情報通信研究機構(NICT)は1月27日、インペリアル・カレッジ・ロンドン、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)との共同研究により、同じ技能レベルの人同士がお互いに触れ合う力=「力触覚」を感じながら運動課題を行うと、素人同士であっても、1人で行う場合よりもうまくでき、さらに上達も早いことが発見されたと発表した。
成果は、NICTのGanesh Gowrishankar(ガネッシュ・ゴウリシャンカー)氏、インペリアル・カレッジ・ロンドンの高木敦士氏、同・Etienne Burdet(エティエン・バーデット)氏、ATRの吉岡利福氏、同・大須理英子氏、同・川人光男氏らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月23日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
力触覚とは、人間の皮膚や筋肉において感じる、力覚(力の強さの感覚)、触覚(皮膚表面への機械的接触を感じる感覚)を示すもので、力触覚インタフェースを実現することにより、仮想世界とのインタラクションに大きな変化をもたらすといわれており、フォースフィードバック機能のある3次元インタフェースなど、近年ではさまざまな装置が開発され市販されるようになってきた。
力触覚によるコミュニケーションがヒトの行動にどのように影響を与えるのかについては、不明な部分が多くある。その解明に向けて、研究チームは他者との力触覚による相互作用が運動技能とその上達に及ぼす影響に注目して行ったのが、今回の実験というわけだ。
力触覚コミュニケーションを使った運動技能訓練として、熟達者の運動を追随させることで素人の技能を向上させる試みがあるが、熟達者をその都度呼び出すことは困難であり、実用化は進んでいない。そこで今回、同じレベルの技能を持つ者同士の力触覚相互作用の技能上達に及ぼす効果が調べられたのである。
実験では、力覚インタフェースを使用して、初心者の2人の手先を「仮想的なバネ」で連結し、回転カーソルによるターゲットの追従という同じ運動課題の練習が行われた(画像1)。仮想的なバネとは、自分の手先位置と相手の手先位置を計測し、その違いにバネ定数(K)をかけた力をモータによって手先に与えることで、手先同士を連結したて実現したものである。なお安全のために、両者の手先の速度の違いに一定の「粘性係数(D)」も加えられた。連結に弾性を持たせることで、相手の影響を感じつつも、自分自身の独立した動きを実行することができるというわけだ。
また回転カーソルによるターゲット追従という課題についてもう少し詳しく説明すると、手先の実際の動きと画面上に表示されるカーソルの動きの間に回転変換を加えた状態で、画面上のターゲットを追いかけるという内容である。運動学習の研究でよく使われる実験手法で、今回は、手先とカーソルの間に時計回りに80度の回転が加えられた。この場合、手先を上に動かすとカーソルが右斜め方向に動くので、上にあるターゲットに近づくためには、手先を左斜め方向に動かさなければならないというわけだ(画像2)。
またこの装置でコンビを組む2人にはお互いが連結していることは知らされておらず、「手先に力がかかることがある」とだけ告げられている。また、途中で連結に気付く被験者はほとんどいなかったという。
ペアになった被験者は、力覚インタフェースのハンドルを握り、ターゲット追従課題を行う。課題は、1試行1分間で、同じターゲットがそれぞれの画面に提示され、ランダムに動き回る仕組みだ。60試行行うが、その中には、連結がある試行と連結がない試行がランダム順に同じ数だけ含まれる。初めの10試行は回転のないカーソルだが、21試行目に回転が導入され、40試行目まで回転カーソルでターゲットを追従、最後の10試行は回転のないカーソルに戻るという流れだ。成績評価には、各時点でのターゲットとカーソルの距離(位置誤差)を試行ごとに平均した値(cm)が使用された。
連結されることによって、パフォーマンスがよくなる"即時効果"を示しているのが画像3だ。連結がない状態で相手が自分よりどの程度上手かを横軸にとり、その相手と連結することで自分の成績がどの程度よかったかを縦軸にプロットした(連結あり試行とその直後の連結なし試行との成績差)。
初心者同士と連結した場合、相手がより上手だと自分の成績も引き上げられてよくなる。しかし、相手の成績が自分より悪くても、不思議なことに自分の成績が悪くなることはなく、逆によくなることがわかった。また熟練者と連結した場合、ターゲットと連結した場合と、初心者と連結した場合を比較すると、熟練者もターゲットもより誤差の少ない動きをするにも関わらず、少なくとも初心者同士で起こりうる2人の成績差の範囲内では、初心者と連結した方が成績がよいことが確認されたのである。つまり、同レベルのパートナーのリアクションが上達の重要な情報源であることが示唆されたという。
連結された状態で練習を続けることで、1人で練習するより学習効果があることを示しているのが画像4だ。別の被験者群では、同じ量の試行を1度も連結しないで1人で行った。回転カーソルを導入した40試行の内、最初と最後の連結のない2試行の間で成績の上昇(誤差の減少)の比較が行われたところ、初心者同士で連結して練習した場合(緑)の方が、1人で練習した場合(赤)より、やはり成績の伸びがよいことが判明したのである。連結した状態で練習することで、連結していない状態での成績も向上することから、連結が課題の学習を促進していることが示唆されるという。
いくつかのコントロール実験が実施された結果、自分の行動と無関係に外力が加わった場合にはこのような成績の向上は観察されず、また単純な注意力の増加では説明できないとする。リアルタイムに相手の反応が伝わる場合にのみ成績が向上することから、相手がどのようにターゲットに対応しているかという情報に加えて、自分の動きに対して相手がどのように反応しているかという情報を活用していることが判明した。ただし、どのように情報を抽出し利用しているのか、そのメカニズムについてはそこまではわかっておらず、今後の研究課題としている。
2人を弾力で連結する仕組みは、安価な弾性素材(ゴムなど)でも実現でき、また、市販のロボットなどを利用しても比較的容易に実現できることから、スポーツ訓練や運動時の繊細な動作を回復するリハビリテーション、またそのリモート化に広く応用することができるという。力触覚コミュニケーションが果たす役割についてさらに研究を進めると共に、本結果を利用したスポーツ訓練システムやリハビリテーションシステムの提案を検討するとしている。