爆笑問題・太田、マネージャーとの大喧嘩で助けてくれた放送作家・加藤芳一との思い出「この人、信頼できると思った」
2015.09.16 (Wed)
2015年9月15日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、太田プロに所属していた際、マネージャーとの大喧嘩をしており、そこで助け舟を出してくれた放送作家・加藤芳一について語っていた。
田中裕二:高嶋政宏さんね、『日曜サンデー』にゲストで来てくれてね。
太田光:高嶋さん、面白かったね(笑)
田中裕二:ずっとウ○コ漏らした話してて。色んな話のオチが、全部ウ○コの話で。
太田光:はっはっはっ(笑)
田中裕二:どんな俳優だよ(笑)はっはっはっ(笑)
太田光:でも、俺はあの人が相当変わってるっていうのは、20年以上前に、それこそ放送作家の加藤芳一さん。
田中裕二:うん。
太田光:当時は、『笑っていいとも!』もやってたし。
田中裕二:我々が出てた『冗談画報』とかもね。
太田光:ワハハ本舗とか、竹中直人さんとか、我々が憧れるような、東京のおしゃれな笑いといえば…
田中裕二:深夜とか特にね。『ひょうきん族』ももちろん、新しいお笑いの作家さんですよ。
太田光:加藤芳一さんって人が、当時、平成モンド兄弟っていう、ワハハ本舗の佐藤さんと村松さん。アレが衝撃的だね。
田中裕二:ド下ネタの、ワハハからの派生ユニットで。
太田光:うん。
田中裕二:平成モンド兄弟ってことでやってたんですよ。
太田光:そこで作家で入ってて。我々はど新人で。太田プロライブの2回目かの単独ライブ。
田中裕二:単独ライブね。
太田光:「職業選択の不自由」っていうタイトルでやる時に、サポートメンバーっていうかね。今で言う。ブレーンとして入ってもらったんだけど。別に、僕の自由にやらせてもらったんですけど、その時にマネージャーと俺が、散々ケンカしてて。
田中裕二:うん。
太田光:ネタが間に合ってなくて。家でシコシコとオ○ニーして。
田中裕二:シコシコネタ書いてたんだろ。
太田光:そこで、電話かかってきて。それも、田中から電話かかってきましてね。「瀬名さんから電話あったんだけど」「え?何?今、ネタ書いてんだけど。あと何日かしかないから」「『今、ネタがどのくらいできてるか、事務所来い』っていうんだよ」って。
田中裕二:うん。
太田光:「いや、今書いてんだよ。事務所行って説明しているとかそんな時間要らねぇし、ふざけんなよ」って。煮詰まってたから。プレッシャーもあったし。「冗談じゃねぇよ。断っとけ!」「いや、でもさぁ、来いって言ってんだよ」「お前、断れよ!」「だったら、自分で言ってくれよ」って。
田中裕二:ええ(笑)
太田光:「お前、何者なんだよ!」っていうさ。「自分で言ってくれよ」って、お前も含まれてんじゃねぇのかよって。俺たちの単独ライブなんじゃないのかよって!
田中裕二:大島渚みたいになっちゃった(笑)
太田光:あの時はブチギレてたね。
田中裕二:キレてたね。
太田光:「『自分で』とは何事だ。お前も"自分"だぞ」って。ふざけんなって言って、ブチギレて「一切、取り次ぐな!」って言って。
田中裕二:うん。
太田光:結局、明くる日に、フジテレビかなんかに呼び出されて。行った時に、当時のマネージャーも心細いと思ったんだろうね。加藤芳一さんを我々のライブにアドバイザーとしてつけてくれたんですよ。
田中裕二:うん。
太田光:そしたら、芳一さんがプラーってきて。我々、『冗談画報』とかで知ってたから。「あ、すみません」とか言って。「怒られるかなぁ、ネタできてないって言ったら」って思ってたら、あの時、忘れもしない(笑)油紙でせんべい食ってたの。ひねりん棒みたいなせんべい(笑)なんであの人、アレ食ってたか分からないけど(笑)
田中裕二:うん(笑)
太田光:「どうしたんですか?」って言うから、「ネタがまだ出来てなくて…」「そうですか、今、どれくらいなんですか?」「6~7割で」「それで今、どういう状況ですか?」「今、状況説明しろって言われて来たんです」って。それで、マネージャーもいて。
田中裕二:うん。
太田光:「いやいやいや。そんなこと言ってる場合じゃない。早く帰った方が良いですよ。ネタできてないんだったら、帰って早く書かなきゃダメじゃないですか。そんな呼び出してる場合じゃないですよ」って言ってくれて。
田中裕二:うん(笑)そうそう。
太田光:そういう風に言ってくれて。スゲェ助かったんだよね。「ああ、この人信頼できる」って思って、そっから交流するようになった時に、芳一さんが言ってたの。「高嶋政宏って、高嶋兄弟のお兄ちゃんいるでしょ?これは飛んでますよ。彼はちょっとおかしいです」って。
田中裕二:うん。
太田光:「あれは凄いセンスあるから、絶対、お笑いとしてイケますよ」って。その時、芳一さんから聞いてて。
田中裕二:25~6年前だよね。
太田光:残念ながら、芳一さんも亡くなっちゃいましたけども。
田中裕二:うん。
太田光:だから、そのイメージがあるんですよ。
田中裕二:この間もね、加藤さんの話出ましたけどもね。
【関連記事】
爆笑問題・太田、デビュー当時の自分の番組出演する様子に「あんなのテレビ出ちゃダメですよ」
爆笑問題、芸能界を干されるきっかけとなった元マネージャーとの事務所独立の裏側
干されていた爆笑問題を救った、TBSプロデューサー桂邦彦
田中裕二:高嶋政宏さんね、『日曜サンデー』にゲストで来てくれてね。
太田光:高嶋さん、面白かったね(笑)
田中裕二:ずっとウ○コ漏らした話してて。色んな話のオチが、全部ウ○コの話で。
太田光:はっはっはっ(笑)
田中裕二:どんな俳優だよ(笑)はっはっはっ(笑)
太田光:でも、俺はあの人が相当変わってるっていうのは、20年以上前に、それこそ放送作家の加藤芳一さん。
田中裕二:うん。
太田光:当時は、『笑っていいとも!』もやってたし。
田中裕二:我々が出てた『冗談画報』とかもね。
太田光:ワハハ本舗とか、竹中直人さんとか、我々が憧れるような、東京のおしゃれな笑いといえば…
田中裕二:深夜とか特にね。『ひょうきん族』ももちろん、新しいお笑いの作家さんですよ。
太田光:加藤芳一さんって人が、当時、平成モンド兄弟っていう、ワハハ本舗の佐藤さんと村松さん。アレが衝撃的だね。
田中裕二:ド下ネタの、ワハハからの派生ユニットで。
太田光:うん。
田中裕二:平成モンド兄弟ってことでやってたんですよ。
太田光:そこで作家で入ってて。我々はど新人で。太田プロライブの2回目かの単独ライブ。
田中裕二:単独ライブね。
太田光:「職業選択の不自由」っていうタイトルでやる時に、サポートメンバーっていうかね。今で言う。ブレーンとして入ってもらったんだけど。別に、僕の自由にやらせてもらったんですけど、その時にマネージャーと俺が、散々ケンカしてて。
田中裕二:うん。
太田光:ネタが間に合ってなくて。家でシコシコとオ○ニーして。
田中裕二:シコシコネタ書いてたんだろ。
太田光:そこで、電話かかってきて。それも、田中から電話かかってきましてね。「瀬名さんから電話あったんだけど」「え?何?今、ネタ書いてんだけど。あと何日かしかないから」「『今、ネタがどのくらいできてるか、事務所来い』っていうんだよ」って。
田中裕二:うん。
太田光:「いや、今書いてんだよ。事務所行って説明しているとかそんな時間要らねぇし、ふざけんなよ」って。煮詰まってたから。プレッシャーもあったし。「冗談じゃねぇよ。断っとけ!」「いや、でもさぁ、来いって言ってんだよ」「お前、断れよ!」「だったら、自分で言ってくれよ」って。
田中裕二:ええ(笑)
太田光:「お前、何者なんだよ!」っていうさ。「自分で言ってくれよ」って、お前も含まれてんじゃねぇのかよって。俺たちの単独ライブなんじゃないのかよって!
田中裕二:大島渚みたいになっちゃった(笑)
太田光:あの時はブチギレてたね。
田中裕二:キレてたね。
太田光:「『自分で』とは何事だ。お前も"自分"だぞ」って。ふざけんなって言って、ブチギレて「一切、取り次ぐな!」って言って。
田中裕二:うん。
太田光:結局、明くる日に、フジテレビかなんかに呼び出されて。行った時に、当時のマネージャーも心細いと思ったんだろうね。加藤芳一さんを我々のライブにアドバイザーとしてつけてくれたんですよ。
田中裕二:うん。
太田光:そしたら、芳一さんがプラーってきて。我々、『冗談画報』とかで知ってたから。「あ、すみません」とか言って。「怒られるかなぁ、ネタできてないって言ったら」って思ってたら、あの時、忘れもしない(笑)油紙でせんべい食ってたの。ひねりん棒みたいなせんべい(笑)なんであの人、アレ食ってたか分からないけど(笑)
田中裕二:うん(笑)
太田光:「どうしたんですか?」って言うから、「ネタがまだ出来てなくて…」「そうですか、今、どれくらいなんですか?」「6~7割で」「それで今、どういう状況ですか?」「今、状況説明しろって言われて来たんです」って。それで、マネージャーもいて。
田中裕二:うん。
太田光:「いやいやいや。そんなこと言ってる場合じゃない。早く帰った方が良いですよ。ネタできてないんだったら、帰って早く書かなきゃダメじゃないですか。そんな呼び出してる場合じゃないですよ」って言ってくれて。
田中裕二:うん(笑)そうそう。
太田光:そういう風に言ってくれて。スゲェ助かったんだよね。「ああ、この人信頼できる」って思って、そっから交流するようになった時に、芳一さんが言ってたの。「高嶋政宏って、高嶋兄弟のお兄ちゃんいるでしょ?これは飛んでますよ。彼はちょっとおかしいです」って。
田中裕二:うん。
太田光:「あれは凄いセンスあるから、絶対、お笑いとしてイケますよ」って。その時、芳一さんから聞いてて。
田中裕二:25~6年前だよね。
太田光:残念ながら、芳一さんも亡くなっちゃいましたけども。
田中裕二:うん。
太田光:だから、そのイメージがあるんですよ。
田中裕二:この間もね、加藤さんの話出ましたけどもね。
【関連記事】
爆笑問題・太田、デビュー当時の自分の番組出演する様子に「あんなのテレビ出ちゃダメですよ」
爆笑問題、芸能界を干されるきっかけとなった元マネージャーとの事務所独立の裏側
干されていた爆笑問題を救った、TBSプロデューサー桂邦彦
| トップページへ |