荻上チキ編著『選挙との対話』

 2021年に行われた衆議院議員選挙、立憲民主党が共産党と選挙協力を行い自民党を追い詰めるのでは? という観測もありましたが、結果は自公の勝利に終わりました。「なぜ、野党は勝てないのか?」と思った人も多かったでしょう。

 本書はそんな中で、改めて「自民はなぜ強く、野党はなぜ弱いのか?」、「選挙とは何か?」ということを考えてみた本になります。

 以下の目次を見ればわかりますが、選挙のデータ分析に優れた研究者が名を連ねていますし、さらに岸本聡子杉並区長へのインタビューもあり、読み応えのある内容になっています。

 

 目次は以下の通り。

まえがき 荻上チキ

第1章 なぜ自民党は強いのか?――政治に不満をもつのに与党に投票する有権者 飯田 健

第2章 選挙制度は日本の政治にどう影響しているのか?――自民党一党優位の背景を説明する 菅原 琢

第3章 なぜ野党は勝てないのか?――感情温度や政党間イメージについて 秦 正樹

第4章 なぜ女性政治家は少ないのか?――政治とジェンダー、政治家のメディア表象について 田中東子

第5章 政治家にとって対話とは何か?――杉並区長・岸本聡子インタビュー 岸本聡子(聞き手:永井玲衣/荻上チキ)

第6章 私たちはどうやって投票先を決めているのか?――日本の有権者についてわかっていること、データからわかること 大村華子

第7章 私たちにとって選挙とは何か?――選挙をめぐる哲学対話 永井玲衣/荻上チキ

あとがき 荻上チキ

 

 第1章では、飯田健が「政治に不満を持つ人が多いのに、なぜ自民が勝ち続けるのか?」という問題を分析しています。

 まず、自民が支持されているといっても、衆院選の比例代表の得票率を見ると、2012〜21年の選挙において20%台後半〜30%台前半の数字です。2012年は27.6%の得票率しかありませんが、61.3の議席を獲得しています。

 この背景には衆議院の選挙制度が小選挙区中心であり、さらに自民党が公明党と選挙協力をしていること、野党が割れていること、組織票の存在、一票の格差などがあります。

  

 これに加えて、本章で注目しているのは自民党に対する消極的投票です。

 現在の政治に満足していれば与党に、不満があれば野党に投票すると考えられ、実際に日本でもそうなっていますが、2021年の衆院選のおける調査では政治に対して「やや不満である」または「かなり不満である」と答えた有権者の29.8%が自民/公明候補に投票しています(30p図6参照)。

 こうした行動の要因として、政権担当能力があるのは自民党であるという認識、今の政治に不満はあっても自民党に心理的愛着を持っている人の存在、野党の中に拒否政党(絶対に支持したくない政党)がある、憲法改正を望んでいる、岸田文雄首相に良い印象を持っている、といったことが挙げられます。

 今の政治に不満があっても、「自民党は悪いが野党はもっと悪い」と考えている有権者が一定数いるわけです。

 

 第2章の菅原琢の論考でも、まず最初に挙げられているのは自民党の絶対得票率と議席数の差異です。自民党は2021年の衆議院選挙の比例区で1991万票を獲得しましたが、これは有権者全体の18.9%に過ぎません。

 

 この第2章では、「政権交代可能な二大政党制」を目指した選挙制度改革の目論見が外れた理由を制度面から分析しています。

 まず、日本の選挙制度改革では小選挙区制を中心としながら比例代表制が付け加えられました。政党の数が絞られる小選挙区制と小政党も生き残れる比例代表制というようにこの2つの制度は反対の特徴を持っており、比例代表の存在は小選挙区制の特徴を打ち消す「汚染効果」があるとも言われています。

 

 小選挙区制と比例代表制のどちらが良いのかというのは議論があるとことですが、自民が得票率の割に多くの議席を獲得できるのは小選挙区制のおかげです。

 それならばと、新進党、民主党と野党が結集して大政党がつくられましたが、比例区が存在するために中小政党はそこで生き残ることができるため、分裂の誘惑がかかります。

 また、小選挙区でも依然として候補者中心の選挙が行われているために選挙に強い議員であれば離党しても勝ち残ることができるわけです。

 

 この小選挙区比例代表並立制を勝つための鍵は政党同士の選挙協力です。自民は公明と緊密な協力ができているのに対して野党はなかなかそれができません。これが自公が勝ち続けている大きな理由です。

 2021年衆院選のシミュレーションでは、公明票の離反がなければ自民は小選挙区で189議席を獲得しますが、3割離反で145議席、5割離反で122議席、8割離反で93議席となります(62p図4参照)。公明党も保守票を回してもらうことで比例の得票を上乗せしていると考えられており、ウィン-ウィン関係になっているのです。

 

 第3章では秦正樹が野党の「弱さ」について分析しています。野党の分裂が自公をアシストしていることは確かですが、そもそも野党に人気がなければどうしようもないという問題もあります。

 感情温度という指標(50度基準に、好ましければ最大100度、好ましくなければ最小で0度をつけてもらいその平均を見るもの)を見ると、2019〜23年にかけて自民は44〜48度台、維新の会が47〜51度台、立憲民主党が37〜40度台、共産党が30〜31度台です(78p図2参照)。

 好感度は必ずしも支持に直結するわけではないのですが、立憲民主、共産の感情温度が自民に比べて低いことは確認できます。

 世代別に、立憲民主党と自民党の感情温度の差を見ると、若い世代で立憲民主党と自民党の感情温度の差が縮まる傾向にあります。一方、60代以上ではこの差が広がる傾向が見られます(80p図3参照)。

 

 イデオロギー位置についても、若い世代は立憲民主党を年長世代に比べて中道と認識しており、特に20代後半は立憲民主党と維新の会をほぼ同じイデオロギー位置だと考えています(85p図5、ちなみに有権者は維新の会を右寄りではなくほぼ中道として認識している)。「悪夢のような民主党政権」のイメージは若い世代にはないのかもしれません。

 また、政権担当能力については、やはり自民が高く野党が低いです。ただし、維新の会は立憲民主党に比べて高く、この辺りが2021年の衆院選後の維新の会への期待の高まりと関連しているのかもしれません。

 

 第4章は田中東子が「なせ女性政治家が少ないのか?」という問題を論じています。

 著者はメディア文化やフェミニズム、カルチャラル・スタディーズといった分野が専門なので、選挙というよりはメディアにおける女性政治家の表象などを問題にしています。

 

 第5章では、荻上チキと永井玲衣が杉並区長の岸本聡子にインタビューしています。

 岸本聡子は市民運動などに押される形で選挙戦を戦い、見事当選を果たしたわけですが、インタビューの中では「要求と政策は違う」といった言葉に代表されるように、市民運動と政治家、あるいは議員と首長の違いを語っているところが印象的です。

 

 第6章は大村華子の「私たちはどうやって投票先を決めているのか?」。

 今までも人々がどうやって投票先を決めているのかということは研究されてきました。過去の研究では、多くの人は決まった政党に投票しており、政党帰属意識がキーになっていることなどが指摘されてきました。

 近年では、与党に対する業績投票、特に経済についての業績投票が重要だと考えられるようになっています。

 

 では、日本ではどうなのでしょうか?

 自民党の一党優位性が続いた状況からすると、日本人の中には自民党への政党帰属意識を持った人が大勢いて、機械的に自民党に投票し続けているようにも思えますが、そうではないといいます。

 1980年代から90年代前半にかけて、日本では自身の暮らし向きをいいと考える人ほど自民党に投票していたということが明らかになっており、経済状況の良さが自民党政権を支えていたと言えそうです。

 

 この傾向は90年代後半以降やや変化したといいます。今までは個人志向の経済評価でしたが、これ以降は社会志向の経済評価、つまり自分の暮らし向よりも国や社会の経済状態を考えて投票する傾向が強まってきたといいます。

 また、アメリカなどでは民主党支持者は民主党政権の時の経済状態、共和党支持者であれば共和党政権の時の経済状態を高く評価する党派性が働いているといいますが、日本ではそうした傾向はあまり見られないそうです。

 社会志向の経済評価は2010年代半ばから高まっており(145p図2参照)、アベノミクスの時期と重なります。

 もちろん、与党に投票する最大の要因は与党を支持しているからですが、社会志向の経済評価はそれに次ぐ要因となっています(146p図3参照)。

 このことから、日本の有権者は社会のことを考えて投票しており、よくやっているのではないかと著者は考えています。

 

 第7章は永井玲衣と荻上チキと一般の人が選挙をめぐって対話しています。基本的に選挙についての自意識を開陳たり、周囲の雰囲気との違和感を表明することで、これまた自意識を開陳しているような感じなので、特に得るものはないですが、「こういう雰囲気が嫌だ」みたいな話をしながら、特に制度については論じられるずに意識の問題に回収されていくのは今時な感じだと思いました。

 

 このように、本書は日本の選挙についてデータの分析を中心に多角的に迫っています。データ分析とは言っても1章ごとは短くまとめてあるので、そんなに身構えずに読めるのもいい点だと思います。

 ただし、今年、2024年の衆院選では、野党が分裂したままで、特に野党への好感度が劇的に改善したわけでもないのに自公が過半数割れに追い込まれました。これについて、本書のメンバーを集めた対談などをどこかでやってほしいですね。

 

 

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