『うさぎドロップ』 宇仁田ゆみ著 もっとも純粋で安定した愛の形とはどんなものですか?

うさぎドロップ 9  (Feelコミックス)


評価:★★★★★星5つ
(僕的主観:★★★★★星5つ)


非常に興味深い物語だった。物語の方向性、訴えたいことの本質と、作者の絵柄がとてもマッチしていて、僕はとても好きです。ちなみに、以下は、思いっきりネタバレですが、、、このブログは作品の解析のために大抵ネタバレしちゃうので、それが嫌な人は、ここでやめておいてください。

この曲がすごい好きでねぇ、、、ってパフィーなんですね、これ。びっくり。なつかしいなー。娘(3歳)が、ここに出てくるうさぎが大好きで、うささんだ、うささんだ、といつもとびはねてるんです。この映像、なんというか、派手さはないんですが、子どもにぐっとくる作りなんですよね。いやー演出考えているなー。どうなんだろう?渋めの作品なので、とても幼児が見る作品とは思えないが・・・・って、これいったいターゲット層は誰なんだろう???・・・・でも、ちゃんとそのへんの感覚を大事に丁寧に作られててアニメーションは、とてもいいですよ。


さて、この作品は、おじいさんの娘らしき6歳の女の子(りん)を、引き取る30歳のダイキチのお話です。『PaPa told me』や『マイガール』などの父と娘のお話の類型ですね。


Papa told me 〜私の好きな惑星〜 (クイーンズコミックス)マイガール 5 (BUNCH COMICS)

んで、後半(第二部かな?)では、小さかったりんが、高校生になっているんですが、その最後の結末が、自分を育ててくれたダイキチ(40歳)に惚れちゃって、最後は結婚する、というところで物語は終わっているんです。僕この作品の最終9巻を読み終わった直後、最後が少し不満足に感じました。ちょっと考えてみると、それは、自分の娘として、あらん限りの「父性愛」という愛情を注ぎこんだ、ダイキチが、娘を一人の女性として見るという「心境の変化」が、9巻1巻分ではよくわからなかったからです。ただここは、マイナスポイントではないですけれどもね、構造的に。この作品を支配するのは、前半はダイキチからりんへの父親としての意識を持っていく過程の視線が描かれていて、後半はりんが家族に自覚的になっていくという視点を描いているので、ざっくりいうと前半ダイキチ視点で後半がりん視点なので、9巻で描かれるべきはりんの感情の動きであってダイキチではないから。


さて、この物語は、全編に、とても見事に「父親が娘を思う気持ち」が基調低音として、流れています。特に母子家庭とか父子家庭の設定がその部分に拍車をかけていて、それは余裕がない状況を作り出すと、、、、「子供を育てる」という行為が、自分の自己実現・・・・言い換えれば、プライヴェートの時間をすべて捨てることだ、という部分が色濃く出るからです。30歳の仕事ができたサラリーマンが、子どもを持つことで自分の可能性を捨て去って、ひたすらに娘のために人生を捧げて、、、そして、その「犠牲にすること」自体が、犠牲という名のマイナスではなく、「娘とともに時間を過ごせる喜び」にシフトしていく様は、とても見事な描写力だと思うのです。この作者の、書き込みの少ない、力の抜けた絵柄、登場人物たちのさらっとした暑苦しさのほとんどない性格が、、、、、それらが、成長することも激烈な自己変革することもない日常の中で愛する「家族」とともにあれる幸せを、とてもうまくあぶりだしていると感じました。


そして、9巻にわたっての長い物語の旅を通すと、とりわけ保育園から小学校にかけてのりんを育てている視点の記憶があるわけで、、、、いや、これくらい娘ラブ!!!という気持ちが強いと、いくらなんでも、娘を女として見るのって、絶対無理だから!!!(苦笑)って思うんですよね。ダイキチの視点が全編、あふれんばかりの家族愛なんだもの。


けどね、、、、長い長い物語を読んでいると、、、ってたかが9巻程度なんだけど、とても長い時間が過ぎている感じがするなー、、、やっぱりこれ傑作なんだろうと思う、、、りんの心の動き自体は、非常によくわかるんだよね。


というか、宇仁田さんの初期の恋愛を描いた作品とか、その視点の代表例であるりんの母親の正子の視点でもそうなんだけど、宇仁田さんの描くヒロインには共通の特徴があって、それは、愛情の求め方が非常に下手なんですよね。初期の恋愛を描いた作品を見ていると、とても典型的でなんですが、主人公たちは、「自分がいったい何がほしいのか?」が良くわかっていないんですよね。これって、まあ陳腐な言い方でまとめてしまえば(本当はそういうまとめ方には抵抗を感じないでもないんだが・・・・)、家族愛に恵まれていない人もしくはストレートに承認を感じられない人は、陥りやすい不器用さなんだよね。僕がこの人の作品を読んでいたのは、2000−2004年ごろの恋愛をメインにしていたころで、この女の子たちは、いったいなんなんだろう?(=何がしたいのかよーわからん)と思って見ていました。このへんの南Q太さんとかも、とても似た印象を持っていて、南Q太さんが、ずっとあとで『ぼくの家族』という家族を主題にする物語を書いたのを見たときに、ああ、やっぱり「ここ」へ着地するんだな、この感覚は、と思ったのをよく覚えています。これ、いまにしてい思うと、ベースとしては、家族愛のレベルの愛情を探している人なんだな、と思うのです。そうでなくとも、2000年くらいって、、、もう少し前か?援助交際とかそういう言葉がはやってた、なんというか刹那的な時代でしたよね。いまのほうが時代ははるかに進んだんだけど、90年代ぐらいのほうがはるかに刹那的で虚無的だった気がする。そういう時代背景で、かつ同世代の男の子と恋愛を描くと、絆(=時間の積み重ねで獲得されるつながり)の部分が全然描けないので、妙に刹那的というか虚無的というか、何がほしいのかよくわかんないけどとりあえずやっちゃう、とか、自分が本当にほしいものには全然手が届かないでいつも足掻いている、みたいな関係性ばかりが描かれていた気がする。80年代の岡崎京子さんの『東京ガールズブラボー』とか『ヘルタースケルター』なんかは、ある種、まだバブルの凄まじいきらめきとエネルギーがあったんだけど、90年代に出てきた(そんなイメージがあるけど、確かそうだよね?)南Q太さんや宇仁田ゆみさんって、なんかそういう「意欲」みたいなものが欠如している女の子が多かった気がする。けど、求めているのは、やっぱり同じで感じがしましたねー。

宇仁田ゆみ作品集 楽楽 (ジェッツコミックス)
日曜日なんか大嫌い (ヤングジャンプコミックス)
ぼくの家族 (愛蔵版コミックス)
ヘルタースケルター (Feelコミックス)


そんで、彼女たちが何を求めていたかといえば、家族愛に近い安定感を持った承認と絆だったんだろうと思うんですよ。これ、上から目線で、批評ぶるのではなくて、実際ほぼこの作者と同世代の自分の経験から考えて、90年代に青春を送ったものとして、90年代には、異様なくらいに絆や承認といった「安定した足元の土台」がなかった時代なんですよね。それは、自分の強烈な実感として、思い出に残っています。社会学なんかでは、やっぱり団塊の世代の親というのが、凄まじく日本社会の中でも「頑張れば報われる!」という高度成長を生きた世代で、その子供の世代(=僕ら団塊のJr)というのは、そういった幻想がすべて崩壊した時代に生きているので、親子間の「世界に対している姿勢」のギャップが極限化された時代だったそうです。ようは、全然話が通じないんですよ。世界観が、パラダイムが違いすぎるから(苦笑)。共通の土台がなく、、、そして、同時に核家族すらも個人化が進んで解体されていく時代背景にあったわけです。そのなかで、絆的な「肯定的な承認による安定した愛情」に飢える若者が続出したのは、よくわかることだと思うのです。ある種の社会学で言うアノミーが家庭の領域で、家庭の解体という形で進んだ時代だったからです。この典型的な例は、山本直樹さんの『ありがとう』ですねー。

ありがとう 上 (ビッグコミックス ワイド版)


えっと、、、、そういう意味では、このころの性格をよく受け継いでいるのがりんの母親である正子なんだよね。たぶん、彼女って、この90年代の頃に、刹那的に生きていた、その結果なんだよね。いや明らかにお前ゴムつけてねーだろ的な、なんというか、そこまで先を全く考えない行動ってあり?というようなことを繰り返していれば、そうなるのはわかりきっているじゃないですか。そしてその子供であるりんは、最初から、家族愛に近い「安定した愛情」を求める・・・・・いや、そうではないなーこの手の人は、そもそも人間関係がめんどくさくてどうでもよくなってしまうものなんです。人間関係に期待しないからです。基本的に世界が閉じているんですよね。オープンに人とつながる外交的な意思は、家族に愛されて育たないと、なかなか生まれません。そして、90年代というのは、親子間のギャップ極大化と核家族の解体が進んだ時代なので、マクロの背景として、そもそも安定した承認や愛情を、全体的に得られにくい時代だと思うのです。・・・・そう考えると、おれら団塊のJrって、かわいそうな世代だな、、、、(涙)。


そうするとね、、、、りんが、恋愛が下手なのってわかると思うんですよね。求めているものが、恋愛よりもう少し先の、結婚した後に感じる安定した絆の愛情のほうがほしいものなので、恋愛という家庭がめんどくさいはずなんですよ、こういう人は(笑)。そして、それを、自分へありったけの家族愛を注いでくれるダイキチに見出していくという流れは、よくわかるんですよ。悪く言えば、家族愛がなかったから、家族がほしかっただけなのでは?ということともいえると思います。



このへん、さっきのラジオで、かなり詳細に話しました。もしさらに細かく聞きたい人がいれば、、、。


うさぎドロップ 【初回限定生産版】 Blu-ray 第1巻