Google Cloudは9月1日、JCOMのカスタマーセンターにおける生成AIの活用事例に関する説明会を開催した。説明会ではJCOMの担当者らが説明を行った。

Google Cloudが提供する生成AIのソリューション

Google Cloud データアナリティクス ソリューションリードの高村哲貴氏が同社のデータクラウドについて説明した。同氏は「現在、AIエージェントが業務に浸透しており、大きく従業員向けなどの社内向けのAIエージェントと、顧客をはじめとした社外向けのAIエージェントの2つがある。そのような中で当社は、AIインフラがTPU、データプラットフォームはBigQuery、モデルはGemini、AIプラットフォームはVertex AIを揃え、フルスタックで支援している」と述べた。

  • Google Cloud データアナリティクス ソリューションリードの高村哲貴氏

    Google Cloud データアナリティクス ソリューションリードの高村哲貴氏

Google Cloudでは生成AI・エージェントの精度を高め、価値を最大化するカギはデータにあるとし「AI Readyなデータプラットフォーム」と「データエージェント」が顧客のエージェント開発を加速させるとのこと。

AI Readyなデータプラットフォームにおいて、求められる要件としては「ビジネスコンテキストの理解」「マルチモーダル」「リアルタイム」「ガバナンス」の4つのポイントを示し、BigQueryは内包しているという。

  • Google Cloudが提示するAI Readyなデータプラットフォームの概要

    Google Cloudが提示するAI Readyなデータプラットフォームの概要

データエージェントに関しては「データエンジニアリングエージェント」「データサイエンスエージェント」「会話型分析エージェント」「開発者向けデータエージェント」などのエージェントを組み合わせていくことで、データから価値を生み出すことを支援。

また、BigQuery上のデータを活用してエージェントを開発可能な「BigQuery ADKツールセット」やデータがホストされている場所を問わず、Geminiの高度な推論やGoogle品質の検索など、企業におけるすべてのデータを統合する「Agentspace」などを揃えている。

  • プライベートプレビュー版の「Agentspace」のデータエージェント

    プライベートプレビュー版の「Agentspace」のデータエージェント

JCOMが生成AIをカスタマーセンターに導入した背景と狙い

では、JCOMでは導入はどのように進めたのだろうか。JCOM 上席執行役員 CX・マーケティング部門 部門長の野橋亜弓氏、同 カスタマーリレーション戦略部 部長の荒井平八郎氏の2人が事例を解説した。

同社では「ケーブル・プラットフォーム事業」、「ソリューション事業」、「メディア・エンタテインメント・EC事業」の3つの事業を展開。データ基盤には550万世帯の顧客情報、年間600万の通話ログ、アプリケーションは400万ダウンロードされている。

野橋氏は「現在、生成AIはカスタマーセンターやマーケティングなど顧客接点領域で効果創出・活用フェーズに突入し、2025年度は映像領域でレコメンドやダイジェスト動画の作成など商品・サービスへの実装も検討している」と述べた。

  • JCOM 上席執行役員 CX・マーケティング部門 部門長の野橋亜弓氏

    JCOM 上席執行役員 CX・マーケティング部門 部門長の野橋亜弓氏

  • JCOMにおける生成AI取り組みの全体像

    JCOMにおける生成AI取り組みの全体像

同社は2024年7月に内製AIツール「JAICO」の実装し、現在では1000人以上のオペレーターが活用しており、月間20万以上の履歴や要約のデータを生成。これにより、同1500時間の業務時間を削減し、3600万円(人員換算で10人程度)のコスト効果が出ているとのことだ。

  • カスタマーセンターにおける生成AI活用領域

    カスタマーセンターにおける生成AI活用領域

具体的なJAICOの機能は「顧客情報レコメンド」「ナレッジレコメンド」「顧客満足度/応対品質評価」「通話履歴要約」の4つだ。顧客情報レコメンドは、どのような方針で応対すべきかを顧客に応じてレコメンドし、確認時間を要していた直近の顧客接点の経緯や滞納情報を即座に把握する。

ナレッジレコメンドは、顧客との会話から問い合わせの意図を識別するとともに、オペレーターがやるべきネクストアクションをレコメンド。顧客満足度/応対品質評価では、全件の応対直後に満足度と応対品質を定量評価し、理想のオペレーター増に向けた品質向上とワンポイントアドバイスでモチベーションをアップ。通話履歴要約は応対内容を要約した履歴をAIが生成し、後処理時間を短縮するだけでなく、分析データとして扱いやすい形で蓄積。

  • 「JAICO」の機能概要域

    「JAICO」の機能概要

荒井氏は捕捉として「顧客満足度/応対品質評価はリアルタイムにオペレーターにフィードバックされるため、評価基準は意図的に少し優しめにすることでモチベーションが上下しないようにしているが、裏側ではしっかりと生データを保持している。また、通話履歴要約の内容は概要、解決状況、背景、対応内容、感情分析の項目でプロンプトの設定を行っている。要約の制度は初期導入段階でも期待に沿ったアウトプットだったが、最終的に細かい部分のチューニングは半年を費やした」と話す。

  • JCOM カスタマーリレーション戦略部 部長の荒井平八郎氏

    JCOM カスタマーリレーション戦略部 部長の荒井平八郎氏

感情分析による顧客体験の可視化と品質改善の新たな指標

JAICOの狙いは、内容を考える時間とテキストタイプの時間を削減する「後処理における生産性の向上」、オペレーターのスキル依存をなくして誰が見ても分かりやすい履歴で案内ミス・漏れを防止する「履歴内容の均質化」、必要な要素が網羅された履歴でコールリーズン(顧客がコールセンターに電話をかける理由)分析からコール削減につなげる「コールリーズン分析への活用」の3点だ。

特にコールリーズン分析ではGeminiを活用して、精度の高い履歴の要約が同社のCRMに蓄積され、リアルタイムでの分析を可能とし、ダッシュボード化している。荒井氏は「これまでコールリーズン分析は現場にヒアリングしたり、履歴を目視でチェックしたりするなどマンパワーに頼っていたが、スピード感がなく内容の粒度が非常に荒かった。しかし、現在では1時間単位でAIがリアルタイムに分析結果を出してくれるため、入電がスパイクしたときの変化が何なのかといったことも日々の運用に活用している状況」と説く。

  • コールリーズン分析がスピーディーになったという

    コールリーズン分析がスピーディーになったという

一方で、AIの活用で従来は想定していなかった新たな価値も見出すことができたという。それは要約履歴の中に感情分析を加えたことで、入電時における開始から終了までの顧客の感情を可視化することができたとのことだ。

同氏は「品質の領域でもAIの活用が可能であるということを見出した。まず、感情をニュートラル、ポジティブ、ネガティブの3つのセグメントで分析した。例えば、開始時にネガティブな顧客の割合は63.3%だったが、終了時には34.7%の方がポジティブに変化した。いわゆるリカバリーパラドックスが起きている」と語る。

ポジティブ率の確からしさに関してAI判定した解決率は98.7%と高く、顧客アンケートとして取得しているTNPS(Transactional NPS:顧客が特定の取引や接点を経験した後に、その経験について推奨度を測る指標)との相関関係も高く、有意義なデータになるという。

  • 生成されたデータから真の価値を見出しすことができた

    生成されたデータから真の価値を見出しすことができた

荒井氏は「終了時のポジティブ率を高めて、TNPSの向上を図れることが期待できる。そして、ライフタイムバリューの向上につなげることが可能になる。品質面でのAI判定の確からしさを全件同じ案件をチェックした結果、8割程度が人間の判定と一致していた」と力を込める。

今後、さらなる品質改善に向けた新たな指標として「ポジティブ率」「顧客視点解決率」「仮想TNPS」の3つを挙げている。仮想TNPSについては、現状ではあくまでもアンケートをベースにしていることから、全体の入電に対して2~3%のデータしか取れていないため、入電があった全案件に対して仮想TNPSを導き出すという。全案件に対してTNPSが取得できればボリュームも異なり、真の顧客価値の創出が可能になるとのことだ。

また、今回の生成AI適用はVoC(Voice of Custome)がメインになっているが、将来的には事業バリューチェーン全体への展開を進めていく方針だ。野橋氏は「オペレータがJAICOを使った顧客サポートや技術担当者のプロアクティブなサポートにつなげていきたい。当社のお客さまは約50%が60歳以上のため、アバターなどが会話をスムーズに行い、番組をレコメンドできるようにしていきたいと考えている」と強調していた。

  • ニーズに応えるためにAI活用の次のステップを目指す

    ニーズに応えるためにAI活用の次のステップを目指す

アクセンチュアによる導入支援と技術的課題の克服

続いて、導入支援を担ったアクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクターの脇坂龍峰氏が登壇した。アクセンチュアでは今回のプロジェクトにおいて、生成AI、データ、通信などの専門家チームで参画し、Google Cloudとのグローバル規模のアライアンスにより、JAICOの立案から開発、実装までを支援。

  • アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクターの脇坂龍峰氏

    アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクターの脇坂龍峰氏

脇坂氏はJAICOのシステム構成について「オペレーターの使用感を考慮して、JCOMさんにおける既存の顧客対応支援システム『Hook-Row』にタブを新設し、顧客情報やレコメンド、対応すべきアクションなどを集約することで親しみやすい画面に仕上げており、バックエンドについてはAPIで新設した。APIを起点にBigQueryに必要な情報(視聴率、顧客情報など)を取得して、お客さまに対してどのような情報を提供すれば良いのかをベクトル検索し、適切な情報をまとめてGeminiで返すという形で実装した」と説明した。

  • JAICOのアーキテクチャ

    JAICOのアーキテクチャ

顧客情報やナレッジレコメンドを行うため、長文のデータ処理や複雑な推論が可能なGemini Proを利用し、これにVertex AI SearchとBigQueryを組み合わせた。しかし、一筋縄ではいかなかったようだ。

脇坂氏は「昨年7月に実装したため、現在では当たり前の課題として捉えられているかもしれないが、プロンプトの指示に従わない、ハルシネーションが発生する、会話からのナレッジ引き当て精度が苦労した点。こうした課題に対してプロンプト分割・チューニング、インプットデータの工夫、関連キーワードなどのデータを追加でインプットすることで対応した。また、当社が支援しつつ、JCOMさん内製のDevOpsチームと共同でプロダクト開発し、迅速に業務利用まで実現することができた」と振り返る。

今回のプロジェクトでは顧客理解を深め、必要な情報を提示していくことで大きな顧客体験の変革が実現できたという。そのため、今後はAIの活用をさらに高度化するほか、データの活用を推進することで新たな体験価値の創造・シミュレーションにつなげ、Agentic AIによりハイパーパーソナライズ体験の提供を可能とする体制の構築を目指す考えだ。

  • これまでの成果と今後目指すこと

    これまでの成果と今後目指すこと

現状では構想段階ではあるものの、Google CloudをベースにしたAgentic AIのアーキテクチャは「A2Aプロトコル」やMCP(Model Context Protocol)などの仕組みをサポートし、Geminiに加え、AgentspaceやVertex AIとの組み合わせを想定している。

  • 、Google CloudをベースにしたAgentic AIのアーキテクチャ

    、Google CloudをベースにしたAgentic AIのアーキテクチャ