170: ãŠã•ã‹ãªãã‚ãˆãŸåç„¡ã—さん æŠ•ç¨¿æ—¥ï¼š2013/10/07(月) 18:05:47.40 ID:eOMVx6Pi
今から15年ほど前で私が小学生の頃の話。 
ある休日のお昼過ぎ、父から父の祖母(私の曾祖母)が入院している病院にお見舞いに行くが一緒に行くか? 
と誘われた。 
当時その頃では珍しく100歳を超えていた曾祖母は、数ヶ月前から病院に入院しており、 
病院は家の近くでもあった病院によく通っていた。特に、父は田舎の長男で曾祖母家とは別居状態だったが、 
看病はほぼ母が引き受けていた。 
その日の前日も確か母は病院へ洗濯物とりに行ったばかりだったので、誘いを断った。私も母が行かないならと、 
その日はお見舞いに行かなかった。 

結局父は一人で病院に行くことになり車で家を出た。 

それから少し経って、公衆電話から電話が鳴り、父が交通事故に遭ったとのことだった。 

幸い父は軽傷で済み、自分で公衆電話から電話をかけてきたのだが、母は慌てて事故現場(近所)へ走って行った。 
私は家で待ってなさいと言われ後から聞いた話だが、父は既に青信号の状態だった交差点を直進中、 
右からたまたま女性の脇見運転信号無視と左からたまたま男性の脇見運転信号無視の車の板挟みに遭ったと言うことだった。 
そんなに小さくも大きくもない交差点だが、普通に信号もあり横断歩道もあるような交差点で偶然両サイドから 
信号無視の車が突っ込んでくるなんてあり得ないと警察も父の信号無視を疑ったようだが、幸い目撃者が証言してくれたり 
当事者も信号無視を認めたため父は悪くないと言うことになった。 
買って数年しか経っていない車が全壊してしまったが、私の固定座席であった助手席の後ろが一番ぐちゃぐちゃだったこともあり、 
あの時一緒に病院へ行かなくて良かったと母はほっとしたようだった。 

事故処理等でくたくたになった両親が家帰って来たのは夕方だった。 
事故云々で曾祖母のお見舞いには結局行けず、疲れたね~夜ご飯は食べにでも行こうか、お見舞いはまぁまた明日にでも・・・ 
とほっと一息ついたのもつかの間。 


今度は病院からの電話。 


つづく