ジョナサン・グレイザー監督『関心領域 The Zone of Interest』を試写で見た。
アウシュヴィッツの所長だったルドルフ(クリスティアン・フリーデル)とヘートヴィヒ(サンドラ・ヒュラー)のヘス夫妻を描いた作品である。アウシュヴィッツ収容所内では連日残虐行為が行われているのだが、ヘス夫妻はのどかで立派な田舎家に住んでおり、ヘートヴィヒは理想的な家庭を築くべく努力している。ルドルフがオラニエンブルクに転勤した際も、ヘートヴィヒはアウシュヴィッツで子どもを育てたいと言って無理矢理留まろうとするほどである。
全体的にホラーみたいな怖い映画で、評価が高いのはよくわかるし何をやりたいかも完全に理解できるのだが、私の個人的な趣味でははっきりと全然好きになれない映画だった。コンセプトを立ててをそれを実現するという点では極めてうまくやっているのだが、良いと思うかといわれるとまた別…という作品である。全体的にヘス夫妻をはじめとする登場人物について、かなりカメラを引いて撮ったり、わざと影に入るように撮ったりしていて、表情などがよくわからないように提示している。このため、ヘス夫妻をはじめとするナチスの人々はまるで日常のタスクを淡々とこなしているだけの機械みたいで、血肉のある人間だという感じがほとんどしない。一見、こういう撮り方はホロコーストを主導した人々を、日常生活を送る「どこにでもいるような人々」として提示しているように見えるのだが、実は全然そうではない…というか、この撮り方はヘス夫妻を観客がいる生身の人間の世界から完全に切り離しており、観客は一段高くて遠いところから観察を行う立場に置かれていて、むしろヘス夫妻が自分たちと同じ人間だととらえられないような方向に誘導されていると思う。ホロコーストを行った人間も我々と同じ人間であるというところが重要であり、そこにこそ恐怖があるのではないかと思うので、私としてはこういう機械人形の観察記録みたいな撮り方でホロコーストにかかわった人々を観客に見せるのはあんまり好きではないし、むしろホロコーストを人工的なホラー映画の題材みたいな形にして遠ざけているのでは…という気がした。別に共感とか人間味を描けと言っているわけではなく、観客が特権的な観察者の位置に置かれていることがピンとこない。監督のジョナサン・グレイザーは『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』でもこういう一歩引いて人間を観察するみたいな冷たい距離感のある撮り方をしていて(それになんかお腹痛くなりそうな音響が入る)、私はそこがあまり好きになれなかったので、たぶん撮り方の個人的な好みの問題たと思う。