GIGAスクール構想により児童生徒への1人1台端末環境が整備された今、教育現場におけるICTの利活用状況や実践例が数多く紹介されている。その中でも、GIGAスクール構想以前からICT教育を導入・実践している茨城県つくば市の動向は注目を集めている。
つくば市の学校現場を支える教員は、ICTをどのように学んでいるのか。2024年10月17日につくば市教育委員会が開催した「ICT活用力向上研修」を取材した。
子供たちのより良い学びに向けてICTを活用するために
研修には、つくば市内の中学校・義務教育学校後期課程の教員17名が参加した。日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 公共・社会基盤統括本部 教育戦略本部 GIGAスクール政策室 利活用推進係の嶋田幸子氏を講師に迎え、AIによって進化したマイクロソフトの学習用ツール「Teams for Education(以下、Teams)」と生成AIサービス「Copilot」の活用をテーマに研修が実施された。
研修を担当したつくば市教育局 学び推進課 兼 総合教育研究所 指導主事の大坪聡子氏は冒頭、「日常的にTeamsを利用されていると思いますが、ひとりひとりの子供たちにさらに寄り添った支援や個別最適な学びが実践できる、より深い学びができるようなTeamsの活用とCopilotの使い方を知ってほしいと思います。実際に触れていただきながら、子供たちが明日からどんなふうに使えるかをイメージしてください。TeamsやCopilotは日々、新しい機能が追加されています。実際の教育現場でどんなことができるのか、皆さんで一緒に体験できればと思います」と研修の狙いを伝えた。
続いて、日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 公共・社会基盤統括本部 教育戦略本部 カスタマーサクセス担当部長 兼 GIGAスクール政策室 室長代理の栗原太郎氏が「マイクロソフトは製品開発に積極的に取り組む企業です。TeamsやAIの機能は日々改善されており、新しい機能がどんどん追加されています。しかし、社員もすべての機能を知り尽くしているわけではありません。ですので、今日は肩の力を抜いて参加していただきたいと思います」と呼びかけた。
AIによって進化したTeamsを授業や課題に生かす
まずは、Teams上で簡単にアンケートの作成・配信・結果共有ができるPollsを紹介。実際の画面を見ながら、Pollsの追加方法やアンケートの作成方法、さらにはExcelを使ったファイルの共有と共同編集といったTeamsの基本を学んだ。
音読練習機能による演習では、実際のスピーチを課題に設定し、動画を撮って音読課題を提出。課題がAIで評価されることを体験した。ひとりひとりを評価してくれるので、採点に役立つだけでなく、児童生徒のモチベーション向上にも効果的だ。嶋田氏によると、AIによる評価はまもなく、算数・数学の計算問題にも対応する予定だという。AIによる計算問題の評価では、解答だけでなく、計算の過程も見ながら採点できる。
研修ではほかにも、Excelを使ったファイルの共有と共同編集や、児童・生徒の情報リテラシーの向上を支援する検索コーチなど、教育現場で役立つLearning Accelarators(※)の機能を学んだ。
Copilotで教員の業務効率化を図る
続いて行われたCopilotの研修は、デモを交えながら教育現場での活用方法を紹介した。まず初めに嶋田氏は「Copilotはあくまでも副操縦士であり、操縦士は教員です。教員が意図するものを作るための伴走者として支援するツールです」と説明した。
無償で使えるCopilotには「個人向け」と「学校・組織向け」があり、「学校・組織向け」では入力データがLLM(大規模言語モデル、Large Language Models)に学習されることなく、保護される。
嶋田氏は、Copilotを教育現場で使ううえでもっとも大切なこととして、サインインをしていない状態、あるいは個人のアカウントでサインインしている状態では「個人向け」の利用になり、プロンプトに入力した内容はLLMにすべて学習されること。個人情報に関連する内容をLLMに学習させないためには、必ず「組織」のアカウントでサインインすることを徹底してほしいと伝えた。Copilotの画面上でエンタープライズデータ保護が適用されていると表示されていれば、保護モードで利用できていることが確認できる。
研修では、教育現場でのCopilot活用例として「要約」「下書き」「画像生成」を紹介した。「要約」は、動画やPDFなどの内容をテキストにまとめることができ、英語・日本語以外のさまざまな言語にも対応している。「下書き」では、保護者向けの案内や単元の指導案などを生成でき、壁打ちすることでブラッシュアップされる。また、保護者向けのお知らせに入れるためのイラストなどの「画像の生成」も可能で、著作権の問題もなく利用できることなどが説明された。
さらに、Copilotを評価で活用する方法を紹介。俳句が入力されたExcelファイルをCopilotに読み込ませ、AIに季語と季節を入力させる。授業で生徒が提出した俳句を評価する際、教員がひとつひとつを確認し、季語と季節をチェックするのは大変な作業になるという。Copilotを活用することで、チェックの作業をAIに任せることができ、効率よく評価できるようになる。「こうした機能やアイデアは学校の授業や校務の一助となるのでぜひ活用してください」と嶋田氏はまとめた。
最後に大坪氏が「GIGA端末の活用を深める中で、やはりクラウドとAIの活用は欠かせません。その際にほかのAIサービスではなく、使い慣れているTeamsやCopilotを活用するほうが子供たちにとっても学びやすいと思います。Teamsにはアプリがたくさんあり、検索やYouTubeで先進的な実践事例を探すことができます。Teamsの機能を有効に活用することで、子供たちの学びや教員の業務改善、効率化につながると思います。今日の学びを学校に持ち帰って、ぜひほかの教員の皆さまにも共有していただけますようお願いします」と結んで、研修は終了した。
学びや成長を促すTeamsの機能と校務効率化に寄与するCopilot
研修に参加したつくば市立吾妻中学校 高橋伸彰先生は、「Teamsには課題や授業など、子供たちの学びや成長を促す機能が増えていることがわかりました。私が今日の研修で学んだことを学校に戻ってほかの教員に共有して、それぞれが自分の授業で活用できることが大切だと思います。どこで、どのように使えば効果的なのかなどを、ほかの教員と話しあってみたいと思います」と今後の学校現場での活用について語った。
また高橋先生は、Copilotの研修を受けてAIがさらに身近になったと語る。特に、Copilotの要約や下書きの機能で日常の業務が効率的になると感じたようだ。「ベテラン教員は頭の中に知識が蓄えられていて、指導案をすぐに作ることができると思いますが、経験の浅い教員が指導案を作る場合には『どうやって書こうか』と悩むことがあります。それをAIが支援してくれるとかなりハードルが下がり、その分、子供たちへのアプローチ方法や、どのようなアクションをしたら効果的かを考えることに時間を割けると思います」(高橋先生)
自律した学習者になるためにICTを活用する
つくば市では、45年以上前に教育活動にコンピューターを取り入れたという実績がある。当時からICTを使って子供たちひとりひとりに寄り添った学び、協働的な学びを実現することを目指しており、それは今もなお受け継がれている。「子供たちが幸せな人生を歩めるようにという教育理念を、教育長のリーダーシップのもと教員と共有しています。それがICTの効果的な活用を進めるうえでの最大の推進力になっていると思います」と大坪氏は話す。
「多様化する子供たちの学びは、ICTなしでは成立しません。ただ理念だけではなかなか実現できないため、つくば市では毎年、各学校1名ずつ、ICTを推進するための教員をICT推進員として教育長が委嘱しています。ICT推進員には毎年50名が任命され、校内で実践事例を広めるだけでなく、市外の教員に向けて実践事例の発表もしています」(大坪氏)
ICT推進員が、一緒に授業を作り、お互いに情報交換することで先進的なICT活用が実現できるようになってきたと語る大坪氏は、「昨年(2023年)6月にAIを全校展開しようとしたときも、ICT推進員の教員に集まってもらいました。生成AIの使い方をみんなで学び、どのように使えるのかディスカッションをして、授業を作っていきました。そのような教員の力が、つくば市のICT教育の原動力です」とICT推進員に大きな信頼を寄せた。
教員向けの教育ICT研修について大坪氏は、「対面の研修は年々減っていますが、体験やディスカッションは重視しています。現在は、オンデマンドによる研修を増やして、自分の好きなペースやタイミングで、教員が望む研修ができる体制づくりを行っています」と教員の学びも個別最適な方向へ向かっていることを説明した。
研修の難易度については「Teamsは日頃から使っているツールではあるものの、アナログ作業のデジタル化程度で使っている教員が多くいます。そのような教員が、『こうすればAIからフィードバックをもらえるんだ、自分もやってみよう』と思えるように、難しすぎず、ちょっとやる気をもってもらえるくらいが良いと思っています。研修で紹介した機能を実際の業務で使ってみると、これもしたい、あれもしたいと、やりたいことがどんどん出てきて、質問の電話をいただくこともあります」(大坪氏)
つくば市は2020年3月に策定した「つくば市教育大綱」において、「ひとりひとりが幸せな人生を送ること」を最上位目標に掲げている。「子供たちの幸せな人生の実現を考えたときに、幸せとはどのような状態なのかを、指導主事や教育長と話すことがありますが、それは子供が自律した学習者になることではないかと考えています。ひとりひとりの個性や特性は違うけれど、自分で決めて、何かをやり遂げる、何かを解決する、そのような力が付いていれば、どんな道に進んでも幸せな人生の実現につながるのではないでしょうか。そのために課題解決能力を育みたいと考えており、つくば市の学びは今、探究学習に舵を切っています」と大坪氏はつくば市が目指す教育について語った。
課題を発見する力、課題を解決する力を育むためにAIとどう関わりもてば良いのだろうか。「AIとのやり取りでは、まず自分で課題を明確にしないといけません。プロンプトを入力するにも、自分は何を課題だと思っていて、何を知りたいのか、目的や手順などを具体的に伝えないと、AIをうまく使いこなせません。AIを使う力は、課題発見能力や課題解決能力を身に付けるためのツールにもなると期待しています。
AIを導入して約1年が経ちますが、使えば使うほど感じるのは、やはり教員の存在が大事だということです。AIに単に答えを求めるのではなく、教員が子供たちにどう問いを投げるのか、子供たちがどのようにしてAIと向き合い、使いこなしていくのか。それには、教員の役割がきわめて重要であると、学校の先生方に伝えています。ツールありきではなく、そのツールを生かして子供たちをどう育んでいくかを、つくば市は考えているのです」(大坪氏)
ICTやAIによって教育が良くなれば、教員は要らなくなるのではないかという話を耳にすることがある。しかし、取材を通じて感じたのは、ICTやAIにおいて教員の存在はさらに重要になるということだった。子供たちの学びを支えるICT研修は、ほかの自治体にも参考になるのではないだろうか。
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