雑種路線でいこう

ぼちぼち再開しようか

iPhoneの割り切りと次の一手

ユーザー体験を軸にニュースを探していた私にとって,CES期間中で一番の衝撃は皮肉なことに同時期に開催されたMac World ExpoでのiPhoneの発表だった.iPod以来Appleはデバイスからユーザーに分かりにくい機能は全て省き,連携するパソコン側に持たせる戦略を取ってきた.
これはデバイスに詰め込める機能は全て詰め込むという日本の家電メーカーや世界のITベンダの姿勢と対照的である.利用者から分かりにくい機能とは,単に煩雑な操作だけでなく,意識しなければ困ったことの起る状態や一貫性の欠如を含む.
中島氏は「アップルはいったい全体、なんでiPhoneを使って直接iTune Music Storeから購入できるようにしなかったのだろうか?」と謎かけしているが,この割り切りはAppleの戦略を端的に示している.
まず操作の煩雑さ.小さな画面と指を使った操作は既存コンテンツを快適にブラウズする仕掛けをつくるのは容易でも,ネット上にある様々なコンテンツを検索し,購入するフローを単純するには時間がかかる.ネット上にあるiTunes Storeのコンテンツを快適にブラウズすることは,EDGEではなくHSDPAのようなワイヤレスブロードバンドであっても遅延が問題となり難しい.画面遷移の引っ掛かりを納得させるには,アクセスしているデータがローカルにあるか,リモートにあるかを意識させる必要があるが,これは単純さと世界観の一貫性を損ねる.
より重要なことはDRMやパケット代について,利用者にとって直観的に分かりにくいリスクがあることだ.iPodの仕様を踏まえると,iPhoneにダウンロードしたコンテンツはパソコンや他のデバイスに移せないだろう.これではiTunesでのダウンロードと比べて柔軟性に欠き,同じ価格で提供すると利用者の理解を得難い.
パケット通信では事業者が従量課金とするのが一般的だがパケット代はどの国でも法外に高い.しかもこのパケット代は,コンテンツのダウンロードに失敗したとしても徴収される.利用者に対し法外なパケット代が請求される可能性を残すより,携帯電話網は音声通話とメール・Webへのアクセスに限定するのは悪くない割り切りだ.こう割り切るなら消費電力なども考えてW-CDMAとのデュアルモードではなくGSM/EDGEを採用したことも理解できる.携帯電話の機能向上をARPU向上の切り札と考える通信事業者からは出てこない発想ではないか.
仮にiPhoneがWAN経由のコンテンツ・ダウンロードを認めるとすると,高速インフラ及びリーズナブルな価格での定額制の導入,シンプルな操作性を維持できる課金の仕組みが前提となる.日本のソフトバンクが先鞭をつけるかも知れない.
アプリケーションのダウンロードを認めないことも,同様に現時点では合理的な判断といえる.OS Xはサンドボックス機能を持つ仮想機械を組み込んでいないため,Appleが主張するように現時点でセキュリティを保つことが難しい.JavaやFlashなどを組み込む手もあるが,これらはiPhoneの新しい操作性に対応していない.いずれiPhoneに勝手アプリを載せられるようになるかも知れないが,優れたサンドボックス技術とiPhone的なユーザー体験のアプリケーションを,容易に構築できるライブラリを組み込んだ実行環境をOS Xで構築することが先決だ.
もし仮に私がAppleでiPhoneやiPodを担当していたら,まずiPodもiPhoneと同じOS Xベースに移行する.次にDashboard WidgetのAPIを複数の指での操作に対応できるよう拡張し,iPod/iPhoneでローカル実行できる勝手アプリの開発用に提供する.性能やAjax,Flashからの移植性を高めるために,ECMA ScriptのエンジンをAVM2ベースに差し替えるのも一案だ.
そして世界中で廉価な定額制の高速無線アクセスを使えるようになった段階で初めて,サンドボックス機能を持った仮想機械,網の遅延がユーザー体験を損なわない非同期処理フレームワーク等とセットで,ネットから勝手アプリをダウンロードし,勝手アプリからネットを参照できる仕掛けを提供するだろう.
日本の家電メーカーも世界のITベンダも,Appleからユーザー体験へのこだわり,特に「引き算」の美学を学びたいと考えているに違いない.課題があるとすれば創業者も独裁者もいない集団指導体制の中で,どうやって美しい「引き算」を実現できるガバナンスを構築するかではないか.この問題には遠からずApple自身が直面することになる.

ここで問題である、アップルはいったい全体、なんでiPhoneを使って直接iTune Music Storeから購入できるようにしなかったのだろうか?