レメディ職人の朝は早い。
レメディ職人の朝は、まず水との対話から始まる。
「ありがとう。今日もきれいだね。」
「水は何でも知っているんですよ。水に聞けば、今日のレメディの出来の良し悪しが分かるし、水への感謝の気持ちがなければいいレメディはできない。」
*1
しかし、水を大量に使用するレメディ作りの現場だからこその苦労もある。
「やっぱ冬の仕事はキツイね、愚痴ってもしかたないんだけどさ(笑)」
「でも自分が選んだ道だからね。後悔はしてないよ」
そうもらしつつも職人のレメディを見る眼差しは不良品を見逃さなかった。
「このレメディはダメだ。ほら、希釈ムラで分子が混じっている。」
彼の目にかかれば、精密機械を使用せずとも原物質の分子の有無が分かってしまう。
「それから波動の転写の良し悪しももちろんだけど、ビンのラベルの貼り間違いに気をつけないといけないとね。」
「もちろん出来上がったレメディは一つ一つ私自信で二重盲検しています。」
彼の作り出すレメディの効力はすべて二重盲検法によってチェックされている。この作業だけは必ず彼自身が行い、一度たりとも弟子に任せたことはない。その方法は長年の試行錯誤によって独自にアレンジされたもので秘伝だという。
近頃は波動測定器を用いたホメオパシー治療が普及の兆しを見せている。レメディ職人は昔ながらのレメディへのこだわりをこう語った。
「やっぱねえ、本物のレメディだからこその波動ってあるんです。クォンタムゼロイド*2 *3がいくら進化したってコレだけは真似できないんですよ。」
今日は納品日。
彼は商品をワゴンに詰め、渋谷へと向かった。基本的な原物質は決まっているが、最近のユーザーの嗜好に合わせ多種多様なものを作らなければいけないのが辛いところ、と彼は語る。
今、一番の問題は後継者不足であるという。30年前は何十ものレメディ工場が軒を連ねたこの街だが今では職人は彼一人になってしまった。
「やっぱりアレですね、たいていの若い人はすぐやめちゃうんですよ。ホメオパシーはニセ科学だとか、プラセボ効果だとか……」
そう語った彼自身も、規制強化のために原料のプルトニウムやウイルスの入手が難しくなり、一時は店をたたむことも考えたという。
さらにここ数年は、安価なインド製に押され状況はますます厳しくなった。
「いや、ボク
は続けますよ。待ってる人がいますから───」
下町レメディの灯火は弱い。だが、まだ輝いている。
そんな職人のレメディは最近では海外のホメオパスにも注目されているという。額に流れる汗をぬぐいながら
「本場に追いつき、追い越せですかね」
そんな夢をてらいもなく語る彼の横顔は職人のそれであった。
今日も彼は、日が昇るよりも早く水との会話を始めた。明日も、明後日もその姿は変わらないだろう。
そう、レメディ職人の朝は早い。
───――完───――
元ネタ:
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