2024年総合ベスト


  • 1位:人間の境界(Green Border):アグニシュカ・ホランド監督
  • 2位:ルックバック:押山清高監督
  • 3位:86-エイティシックス-:石井 俊匡監督
  • 4位:ツレ猫 マルルとハチ:園田ゆり
  • 5位:スキップとローファー:高松美咲
  • 6位:侍タイムスリッパー:安田淳一監督
  • 7位:ボーイフレンド
  • 8位:シビル・ウォー アメリカ最後の日:アレックス・ガーランド監督
  • 9位:オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~:樽見京一郎
  • 10位:ソウルの春:キム・ソンス監督:2024年韓国戒厳令、尹 (ユン)大統領

番外:『ある日、お姫様になってしまった件について』

2024年の良かった本
 『それでもなぜ、トランプは支持されるのか: アメリカ地殻変動の思想史』会田弘継
 『娘が母を殺すには? 』三宅香帆

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  • 11位:推しの子:原作:赤坂アカ、作画:横槍メンゴ
  • 12位:青春18×2 君へと続く道
  • 12位:落下の解剖学
  • 13位:負けヒロインが多すぎる
  • 14位:ダイヤモンドの功罪:平井大橋
  • 15位:異世界車中泊物語 アウトランナーPHEV
  • 16位:マッドマックス:フュリオサ
  • 17位:リバー、流れないでよ
  • 18位:対峙 Mass
  • 19位:TS衛生兵の戦場日記
  • 20位:T・Pぼん
  • 21位:パドマと出会うアメリカの味SEASON1 (2020)
  • 22位:ファイアパンチ
  • 23位:りぶねす
  • 24位:ソウルメイト/七月(チーユエ)と安生(アンシェン)
  • 25位:ノースマン 導かれし復讐者
  • 26位:キラーズオブザフラワームーン
  • 27位:太陽と桃の歌

🔳2024年を見る軸(1):社会が分裂したその先にある新世界系的な北斗の拳的マッドマックス万人に対する万人の闘争状態

2024年をずっと支配していた体験は、やはりアニメーションの『86-エイティシックス-』(2021)だった。この作品によって、2010年代後半から2020年の前半にかけて「新世界系という類型」の分析が一気に進んで、そして類型としての全体像が定まった。アニメ自体は、石井俊匡(としまさ)監督による2021年の作品なので、新世界系の時期が、2010年代後半の5年(2014ー2021)くらいをベースにしていることもわかった。ある意味新世界系という世界系の後に出てきたジャンルが終焉した(=ジャンルとしての答えが定まった)象徴に思えるので、最も大きかった。マンガ『ファイアパンチ』(2016)も映画『マッドマックス:フュリオサ』(2024)も、この類型の展開として包括できるので、自分的には最重要の出会いだった。

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🔳2024年を見る軸(2):移民が先進国市民社会に与えるインパクト(もう市民社会は移民を受け入れるキャパシティの閾値を超えた)

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また振り返ると、意外に地味で、よかったけれどもそれほど気にしていなかったマイナーな映画と思っていたAgnieszka Holland(アグニェシュカ・ホラント)監督のヨーロッパ映画『人間の境界(Green Border)』(2024)の評価が自分の中で圧倒的なことに気づいて驚いた。なぜならば、2024年の全世界の最も最重要テーマは、「移民問題への態度」だったからだ。

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2024年は、第47代アメリカ合衆国大統領の選挙の年だったわけだが、ジョー・バイデン、カマラ・ハリスとドナルド・トランプの戦いの最重要イシューは、インフレによる生活苦と不法移民問題でもありました。では、この移民の問題ってのは、どういうことなの?というものの、本質を浮かび上がらせたのが、この映画だったからです。この映画で描かれる、ポーランドとベラルーシの国境で“人間の兵器”として扱われる難民家族の扱いを見ると、難民が社会に与えるインパクトを余すところなく伝えています。単純に、祖国で迫害されたり戦争で難民化した人々の過酷な運命を同情したりシンパシーを感じたりするだけではなく、その国境の街に住んでいる「普通の市民」が、どのように巻き込まれていくか、それによって、社会がどのように壊れていくかというのが、これでもかと描かれるところが圧巻。ようは、NIMBY「Not In My Backyard(我が家の裏庭には置かないで)」問題と同じ構造で、難民の数が上昇していくことによる市民社会のキャパシティを超える時に、あなたは自分の生活が壊れたり非日常化していくことに耐えられますか?という問いかけがある。

米大統領選の隠れた背景だった移民のNIMBY問題 | 佐々木俊尚「毎朝の思考」/ Voicy - 音声プラットフォーム

基本的に、先進国の中産階級、「普通の市民」は、これを許容することができなくなっている。そして、ウクライナ戦争だと思うんです。2022年2月24日、ロシアによる侵略が始まって以来3年近く時が経っている1年もかからずに収束すると思われていたウクライナ戦争の長期化で、気前よく受け入れた難民が社会のキャパシティを越え始めている。ドイツ社会が最近、社会の通常な運営能力を失いつつあることは今、盛んい騒がれています。

ドイツ人は疲れている マライ・メントライン
https://www.youtube.com/watch?v=TL_GECYbSck&feature=youtu.be

これって大きくくくると、先進各国の市民社会が、グローバリズムの進展による人々の移動・移民に対して、対応能力に限界がきていることを示しているんだと思う。アメリカ社会にける、アメリカファースト(孤立主義)の発想も、まさにこれがあると思う。移民を、不法移民を、難民を・・・・これ全部明確に違うカテゴリーなので、意識して考えないと今後はダメですね・・・・市民社会が受け入れることを拒否するために、極右が台頭するのは、当然の振り子です。人権を、左翼やリベラルが、原理主義的に掲げるほど、社会は右傾化していくでしょう。マライさんもコメントしていますが、社会の中でリベラルなレフト(国民のみを対象とする)でありながら、反移民(国民以外は排除する)でナショナリズムを煽る政党が出てきたら、これからウケると思う。ちなみに、まんまトランプさんの共和党ですね。話がかなり盛大にずれましたが、移民、難民、不法移民などを受け入れることのコストの高さが、これでもかと描かれることは、まさに今の時代の最も大事な問題意識で、流石の巨匠等なりました。


🔳2024年を見る軸(3):学園もののラブコメのフォーマットで、日本的学園空間の中で、クラスの中に生まれてくるスクールカーストの格差をどのように乗り越えていくのか?

そして『スキップとローファー』。出合小都美監督によるアニメーション(2023)。高松美咲さんによるマンガ(現在、既刊10巻)。これにはハマりました。今年何回も何回も繰り返して読んでいるから、本当に良かった。なぜかといえば、この作品が、新世界系の類型以後、そして、2024年の分極化していく社会の分裂に対して、絆の構築を描くのに解像度が高い作品だったからだと思います。この辺りの絆の再構築をメインテーマとした作品は、さまざまに表れているのですが、これを日本のエンターテイメント文脈で、福田晋一さんの『その着せ替え人形は恋をする』に並ぶ2020年代前半5年の最前線の一つだと感じました。学園もののラブコメのフォーマットで、日本的学園空間の中で、クラスの中に生まれてくるスクールカーストの格差をどのように乗り越えていくかが、繊細に見事に描かれている。アニメーションが、マンガの本質を深く理解して演出されていて、本当に傑作です。

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同じ目線で、日本の2020年代の男の子たちの、絶妙で繊細な距離感が、見事に出ているなと感動したのが、ネットフリックスのリアリティーショーである『ボーイフレンド』(2024)。これが、素晴らしかった。

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🔳2024年を見る軸(4):まとめ

これまでの世界の成長は、グローバル化、近代化というものを「個を尊重する」という多様性をセレブレイト(祝福)することで、言いかえれば、個の権利を際限なく拡張していくことで推し進めてきた運動でした。しかし、こうした絆を重視する姿勢というのは、コミュニタリアニズム(=共同体主義)や家族が復権することリンクしていると思っています。ジョー・バイデンがカソリックであったこと、副大統領のJDヴァンスがカソリックに改修していることなど、アメリカでは、この方向性がカトリシズム(Catholicism)の復権と伸長に表れていますね。もう少しやわらかくいえば、個を主張し続けることは、エゴの表出で、人々が際限なく包摂なしでぶつかり合っていくことになるので、絆による親密権の単位を見直さなければいけないとなっている時に、家族という単位や宗教共同体の単位が見直されているという流れですね。僕は、堂本裕貴さんの『りぶねす』(2013-2017)が、めちゃくちゃ好きで感動したんですが、これも、絆の見直し、再構築という大きな文脈から分岐される日本的ローカル文脈の一つとして、ラブコメの中の「妹もの」と「幼なじみもの」の展開に新しい一手を打ってくれているからです。←いきなり例が、身近になった(笑)。

ちなみに、再度、『86-エイティシックス-』『ファイアパンチ』『マッドマックス:フュリオサ』『Civil War』に戻るのですが、これらの作品を新世界系の類型で僕は見ているんですが、何を表していると考えているかというと、グローバル化が進展して、多様性を称揚するあまりに個々人がぶつかり合って、際限のない衝突、分裂の果てに殺し合いになって、殺伐としたサバイバル空間になったその結果としての「万人の万人に対する闘争」状態が現出していることの心象風景であり、イメージだと思っているんです。言ってみれば、ポリティカルコレクトネスなど多様性の尊重によるグローバル化の進展の行き着く果ては、「それ」だぜって言っているように僕には見える。「良きことをする」という出発点で始まったレフト(左翼)の行動が、共産主義の行き着いたポルポトや毛沢東になって、人々の大量殺戮していくよう。これのアンチテーゼとして出てきているのが、共同体主義の方向性なのだろうと思います・・・が、共同体主義(コミュリタリアニズム)とかあまり抽象度の高い視点で言うとわかりにくいですが、そこで絆の再構築(人間同士の紐帯はどのように生まれてくるか?)と言う探究になるので、日本のローカル文脈では、ラブコメの見直し、復権にはじまって、それがもう少しアダルトな、ぶちゃければSEXや結婚、セクシャルな問題、ゲイやれずビアン、BLなどのLGBTQをスコープに入れた物語が多く生まれ、そして、結婚もの類型の伸長につながっているのだと僕は思っています。2024年は、この流れが顕著に見れた年でしたね。