絶叫機械

造形する脚本家、麻草郁のブログ。

「0.68秒…アンドロイドにとっては永遠の長さです」

ろじぱらのパクリサイト、ドラスティックリーダーが
川でおぼれた女児を助けるために亡くなられた男性2人を
「ロリコン」と笑えないネタにして冒涜しました。
それに関する書き込みを削除との情報も。
関連リンク
ドラスティックリーダー
http://www5b.biglobe.ne.jp/~masa777/
奇啓示(今回の件について言及)
http://members.jcom.home.ne.jp/kicage/
奇啓示スレ
http://corn.2ch.net/test/read.cgi/net/1030630777/
 (ドラスティック騒動より)

*1

 人間の脳は、持ち主にとって役に立たない情報を忘れていく機能を持っている。だけど、脳はただの計算機なので、「それが繰り返される」事でしか取捨選択の判断ができない。だから、繰り返し会ってる人や思い出す回数の多い人が死ぬと大きい衝撃を受けるけど、あまり会わない人や普段思い出さないような人が死んでもそれほど衝撃は受けない(もちろん個人差はあるけど、一般論として)。そこで今回のネタを云々する人々の言葉に目を転じると、ネタにした事を否定する人は誰もが「何に対して不快感を感じたのか」を、明確に表現出来ていないようだ。これは「事件の衝撃度」や「ネタの不謹慎度」を理解するのに比べて、実在しながらも情報だけの存在である「死者」への感情移入が難しい事から起こる齟齬なのだろう。逆に「不謹慎なネタを規制するのは言論弾圧だ」と主張する人は「死者への感情移入」を最初から放棄している人が多い。
 人の死をネタにした冗談が面白いのは、人が「死」を一回しか体験できないからだ。人が死ぬのを追体験するのはとても刺激的だから、度を過ぎた冗談から想像する死の怖さに我慢できなくなって叫び出す人がいても仕方ない。問題は、最初にネタを書いた人がその怖さを知らなかった(そして多分まだ知らない)って事と、叫んだ人も自分がなぜ叫んだのかを分かっていないって事だと思う。同じ不謹慎ネタでも叩かれない人がいるのは、皆そいつが他人の死や悲劇を想像できてるって事に気づいてるからだ。買いかぶりすぎですか、まあいいや。
 英雄の死とロリコンの死に貴賎はない。犯罪者の死と親しい友人の死は、それぞれに違った感情の動きをもたらすが、死そのものに違いなどはない。この話題を口の端にのぼらせた人間が全員思い出さなければならないのは、書いた人間が明らかな意図を持ってロリータコンプレックスという性的嗜好を持つ人間を差別的に笑おうとした事実であり、その為に、英雄とされる人物達の死を、味付けの為だけに利用したという事実だ。「モラル」などという退行的な価値観を持ち出す必要などはまったくない。英雄の死を笑いたいなら、そのままで充分笑えるはずなのだから。
 ドラスティックリーダーの作者は、数日前の文章で「死」そのものからは距離を置いた「残された者」への言葉を書いた。彼は恐らく人が死ぬ過程を想像できない、もしくは想像する事に恐れを抱いている。だからこそ「死」そのものを笑う事ができず「ロリコンの変態だったら」という味付けを必要としたのだろう。しかし、それですら彼は、二人の死をはっきりと描写できなかった。鼻に入る水、止まる呼吸、沈む体、遠ざかる水面、それらの確実な死への恐怖を、描けなかった。死者を貶める事を目的としながら、当の死者に一片の感情移入もできなかったのだ。
 あの文章が問題なのは、モラルが欠けているからでも、面白くないからでもない。「少女を助けた英雄が実は身勝手なロリコンだったら」という思いつきが、死と関係ないから問題なのだ。
 この世界には、冗談にしてはならない事はない。真面目に考えてはならない事も、なにひとつない。ただし「死」を想像できない人間に「死」を弄ぶ権利はない。この問題の論点をずらして意味なく拡大させた諸氏は、頭をまるめて反省するべきだと僕は思う。虚構だろうが現実だろうが他人だろうが身内だろうが「死」は「死」だ。なめるな。

追記:2002/10/10
Uさんという方から、フォームで「朝人さんは分かった上で書いてるのですよ・・・」という言葉と共に、朝人氏が樹海探検をして死体を見つけた話のURLを送って頂いた。
富士の樹海探検 激闘探険編
 この件は個人の宗教観に関連する話だったので、言及したくなかったんだけど、せっかく送ってもらったのだから返答しよう。ちょっとフォントいじりで。
 彼は、この文章の中でも、死そのものを笑う事はできなかった。「悲しい」や「ここには自由はない」等の、死んだ人間がどれだけ追い詰められて死を選んだのか少しでも想像したのなら思いつかないような言葉も、多く表出させている。

絶望を抱いたままの魂は、
輪廻せずに樹海を世界が朽ち果てるまで、
彷徨い続ける事になるだろう。
(富士の樹海探検 激闘探険編本文より引用)

 最後には脅しだ。もう死んでるのに。
 彼がこうまで「死者」の「生前の苦悩や苦痛」に感情移入できない理由は、彼の生死観にある。
 彼は、死者を自分とは別の世界に置きたいのだ。
 彼にとって死者と生者は「違うもの」だ。その証拠に、彼は人間には魂があって、死後もそれが残るという考えをその根底に持っているが、彼の想像する「死者」は(同情すると、憑依されるっていうから)という、彼の言葉どおり、常識を持たない失礼な人間レベルの行為をする。
 それとも、同情したからって相手に迷惑かける奴ってそんなに多いのか?
 そんな事はない、彼は「死んだ人間はもう人間ではない」と思っているから、死者に対して失敬な事を平気で言えるだけなのだ。自ら死を選ぶ人間は、自由を勝ち取る事のできない弱い人間だと、彼は明言している。彼は死者を彼岸に置き去りにする事で、自身を守っているのだ。
 僕は以前の文章で「彼は恐らく人が死ぬ過程を想像できない、もしくは想像する事に恐れを抱いている」と書いた。この結論は覆らない、彼は死を恐れている。
 僕も、親しい知り合いや親友や家族が死んだ時は、彼らに二度と会えないのを悲しく思った。だから、死後にも魂は残り、いつか会えるという考え全てを否定する気はない。とにかく僕が言いたいのは、ロリコンを馬鹿にするなって事だけなので、マスコミ批判がどうとかそんなのはどうでもいいのです。っていうか、死体を間近に見たってだけで「分かってる」呼ばわりされたら朝人氏も迷惑なんじゃないだろうかね。

*1:僕の好きなバカヨシキさんもこう書いているので、リンクしておしまいにしようかと思ったけど、リンクの意図が見えないと失礼な話に思えるので説明しようと思う。