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函館高専で学生と対話する日立のエンジニア

函館高専で学生と対話する日立のエンジニア

日立製作所など大手企業が中心となり、国立高等専門学校(高専)の学生や大学生、高校生を対象にキャリア教育を支援する「青田創り」というプロジェクトを本格化させている。少子化の進むなか、理系の学生も経営コンサルタントや金融、商社などメーカー以外の企業を志望する人が増えている。そこでメーカーの若手技術者が各校を訪問、モノ作りのやりがいや楽しさを伝授しようという試みだ。ユニークな産学連携による人材育成策として注目を集めている。

「企業のネガティブなイメージが変わった。若手の自由な発想や意見も結構反映されるのだなと少し安心した」。2024年の2月と8月、北海道の函館高専(1学年の定員200人)で「しごとーく」というキャリア支援イベントが開催された。「日ごろ触れ合うこともない大手メーカーのエンジニアからリアルな声を聞いて、仕事の実情を知ったり、不安が解消されたり、大きな刺激を受けたようだ」(函館高専の平沢秀之教授)という。

8月のイベントには日立やパナソニックグループから3人の30歳前後のエンジニアが講師役として派遣され、土木を専攻する社会基盤工学科中心に1〜3年生の21人が参加した。うち3分の1は女子学生だ。90分のイベントで、前半はエンジニアの3人が自分の体験した仕事を通じてのやりがいや苦労、悩みなどについて赤裸々に語った。後半は3つのグループに分けて各学生の質問に答えるなど、対話する形式で進められたという。

大半の学生は函館周辺の出身だが、東京など本州の理系大学に進学したり、就職を考えたりする人が少なくない。ただ、企業の実態はよく分かっていない。「高専卒でも大学卒と肩を並べて働けるのか」、「女性技術者も男性に負けず、活躍しているんだ」「思ったほど残業は多くないな」など学生からは様々な反応があった。

徳山高専で学生にモノ作りの話をする日立グループのエンジニア

徳山高専で学生にモノ作りの話をする日立グループのエンジニア

一方、山口県にある徳山高専。24年11月14日、ここでも同様のキャリア教育支援イベントが開かれた。日立グループのほか、関西電力や川崎重工業、大日本印刷の大手企業4人の若手エンジニアが講師役として派遣され、2年生の機械電気工学科(定員40人)の学生と対話した。徳山高専の張間貴史教授は「仕事の面白みがストレートに伝わり、学生の満足度は5段階で平均4強と高かった」と評価する。

張間教授が産学連携のイベントの開催に応じたのは、高専生の自己肯定感を高めたいとの思いがあった。徳山高専は創立50周年で1学年は120人と、比較的に新興で小規模な高専だ。「多くは優秀で真面目な学生だが、もっと視野を広げ、自分に自信を持って主体的に行動して欲しいと考えていた。多様な社会人と触れ合うことで、目標の先輩のようなロールモデルが見つかり、俯瞰(ふかん)的に自分を見つめ直すこともできる」という。

高専卒の技術系人材は、即戦力となると、大手メーカーからもモテモテの人材だ。しかし、「地方出身の地味な学生が多く、自分の能力やスキルの位置づけがよく分からず、今ひとつ自己肯定感が低めな学生もいる。しかし、実際に企業に入ると、スキルが高いと驚かれる」(九州の高専OG)という声は少なくない。

国立高専は全国に51校あり、原則5年制の技術系の高等教育機関だ。東京など大都市圏には少なく、地方の中核工業都市に点在しており、都会ではあまり知られていない。しかし、いずれの高専も単位取得の基準は厳格で、実習などもあるため、「5年間、留年せずに単位を取得するのは結構しんどい。理系の大学の方がはるかに楽だ」(北海道の高専OB)という声もある。結果、大手メーカーに就職したり、東京大学や東京工業大学など国立大の理系3年生に編入学したりする学生も多い。就職と進学の比率は6:4。AI研究の第一人者で、東大大学院の松尾豊教授も「高専生は優秀な人材が多く、起業家候補が少なくない」と高専向けの起業支援イベントを定期的に開く。ロボットコンテストも開催されてメディアで話題になるなど高専の存在感が高まっている。

日立の進藤人財業務本部長

日立の進藤人財業務本部長

一方で、少子高齢化が進む中、大手メーカーも優秀な理系人材の確保に難航するようになっている。日立の進藤武揚・人財業務本部長は「一昔前とは人材採用の様相は一変した。以前は黙っていても一定数の優秀な理系人材は来てくれていたが、最近はコンサルや商社、金融を志望する学生が増え、人材獲得競争が激化する一方だ」という。

有力コンサルや大手商社の報酬は、相対的に大手メーカーよりは高額だ。しかも今の若手は都会志向が強く、地方の工場勤務などに後ろ向きな人が少なくない。東京など都市圏の理系学生を確保するのは年々難しくなっている。

そんな中で、「各企業間で人材を奪い合うのではなく、各社と協力してモノ作りの楽しさを伝え、学生の段階から育成しようと発想に転換していった」と進藤本部長は語る。これにより人材コンサルのリンクアンドモチベーションが設立した一般社団法人エッジソン・マネジメント協会(樫原洋平理事長)が仲介役となり、青田創りプロジェクトが開始された。現在、企業側は日立やパナソニックホールディングス、清水建設、京セラなど20社が参画、高専以外にも早稲田大学や大阪公立大学、信州大学、さらに都立日比谷高校など高校でもキャリア支援イベントが開催されている。

樫原理事長は「我々の目標は、志の高い自律型の人材育成を産学連携で支援すること。青田創りプロジェクトには、各企業はいずれも〝手弁当〟でキャリア支援イベントに参加している。現場の若手エンジニアが直接、仕事の喜びや苦労を伝えることで、学生の自律型キャリア育成の支援につなげたい」と語る。

日立の進藤本部長は「人材育成には一定の時間がかかる。ただ講師として派遣した若手エンジニアが、学生と触れ合うことで、いい刺激を受けてモチベーションが上がるなどの副次的な効果も出ている」という。一方で、同様のプロジェクトに参加していた学生が日立に入社して、茨城県日立市のスマートシティープロジェクトに関わり、成果を出すなども事例も出始めている。全国の学校を回り、キャリア教育支援に東奔西走する日立などのエンジニア。この青田創りプロジェクトから次世代のリーダーが次々誕生するかもしれない。

(代慶達也)

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