ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 1巻』将棋講座

ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 1 (ヤングジャンプコミックス)

 『ハチワンダイバー 1』(柴田ヨクサル/ヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と)
 p7〜p8。投了図だけですが、相居飛車戦だったことは推察がつきます。将棋の戦法は、序盤で飛車を横に移動(=飛車を振る)させて飛車がいた側に玉を囲う指し方・振り飛車と、飛車の位置はそのままに角の居る側に玉を囲う居飛車との二つに分かれます。居飛車ばかり指す人を居飛車党、振り飛車ばかり指す人を振り飛車党と呼んだりします。居飛車は能動的で振り飛車は受動的、と私が習い始めた頃には一応言われてきましたが、あくまで原則でしかなく、それも特に現代将棋では例外がありまくりなので一概にそうとも言えなくなっています。
 で、将棋の対局は、相居飛車戦(←あまり使わない表現)、居飛車振り飛車対抗形、相振り飛車戦の3つに大別されます。ここでは居飛車を指してる菅田ですが、後の対局では振り飛車も結構指してますので、居飛車党でも振り飛車党でもない、序盤戦法はオールマイティな指し手みたいですね。個性的な対戦相手を前に主人公がどう立ち向かうのか? という展開が予想されますので、オールマイティというのは妥当なところでしょう。
 p44からの対メイドさん。菅田の振り飛車穴熊対メイドさんの銀冠囲いという対抗形です。穴熊というのは、王様が香車の下に潜り周囲を金銀で囲う形です。手数こそかかりますがもっとも堅い囲いです。一見守り重視とも思えますが、囲ってしまえば後は攻めるのみということで、攻め好きの人にも結構愛用されてます。振り飛車にも向かい飛車・三間飛車・四間飛車・中飛車と4種類ありますが、これだけでは判断できないので保留です。
 対するメイドさんの銀冠(王様の上にある銀を冠に例えてる)囲いは、これまた手数はかかりますが堅さ・厚みとバランスに優れた囲いです。受け将棋と言っても、ただ受けてるだけで勝てるというのはほとんどありません。大抵は遅いけど確実な攻めを見せることでプレッシャーをかけて、相手の早い攻めを誘います。それを確実に受けることで相手の攻めに無理攻めの烙印を押し、結果としてp54のような無残な投了図が出来上がることになります。ちなみに、こういうのを”穴熊の姿焼き”と言います。
 p92。一分切れ負けというゲーセン将棋も真っ青なルールに対して、菅田は中飛車を選択します。これは菅田も言ってるように勝つためには選択の余地がないのです。ゲーセンの将棋も切れ負けルールなのでやってみれば分かりますが、いくら他の戦法で有利に対局を進めて押して押して押しまくっても時間になればハイそれまで、というのはやりきれないものがあります。特にゲーセンの場合、こっちは見えた手をそのまま指したとしてもレバーを倒してボタンを押す分どうしても時間がかかるのに、COMの野郎は文字通りノータイムで指してきやがりますからね(怒)。
 ゲーセンへの怨みつらみはさておき、菅田の選んだ中飛車、しかも初手(この場合後手なので2手目ですが)でいきなり飛車を振る指し方を特に原始中飛車と呼びます(普通は角道を開けてから飛車を振ります)。理由は盤面を見てのとおり。真ん中というのは初形において相手の玉への最短ルート・最短手数で相手玉を詰ませることが望めるからです。私も同じ理由でゲーセンでは中飛車しかやりません(笑)。しかも原始中飛車ですから、角も1四歩〜1三角と戦力の中央への集中に使うことができます。こんな露骨な指し方が互いに早指しだと脅威で有効なのです。ちなみに、なぜ原始なのかはよく分かりませんが、多分、将棋を覚え始めの素人なら一度は必ずやる指し方だからだと思います。私も最初の頃は良く指しました(笑)。ノーガードなのでカウンターがきつ過ぎるのですが、それなりに理にはかなってますし、攻めの手筋を覚えるためには極めて有効な指し方だと思います。初心者同士なら特にオススメです。
 p120からの目隠し将棋。これはおかしいです。菅田が先手のはずなのに、いつの間にか後手になっちゃってます。千日手指し直しでもあったのでしょうか? そこは文字通り目をつむるとして(笑)、p126のメイドさんの3一角で投了図です(持ち駒は一部推測です)。

 ただで取られる角を打っての投了ですから、取ったら3二金までの詰みなのでしょう。ゆえに、メイドさんの持ち駒には最低でも金が一枚はあるはずで、後は歩が2枚駒台に見えます。したがって、投了図以下、△2三玉▲3二銀不成△3四玉(△同玉は▲2二金まで)▲3五歩△同玉▲3六歩△4四玉▲5三角成△3四玉▲3五金まで、となります。(▲5三角成のところを▲3五金でもやはり△5四玉▲5三角成までの詰みです。)
 第5話の対マムシ戦。指し手の先後は振り駒で決めます。王様の前の歩を5枚手の中に集めて振って放り投げます。表が多かったら振った人の先手、裏が多かったら後手(=相手の先手)ということになります。これを振り駒と言い、昔からの決め方です。めんどくさいのでアマ同士ならジャンケンとかで決めることが多いでしょう。駒が立ったらどうするんでしょうね(笑)。
 p191。菅田は振り飛車穴熊です。端を突き越してあることから四間飛車の中でも藤井システムという居飛車側の穴熊を警戒した指し方で、対するマムシは香車が上がってることから、居飛穴(=いびあな・居飛車穴熊の略)を見せつつも藤井システムを警戒して穴熊に潜ることなく戦いを始め、それじゃあということで菅田が穴熊に潜った、ということでしょうか? 多分そうだと思いますが違うかも知れません。ちなみに藤井システムとは藤井猛九段の発明した四間飛車における新定跡で、穴熊に囲おうとする居飛車側の動きに呼応して、自らは囲いを放棄して居玉のまま相手玉頭を攻め倒す画期的な戦法です。それまで受動的とされていた四間飛車に強力な攻撃手段ができたことで、居飛車穴熊の流行によって減少傾向にあった振り飛車党人口を再び復活させたその功績は並々ならぬものがあります。『月下の棋士』では佐伯宗光というキャラが居玉のまま攻める”佐伯スペシャル”とかいうのを指してますが、それはこの藤井システムがもろにモデルになってます(笑)。

 p203。菅田の打った銀はタダですが、△4一同銀と取ってしまうと玉の逃げ道がなくなってしまい、一例を示しますと▲1三馬△同香▲同香△同玉▲1四歩△同玉▲2五銀△1三玉▲1四香△2二玉▲1三角△2一玉▲2二金まで、です。下手に受けても同じことですし、多分△3一玉が最善だと思いますが、▲3二銀成△同玉で▲5二銀とでもしておけば、後は一手一手でしょう。菅田の玉に迫る手がないので投了もやむなしです。
【追記】某SEの雑記帳:ハチワンダイバー第6話(対マムシ戦)
 どう応じても詰みのようです。となると、なおさらただ捨ての銀打ちの価値が増しますね。こんな手を実際に指せたらさぞ気分が良いでしょうね。

 ま、こんなところでしょうか。好きな漫画なので長々と語ってしまいました。何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正します(笑)。
 ちなみに、真剣師といえば聞こえはいいですが、やってることは賭博以外の何物でもなく間違いなく犯罪です。「この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、一切関係ありません。」というのをお忘れなく(笑)。
 将棋監修として名前の挙がっている鈴木大介八段ですが、現役バリバリのトッププロです。振り飛車党で厚みを好む力強い棋風が持ち味です。前期は惜しくもA級から陥落こそしてしまいましたが、今期の棋聖戦では挑戦者として佐藤棋聖と五番勝負を戦っていますし、今期の順位戦でもB級1組で2番手の成績を収めておりA級復帰間近です。鈴木八段がこの漫画にどう関わっているのかは分かりません。しかし漫画とはいえ将棋の中身が濃い方が面白いことは間違いないので、実戦には上がってこない研究会での棋譜をこっそり持ってくるとかして(笑)、是非是非頑張って欲しいと思います。
【関連】義七郎武藏國日記 付加価値?!
 『義七郎武藏國日記』は、同じく将棋のプロ棋士窪田義行五段のブログです。窪田五段もやはり振り飛車党で、四間飛車を得意にしています。その窪田五段のブログによりますと、

09/12に肝心の将棋監修・鈴木大介八段を見掛けたので、私のVS相手たる櫛田陽一六段共々話題を振り、思い切って色々聴いてみた。
『図面を作成してfaxで送った』との事で、内容には直接関与していない感じだった。

とのことです。そりゃ、あの内容には関与できませんよね(笑)。でもでも、図面・棋譜はとても大切なので、これからも期待したいです。
【追記】義七郎武藏國日記 記念の勝利
 上で窪田義行”五段”と紹介してますが、2007年1月22日付で六段に昇段されています。実際の昇段日と発表日にかなりの間隔がありますが、それは昇段に必要な規定の勝星を上げたのがNHKテレビトーナメントというテレビ棋戦だった関係で、昇段を発表しちゃうと結果のネタバレになってしまうためこのような発表となりました。それにしても、自分のブログでのめでたい昇段報告の記事にジョジョネタを使うプロ棋士ってのもお茶目ですよね(笑)。



 あと、明日から竜王戦7番勝負の第7局、渡辺竜王対佐藤棋聖が二日制で行なわれます。『ハチワンダイバー』の対局はどれも持ち時間が1時間にも満たない短時間のものばかりで、その凝縮した時間の中にスリルがあるわけですが、プロの頂点を決める対局は双方の持ち時間が8時間という潤沢な時間の中で行なわれます。漫画とはまた違う将棋の楽しさが味わえると思いますので、興味のある方はご覧になってみて下さい。

【関連】
・『ハチワンダイバー』単行本の当ブログでの解説  2巻 3巻 4巻 5巻 6巻 7巻 8巻 9巻 10巻 11巻 12巻 13巻 14巻 15巻 16巻 17巻 18巻 19巻 20巻 21巻 22巻 23巻 外伝
・柴田ヨクサル・インタビュー
・『ハチワン』と『ヒカルの碁』を比較してみる