「『絆』の右上は『ハ』の形で書かないと誤り」は誤り

平成23年の世相を漢字一字で表す「今年の漢字」に「絆」が決まり、京都市東山区の清水寺で12日、森清範(せいはん)貫主が縦約1・5メートル、横約1・3メートルの和紙に大きな筆で書き上げた。

http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/111212/cpd1112121409002-n1.htm

さて、この「絆」といふ字について一部の人からこんな意見を聞きました。
「『絆』の右上は『ハ』の形で書かないと誤りなのに、『ソ』の形で書く誤りが多い」。
これは本当でせうか。


実は、「半」「平」等の点を「ハ」と書くのは、単なる活字体のデザインなのです。手で書く時は「ソ」の形で大丈夫ですし、それが書道では伝統的な字形です。

戦前は、「絆」だけでなく「半」や「平」等も、活字体は「ハ」の形、手書きでは「ソ」の形が一般的でした(「ハ」の形で手書きされる事も、無かつた訳ではありませんが)。
しかし、戦後の国語改革では、「漢字の活字体を手書きの字形に近付ける」といふ方針の下、「当用漢字表」(現在の「常用漢字表」)の字形が、これまでの伝統的な活字体の形から変更されました。
その際、「半」は「使用頻度の高い漢字」として当用漢字表に入つてゐたので、筆写体に近い字形に変更されましたが、「絆」は「今後、公文書や新聞等ではこの漢字は使用せず、ひらがなで書けば良い」として当用漢字表から除外されたため、字形変更はされませんでした。
ところが、「当用漢字表による漢字制限を経て、いづれは漢字を全廃する」といふ当初の目論見は完全に外れただけでなく、漢字制限すらも民間の文書では完全な徹底は無理だといふ事が解つてきました。そのため、「ソ」の形で書く常用漢字表の活字と、「ハ」の形で書く常用漢字表外の活字の二種類が混在する、といふのが現在の状況なのです。
(蛇足ながら、糸扁(いとへん)の下を縦棒に点二つと、点三つ、どちらも正しい字形です。特に手書きでは点三つもよく使はれます。)



また、「之繞(しんにょう、または、しんにゅう)」が「二点」か「一点」かも同じ問題です。
戦前は、活字体は「二点之繞」(点の下はくねらない形である事にも注目)、手書きでは「一点之繞」(点の下はくねる形である事にも注目)が一般的でしたが、戦後の国語改革以降、当用漢字表/常用漢字表内の漢字のみ「一点之繞」の活字が使はれるやうになりました。しかし、手書きでは表内か表外かに関はらず「一点之繞」が伝統的な字形です。
(これまた蛇足ですが、台湾や香港では、二点之繞の活字体と、一点にくねる形の之繞の活字体の両方が使はれてゐます。)




もう少し身近な例で言ふなら、皆さんはひらがなの「さ」を三画で書きますか、それとも二画で書きますか。「き」は四画で書きますか、それとも三画で書きますか。
アルファベットの「Q」は活字体では様々な字形がありますが、それぞれ違ふ文字ですか、それとも字形は異なつても同じ文字ですか。
「絆」の右上を「ハ」と書くか「ソ」と書くかや、「二点之繞」か「一点之繞」かも、丁度これに似たやうな問題なのです。


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