視装置や既にシリアで使用されている兵器の弾薬といった豊富な幅の供与が想定されました。その供与パッケージには大量のAKS-74U、少数のAK-74MやRPG-29、RPG-7用のPG-7VR弾頭だけでなく、9M113M "コンクールス" 対戦車ミサイル、さらにはその当時の時点で改修されたばかりだったT-55MV用の9M117M "バスチオン"砲発射式ミサイルも含まれていました。
シリア側による価格の引き下げと将来の購入に関する支払い計画の延長の要求に対する意見の不一致とロシアへの負債は、両国の深刻な関係の衰退につながりました。それにもかかわらず、発注した兵器の大半は最終的にシリアに引き渡されたのです。
AK-74Mが最初に姿を見せたのは2000年にダマスカスの国民進歩戦線(NPF)本部の前で警備兵が携行している姿を目撃された時です。これらのAK-74Mは最初の納入バッチのものであり、AKS-74Uと共に主に特殊部隊や重要度の高い場所を警護する要員に支給されたと考えられています。ただし、AK-74Mの量は依然として広範囲にわたる支給を可能にするには少なすぎました。
2度目のAK-74Mを取得しようとする(今回はより野心的な規模の)試みは、シリア内戦に至るまでの数年間に行われました。この間にシリア・アラブ陸軍(SyAA)は歩兵部隊の一部の防護力と火力を向上させることを目的とした、野心的な近代化計画を立ち上げました。
SyAAは2008年に将来の兵士近代化計画の一環として2種類のアサルトライフル:5.45×39mm弾を使用するAK-74Mと5.56×45mm弾を使用するイラン製のKH-2002 "ハイバル"をそれぞれ試験しました。この目的のために、イラン防衛産業機構(IDIO/DIO)は10挺のKH-2002を担当者と共にシリアへ送り込みました。テスト中にKH-2002は10挺のうち2挺を除いて全て故障し、恥じているイランの代表者をだしにしてシリア側からの失笑をもたらしました。当然のことながら、このようにしてAK-74Mは「トライアル」の勝者となったわけです。
KH-2002計画は、ウルグアイの同銃に対する関心が消えた後の2012年に中止されました。輸出の注文を得ることに失敗した上にイラン陸軍がこのライフルの調達に無関心だったことは、この計画をイランにおける独自のアサルトライフルを設計して生産するという、数少ない真剣な試みの一つに終わる運命にさせたのです。
近代化計画には2種類の「新しい」迷彩パターンの製造も見られました。これらは双方ともヒズボラの戦闘員によっても着用されている、アメリカのM81ウッドランド・パターンの正確なコピーです。さらに、大量の防弾チョッキとヘルメットを中国に発注して納入されたほか、不明な供給国から少数の特殊部隊用の暗視装置も入手しました。
下の画像の兵士は、納品された装備がどのように見えるのかを示しています。ここで留意するべき点としては、彼のAK-74Mにはアルファ-7115レーザー・ナイト照準器とGP-30Mアンダーバレル式グレネード・ランチャーが装着されていることでしょう。
ロシアがアサド政権の忠実で信頼できる支援者であることを引き続き証明しており、内戦は明らかにロシアが小火器から戦車、多連想ロケット発射機やさらにはシリア空軍 (SyAAF)のためのスペアパーツでさえ供給し続けることを妨げていないことが分かります。決して予想外のことではありませんでしたが、AK-74Mのいくつかの大量のバッチも過去数年間にシリア行きのロシア海軍のロプーチャ級揚陸艦に積載された姿が発見されました。
シリアに到着した後、これらのバッチはSyAA内への広範囲にわたる支給とより少ない程度で共和国防衛隊への支給も可能にしました。レバノンの闇市場経由で西側の銃器や斡旋されたAKも入手可能ですが、国民防衛軍(NDF)は未だに古いAK-47、56式、AKMで間に合わせています。
共和国防衛隊の第104旅団は司令官であるイサーム・ザフルッディーン准将(2017年に戦死)のもと、イスラム国(IS)戦闘員を相手にするためにデリゾールに向かう際に相当数のAK-74MとAKS-74Uを受け取りました。
AK-74Mはデリゾールでザフルッディーン准将の護衛を務めるサクル・アル=ハラス(下の画像の左:右はザフルッディーン准将)の選り抜きの武器でもあります。ザフルッディーン准将が個人的に使用する銃はAKS-74Uですが、AK-74Mも何度も使用している姿が見られています。
ISはシリアを支配するために戦っている勢力の中で最大のAK-74M運用者です。意外なことに、主に見られる捕獲されたM16とM4カービンがイラクからシリアに移されるという通常の武器の流れに反して、非常に多くのAK-74MもイラクのIS戦闘員と共に行き着きました。
AK-74M自体は近代化されたAK-74の派生型であり、1991年に生産に入りました。同銃はAK-74と比較して使用者により高い汎用性を与えるだけでなく、より軽くて新しいプラスチック製の横折りたたみ式銃床も特徴としています。これは典型的な下折りたたみ式銃床を使用する、それ以前のAKSやAKMSとは対照的です。
(より正確な照準をもたらしてくれる)広範な種類のロシア製光学機器をAK-74Mに取り付けることが可能です。これらの照準器はレシーバーの左側にある標準の取り付け用レールにフィットしています。シリアでは、このような照準器を装備したAK-74Mは標準的なアイアンサイトを使用するAK-74Mよりも一般的です。
過去数年間にシリアが受領した光学照準器とアンダーバレル式グレネードランチャーの数は、数多くのAK-47や56式とAKMにも装備することができるほどに十分な量でした。
多くのAK-74MにはNSPU暗視装置も装備されていました。シリアでは限られた数のこのような暗視装置が使用できたので、内戦の過程の至る所で散発的な使用が見られています。
AK-74Mには単発の40mmアンダーバレル式グレネードランチャーを装備することも可能であり、GP-25とGP-30Mの2種類が現在までにSyAAによって導入されています。前者は旧世代のライフルでの使用を対象としたものですが、後者はAK-74MやAK-103のようなより最新のアサルトライフル用に設計されています。
GP-30Mは100mから400mまでの範囲の目標を攻撃することができ、破片榴弾と発煙弾を発射することが可能です(注:そのほかに焼夷弾やサーモバリック弾もある)。 このグレネードランチャーは象限儀式照準器で照準されます。
AK-74M――このライフルはシリアの戦場で非常に恐れられ、そして愛されており、平和が今までよりもさらに遠ざかったと思われる今、この内戦の過程で大きな役割を果たし続けるに違いありません。
2025年前半に改訂・分冊版が発売予定です |