日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

道しるべ

会社員なりたての頃。昭和のモーレツの痕跡はもう無かったが、やはり自分も会社を中心に動いていた。男女雇用機会均等法の初年度に社会人になったが、世間はまだまだ男社会で今風に言えば「不適切」だらけだった。配属は海外営業部門で出張の機会もあり、かつ達成感もあった。しかし自分は仕事だけの人間で終わりたくないと何処かで無意識に思っていたのだろう。

その雑誌の存在は知っていた。時々買っていた。その一冊が今でも書棚にある。海辺だろう。オフロードバイクを前に小さなテントから女性が顔を出している。隣にはコッヘルが湯気を上げている。女性ライダーのソロキャンプツーリングの一コマが表紙だった。魅力的だった。

中を開いてみる。一枚一枚めくっていくとそのたびに夢が風船のように頁から浮かんでくる。二百枚の全頁から夢が膨らむのだからたちどころに僕の頭は幸福感で飽和してしまった。オートバイキャンプの特集。そして当時流行り始めたマウンテンバイクのカタログ。釧路川のカヌー、多くのアウトドアライターによる執筆。アウトドアで使う車の特集・・。そして広告にはアマチュア無線機のハンディトランシーバー。今も通う神田の登山道具店は新人セールのお知らせ。雪の林をクロスカントリースキーで進む一枚の写真は御徒町の登山道具店。鳥を見るためのビノキュラー、山の一瞬を切り取る一眼レフ・・・。

夢中になった。仕事をしながら遊ぶ事ばかり考えていた。全てのページが今の自分を作っている。登山・山スキー・自転車旅・ハイキング。そして野遊びの為の道具から入ったアマチュア無線、カメラ。様々な道具たち。表紙のオートバイキャンプが全ての始まりだったが、今はもう乗っていない。その速度感と自分の判断力がずれて怖くなった。憧れがおき火のように燻るだけだ。

ざっくり言えば昔から今に至るまで自分の好奇心は音楽を知り、聴き、演奏すること。魅力ある道具陣を使いこなしアウトドアで遊ぶことで80%を占めるだろう。その比率は時に変わる。残りの10%はB級グルメや料理であり飛行機や鉄道や模型であり。最後の10%はそんな自分を表現する事と常に新しい何かを探すための余地だった。

BE-PALという雑誌は全く罪作りな雑誌だった。この本に出会わなければ自分の四割は消えていた。そんな自分は全く想像できないのだった。

悪性脳腫瘍で入院していた際に、病院の売店にこの雑誌が置いてあった。三冊ほど買った。今は付録も入り値段も千円に近い。開くとやはりわくわくするがある広告で手が止まった。それはタバコの広告だった。青い空の下のスモーカーの写真。自分は子供のころから喘息で、煙草の煙は即座に発作の引き金を引いた。今は分煙化も進んだが副流煙は避けられない。僕はいつも息を止めてそこを通り過ぎる。この雑誌は自然に親しみエコ社会を作ることを目指しているのではないか。その先にあるのは健康だろう。しかしそんな誌面にたばこの広告とはいかなるものか。・・・めらめらと怒りがわいてきた。脳外科手術を終えた直後で自分は感情の制御が効かなくなっていたのだ。怒りと喜び哀しみ。その三本のベクトルが釘の様に鋭く伸びていた。売店で葉書を買い求め抗議文を書いて送った。

今思うとそれもまた罪深い。自分を作ってくれた雑誌に唾を吐いたようなものだった。天ツバという言葉がある。天に向かって唾を履けば必ず自分に落ちてくる。幸いにそれは落ちてこなかったがそれはきっと出版社があまりに馬鹿馬鹿しいからか水に流してくれたからだと思う。今の僕はさすがに脳の異常な活動も収まり、又、怒りの制御の大切さも知っている。大人げないと反省している。

が、こんな魅力ある雑誌を世に出してくれた出版社とこの雑誌には感謝しかない。1990年3月に刊行されたこの一冊は大切にして、また幾度となく開くだろう。それは僕の道しるべだから。

この一冊が今の自分を作ってくれた。二百頁から二百の夢が夏雲の様に盛り上がってきた。感謝している。

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