醤油手帖

お醤油について書いていきます。 料理漫画に関してはhttp://mumu.hatenablog.comへ。お仕事の依頼とかはkei.sugimuraあっとgmail.comまでお願いします

紅麹とお酒や醤油を造る麹は人とゴリラ以上に違う(ので、パニックになるのはやめましょう)

ちょっと3月恒例の深刻なやつでバタバタしすぎて、更新がおろそかになっておりました。そして、書きかけのものはあるんですが、先にこれをと思いまして。そう、紅麹の問題です。

小林製薬が販売する紅麹の成分を含む健康食品を摂取した人が腎臓の病気などを発症し、会社は「直ちに使用中止を」と訴えております。というのも、紅麹原料を約50社に供給していたのだとか。

news.yahoo.co.jp

これは大変なニュースですし、何よりも今回の件で健康被害に遭われた方のご快復をお祈りいたします。

ただ、ちょっと「麹」についての風評被害的な意見がちらほらしているので、若干整理しておこうかなと思います。例によって目次つけました。

3月26日 14:50追記

ニュースによると、とうとう死者も出てしまったようです。お悔やみ申し上げます。

このエントリの主題は「紅麹によって被害が出ているけれども、パニックになって関係のないところに問い合わせたりするのはやめよう」というものです。紅麹のものを避ける気持ちはわかりますが、そこでお酒や醤油や塩麹のメーカーに問い合わせるのはやめましょう、ということです。ここ以下は、それらがなぜ無関係なのかを説明した文章です。

あと、症状が起きたら病院に行くとともに、小林製薬の紅麹健康受付センターに連絡をしてください。

追記ここまで

麹といっても種類はたくさんある

まず一番心配している人が多いと思われるのは、「麹」に問題があったということで、たとえば塩麹は大丈夫なの? とか、日本酒やお醤油は大丈夫なの? ということではないでしょうか。

実は麹菌と言っても、種類はいろいろあるんです。

たとえば日本酒やお醤油を造るのに欠かせない麹菌は、「黄麹菌」です。学名をAspergillus oryzaeといって、『もやしもん』の「オリゼー」として有名なやつですね。

沖縄の泡盛を造るのに用いられている麹菌は「黒麹菌」です。Aspergillus luchuensisといいます。

この黒麹菌のうち、白色に突然変異したのが「白麹菌」です。Aspergillus luchuensis mut. kawachii、もしくはAspergillus kawachiiと言います。現在では焼酎造りで多く用いられています。

ついでに言うと、お醤油を造っている麹菌は、Aspergillus sojaeです。大豆タンパク質を分解するのに特化した性質を持っています。

黄麹菌はでんぷんを糖分に分解する力に優れていて、黒麹菌や白麹菌はタンパク質を分解する力に優れています。あと、クエン酸をたくさん生み出します。それぞれ種類が異なるので、得意な分野が違うというわけなんです。

 

では紅麹菌も同じようなものかというと、ちょっと違います。学名が「Monascus purpureus」というんです。そもそもアスペルギルスの仲間ではないんですね。

というわけで、種別が異なっておりますので、紅麹に何か問題があったということで、ただちに日本酒や醤油に影響があるわけではない、ということはしっかりと覚えておきましょう。

また、いわゆる「塩麹」に用いられているのも「黄麹菌」、オリゼーです。なのでこちらも大丈夫。まずは安心してこれらの食品を存分に食べちゃってください!

あと、お酒や醤油、塩麹のメーカーに「あなたのところの商品は紅麹を使っているのか」と電話をかけたりメールをするのはやめましょう。黄麹菌と黒麹菌・白麹菌と、紅麹はまったくの別物です。実際、いくつかのメーカーさんから、問い合わせが殺到していて返事が追いついていないという話を聞きました。

紅麹は色にも特徴がありますし、使っていたら「紅麹甘酒」みたいに、その使用が売りになるものでもありますので、だいたい名前が出ていることが多いです。赤くもなくピンク色でもなく、紅麹って名前がついていなかったらほとんど使っていないと思っていいでしょう。

ちょっとややこしいことを知りたい人向けの章

前述のうち、黒麹菌は「Aspergillus awamori」もしくは「Aspergillus niger」じゃないの、と思う方もいるかもしれません。

これがちょっとややこしいんですが、黒麹菌は1901年に最初に分離成功したときは泡盛からとられたので、琉球から名前をとって「Aspergillus luchuensis(アスペルギルス ルウチウエンシス)」とつけられていたんです。

でも、1913年に分離された黒麹菌は、少し形状が異なっていたので、見た目が違うから別種として「Aspergillus awamori」と名づけられました。ここでAspergillus awamoriの名前が広まったのです。さらに、海外ではこれは「Aspergillus niger」(ヨーロッパではこっちがクエン酸生産に使われています)の一種と考えられていたんですね。

ですが、現代では見た目で判断だけの時代ではありません。ゲノム解析によって、遺伝子レベルでいろいろわかるのです。というわけでゲノム解析をすると、これまでに形状でつけていた分類ではなく、遺伝子的には黒麹菌は3種に分かれているぞ、となったんです。そこでAspergillus luchuensisとAspergillus awamoriは同じもので、これらとAspergillus nigerは別ものだということがわかったんですね。というわけで現在は黒麹菌のことをAspergillus luchuensisと呼ぶようになっています。

ちなみに、日本醸造学会が認定している「国菌」があるのですが、awamoriからluchuensisになったときにきちんとそれに対するリリースも出ていたりします。

https://www.jozo.or.jp/gakkai/wp-content/uploads/sites/4/2020/02/koujikinnituite2.pdf

 

紅麹菌の話に戻ります。学名が「Monascus purpureus」ということからわかるように、そもそもアスペルギルスの仲間ではありません。

生物の分類に「界・門・綱・目・科・属・種」があります。学生時代に覚えた人も多いんじゃないでしょうか。左側ほど大きい分類というわけですね。

たとえば人間の場合、「動物界」で「脊椎動物門」で「哺乳綱」で「サル目(霊長目)」で「ヒト科」で「ヒト属」で「サピエンス種」と言うことができます。

Aspergillus oryzeなどのアスペルギルスは「ユーロチウム目」「マユハキタケ科」「コウジカビ属」に分類されます。

一方で、紅麹菌は「ユーロチウム目」「モナスカス科」「モナスカス属」に分類されるんです。

「科」が違うということは人間に例えると、人間(ヒト亜科)とオランウータン(オランウータン亜科)ぐらい違うんです。遺伝子の距離でいうと、ヒト科はまずヒト亜科とオランウータン亜科と別れ、次の属のところでゴリラ属と別れ、チンパンジー属と別れ……と距離が離れていきます。というわけで、もう、全然遠いんですよ。

ただ、日本語にすると「麹」という言葉を使っている上に、「黄麹」「黒麹」「白麹」と色がついているものがある中に「紅麹」と出てくるので、同じだと思っても不思議ではありません。

というわけで、遺伝子レベルでも本当に別物なのだということを覚えておいてください。

紅麹は何に使われているの?

東南アジアだと紅麹の発酵食品はいくつかあるのですが、日本では多くありません。代表的なのは沖縄の豆腐ようです。

豆腐ようって赤い色をしていますよね。あれが紅麹が発酵の際に生み出す色素によるものなのです。紅麹色素、もしくはモナスカス色素と呼ばれています。この色素はかまぼこなどのピンク色に使われていたりします。

今回回収になった、宝酒造の「澪 PREMIUM ROSE」も、この色素を用いてピンク色が美しい日本酒でした。商品ページではなく、ニュースリリースですがぺたりと。

www.takarashuzo.co.jp

他にも紅麹味噌や、紅麹甘酒など、紅麹を用いている発酵食品はあります。ただ、前述の通り、健康にいいというプラス面を訴える上でも「紅麹」と使用を商品名でうたっていたり、赤やピンクを売りにしているものが多いので、実はこの商品にこっそり使われている! みたいなことはないと思っていいです。


紅麹は体に悪いの?

これが、すごく難しい問題です。

まず、紅麹を使っている発酵食品は東南アジアに多く、当たり前ですがそのすべてが毒性を持っているわけではありません。

それどころか、コレステロール値を下げる(コレステロールの生成を阻害する作用を持つ)成分である「ロバスタチン(モナコリンK)」が含まれていて、医薬品のもとにもなっているのです。現在世界中で出回っているコレステロール低下剤のスタチン類は、このロバスタチンがあってこそ。名前もそのものですしね。他にも、GABAとかいろいろ体に良い成分をたくさん含んでいます。

ただ、紅麹菌の一部に、「シトリニン」という物質を生成するものがあるのです。これが腎臓の病気を引き起こすカビ毒なんですね。

ヨーロッパで紅麹のサプリなどが制限されているというのは、このシトリニンが原因です。

www.fsc.go.jp

サプリメントで健康被害がおそらくあったのでしょう。基準値が設けられていますね。スイスで全面的に違法とされているのはどうしてなのかはちょっと調べきれませんでした。

ただ、あくまで「基準値」ということに注目をしてください。これを上回らなければ大丈夫というのが基準値なんです。

えっ、でも、毒なんじゃないの? それは少量でもダメでしょうと思う方もいるかもしれません。ですが、この基準値というのは、毎日食べても健康に影響がない量が設定されているんですね。

多くの食品は「毒」を持っています。たとえば、みんな大好きトマトだって「トマチン」という毒を持っているんです。なんと、完熟したトマトを一度に4トン食べると、トマチンが致死量に達し、死んでしまうんです。はい、4トンです。これはちょっと現実的な量ではないですよね。

というわけで、今はあれこれ科学技術が発達していて、トマトは普通に食べる分なら大丈夫(代謝されたり体外に排出されるので)とわかっているのです。毎日トマトジュースを飲んでも本当に大丈夫なんですね。致死量にはまったく届いていないので。

基準値はこんな感じに、基本的には毎日食べても大丈夫な量が設定されております。ただ、やっぱり難しいのは「サプリメント」の手軽さなんですね。

サプリメントは特定の栄養素を効率良く摂取するために、ギュギュッと濃縮しているため、少量で、もとの何倍もの栄養素が含まれていたりするのです。

さらには、こう、医薬品じゃないから大丈夫だろうと、目安以上にたくさん飲めば効果があるだろう的に飲んでしまう人も少なからずいるのです。摂取しすぎてしまう可能性があるので、規制されていたり医師に相談しなさいと言われていたりするのでしょう。

今回の件(被害に遭われた方が摂取し過ぎていると言っているわけではありません)で、小林製薬側では「サプリメント以外では被害に遭うとは考えにくい」と言っているのは、見つかった物質の量が理由だと思われます。

ちなみに、小林製薬では、紅麹のゲノム解析を行って、小林製薬で育てている紅麹にはシトリニンを生み出す遺伝子が含まれていないということを解明しています。

www.kobayashi.co.jp

なので今回「シトリニンは検出されなかった」「シトリニンとは別の未知の成分を示す分析結果が得られた」「意図しない成分が含まれている可能性が判明した」としているのは、シトリニンを生み出さない紅麹を使っていて、本当にシトリニンが出ていなかったからなのでしょう。

ここから先は、原因が解明されないとちょっとわからないです。とりあえずは、回収されている小林製薬の紅麹を用いているサプリメントは控えた方が良い、ということだけが言えると思います。

 

小林製薬が紅麹を提供ってどういうことなの?

ニュースでは小林製薬が52社に提供しているとありました。

これはどういうことなのでしょうか。なんとなく、発酵食品の菌って、その蔵についているものを使っている(それが各社の味の違いになる)イメージがありますよね。

でもこれも、自社で造っているところと、他のメーカーに造ってもらっているところとがあるんです。『もやしもん』の「もやし屋」とは、種麹屋さんのこと。つまり、麹を育てて他の会社に売る仕事というわけですね。各蔵は種麹を買って、自分のところでお米とかにつけて育て、米麹にしているというわけです。

そして紅麹は結構デリケートで、培養するのが難しい菌でもあります。というわけで、自社で造っているところは少なく、小林製薬のようなメーカーに依頼して造ってもらっているところが多く、それが50社にものぼるというわけなんです。

結局どうするのが一番いいのか

心配になる気持ちはわかります。

今回回収となった機能性表示食品や食品を食べている場合。症状が出たらすぐに小林製薬に連絡しましょう。NHKのニュースにも連絡先が書いてありますね。

www3.nhk.or.jp

くり返しになりますが「麹」とついているものすべてが紅麹を使っているわけではありません。日本酒や醤油や味噌で、紅麹とうたっていないものだったら、普通の黄麹等を使っているのでまず大丈夫なんです。電話やメールで日本酒などの会社に問い合わせるのは控えるようにしましょう。

今回は原因不明の物質(すくなくともシトリニンではないと思われる)による健康被害なので、本当に紅麹が悪いのか、それとも製造工程で別の菌が混入してしまい、その菌が何か原因物質を生み出していたのかなどがまだわかっていません。

ただ、すべての「麹」が悪いのではとパニックになる必要はまったくないのです。もちろん、すべての「紅麹」が悪いわけでもありません。落ち着いて、大丈夫なものは安心して食べつつ、続報を待つようにしましょう。

 

3月26日 10:00追記

日本酒の方でも、特に「桃色の日本酒」で問い合わせがあったり、買い控えがあったりしているという話を聞きました。

宝酒造の『澪 PREMIUM ROSE』が回収になっているので、同じように桃色のお酒も危険なんじゃないか、まだ売っているとはどういうことだ、というものですね。

結論から先に言いますと、多くの「桃色日本酒」は紅麹を使っていません。

清酒用赤色酵母(アデニン要求性酵母)を使っているんです!

こういうのです。

www.jozo.or.jp

そもそも、麹菌と酵母は別物です。

日本酒用の酵母はほとんどがSaccharomyces cerevisiaeです。『もやしもん』のセレビシエですね。例の分類でいっても、「サッカロミケス目」「サッカロミケス科」なので、「目」からして違うんですよ。

役割も当然異なり、黄麹はお米のでんぷんを糖にするというもの。そして酵母は糖分をアルコールにするものなんです。

その酵母の中に赤色の色素を出すものが発見されて、それが赤色酵母となったわけです。にごり酒のように「白」がたくさん残っているところに赤い色素が加われば桃色になる。ということで、桜の季節に合わせて「桃色にごり」「桃色日本酒」が造られているんです。

これがまあ、おいしいものが多くて。お花見の季節にぴったりですし、盛り上がること間違いなし。そんなお酒が実在するの? という方は、こちらの記事も読んでみてください! 

soredoko.jp

たまたま『澪 PREMIUM ROSE』は紅麹を用いたものだったのですが、今の季節に見る桃色にごりはほとんどがこの赤色酵母によるものです。当然、安全です。

心配な方は、買おうと思っているお酒のWebページを見てください。「酵母によって色がついている」という表記だったらまず間違いなく大丈夫です。お花見に合わせて買って、飲みましょう!

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