ホラーであり、ミステリーであり、アイドル映画っぽくないようで、確かにアイドル映画だった『トラペジウム』

 例によってこっから先は『トラペジウム』のネタバレしかしない。世の中にはネタバレされても面白さが減じない作品もあるが、俺は『トラペジウム』という作品はある種のミステリーであり、ネタバレをすることで、本作の良さがだいぶ目減りすると思いこんでいるので、まだ観てない人は素直にブラウザを閉じてほしい。

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マリオの映画どう? 俺は普通。

 みんな大好きマリオの映画を観たわけですよ。

 俺がわざわざblogっていう旧人類の文明を持ち出したってことは当然の如くネタバレするんで、よろしくね。

 この映画の話をするためには、まず自身がマリオを好きかどうかを最初に書かなければいけない。マリオ映画感想を書くための踏み絵だ。

 マリオを好きだろうが嫌いだろうが知ってようが知らなかろうが、とりあえずそのことを書かなければいけない。理不尽な話であるが世間がマリオ映画の感想に求めているのは何よりもそこなので仕方がない。

 で、まあ俺は結構マリオを好きな方である。子供の頃はちゃんと実写版の映画を観に行ったし、PSでもサターンでもなく64を買ってもらったし、スマブラで一番最初にマリオをVIPに入れるぐらいにはマリオが好きである。

 俺がキノコをちゃんと食べられるのもマリオの影響である。将棋の藤井六冠はキノコが嫌いなことで有名だが、将棋なんかやらせず無理やりファミコンをやらせていればしっかりキノコ好きになったに違いない。マリオは食育にも効果がある。

 それで肝心の映画の話なんだけど、ぶっちゃけた話、「もっと上手くやれんかったかなあ……」ってのが第一感である。いや、面白かったよ。映画の大スクリーンでちゃんとマリオがマリオっぽいアクションで大活躍してるんだもの。そりゃマリオファンが見たら面白いだろう。

 マリオファンが見て楽しめたならその時点で大成功といっていいだろう。何せマリオファンは世界中に遍在する。実際興業的にも大成功である。

 でもまあ俺の中で色々と釈然としないものがあって、それが何に起因するかというと、ゲームを2時間の映画に落とし込もうとした結果の不自然さではないだろうか。

 根本的にスーパーマリオというゲームには大したストーリーはない。

 ピーチ姫がクッパにさらわれてマリオが姫を助けに行くというただそれだけである。当然、それをそのまま映画にしても成立してないので、本作は周囲から見下される冴えない配管工の兄弟が偶然キノコ王国に迷い込み、そこでの大冒険を経て、最終的に世間から承認を得るといういかにもハリウッド映画らしいストーリーラインで作られている。余談ではあるが、このストーリー構造は大体『スーパーマリオ 魔界帝国の女神』と一緒である。世間では失敗作扱いされる『魔界帝国の女神』であるが、我々はもうちょっと優しくしてあげてもいいのかもしれない。

 で、映画化するために付け加えられた序盤の配管工パートなのだが、これの違和感がすごい。確かにマリオが配管工をやっているという設定は不動のものである。でも我々はマリオが配管工として活躍するゲームを知らない。医者のマリオは知ってる、ゴルファーのマリオも知っている。でも配管工としてのマリオはまったく知らないのだ。俺はマリオを動かして、集合住宅のポストにマグネット式の広告を投げ込んだり、水漏れやトイレのつまりを修理して18万円ぐらい請求したことはない。つまりちゃんと配管工をしているマリオというのは完全な未知の存在であって、その違和感が強かった。

 水漏れ修理の最中に犬に追われてドタバタしているのは、完全にただのおっさんであって、俺の知っているスーパースターのマリオとは言えない。少なくとも俺はそんな気持ちになった。

 この序盤の配管工のエピソードが伏線になって、終盤で大きな意味を持つならあのシーンにも意味はあったと言えるだろう。でもそんなことはないのである。本作は配管工要素が全く活かされていないのだ。

 もしマリオが犬に襲われるシーンで、POWをぶん殴ってひっくり返った犬を蹴飛ばしたりしていれば「凄い! ちゃんとマリオしている!」と感動したかもしれないし、あるいは配管工として日夜下水道の中で蟹を蹴り飛ばす描写があれば「この日々の活動が強靭な脚力を生み、キノコ王国での活動に繋がったのだろう……」なんて納得もあったかもしれない。でもそういうことはないので、この配管工としての仕事描写が完全に後の展開に繋がってないのだ。

 そして本作のストーリーは一事が万事こんな感じだ。キノコ王国に行ったマリオはピーチ姫の下でアスレチックステージで訓練を積むわけなのだが、その後そこまでアスレチックな場面は出てこなくて、あの訓練が役に立ってる感じがない。あの訓練があるからこそ、マリオはドンキーやクッパと戦えるぐらい強くなったと言えるかもしれないが、最終盤で何の訓練もしてないルイージもマリオと同じように機敏に動けてたしなあ……。

 それ以外でもクッパ軍団に対抗するには戦力が足りないからと、コング軍団に助けを求めに行ったのにこのコング軍団はドンキーコングを除けば大して活躍もしないまま退場していく。

 最終的にマリオがクッパを倒して家族やブルックリンの住人から喝采を受ける場面でも「いや、そういう形の承認でいいなら配管工要素マジでいらないじゃん」みたいなことを思ってしまう。

 で、問題なのがストーリーの繋がりは雑なんだけど、別につまらなくはないのである。マリオがアスレチックステージで何度も失敗しながらゴールを目指すのは楽しいし、コングの国に行ったマリオがドンキーとスマブラっぽい肉弾戦を繰り広げ、レインボーロードをカートで疾走するのも実に爽快だ。そう、マリオファンはこういう映画を望んでいたのだ。

 でも面白いからこそもっと何とかできたんじゃないかと思うわけで、マリオファンが喜ぶシーンを詰め込むだけじゃなくて、もっとマリオファン以外も楽しめる映画にはできなかったのかなあとは思う。俺が真に望んでたマリオ映画というのはマリオファンだけじゃなくて、マリオを知らない人でも手に汗握って楽しめるような映画だったのだ。だってマリオだぜ? それぐらいのスケールの作品になってほしいじゃん!

 あとピーチ姫は愛嬌豊かな感じにしたかったんだろうけど、もうちょっと美人にしてほしかった……。

 とはいえ、ファンが観たかったものを観せてくれたって時点で『魔界帝国の女神』と比べれば大成功だしな。当時マリオが映画化するって聞いて、少年たちが期待したのはあんなクリボーやヨッシーであるはずはないし……。

 それと映画の途中でマリオがキノコをあんまり好きじゃないというシーンで、俺の人生の7割ぐらいが裏切られた気もした。俺もマリオなんかやらないで将棋をやってればよかった……。

『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』が色々ヤバかった

 どもどもお久しぶりです。みなさん、年末年始いかがお過ごしでしょうか。

 僕はお家に籠ってずっとテレビを見たりゲームをやったりと、これといって何も有意義なことはせず典型的な寝正月で終わってしまいそうだったので、たまにはblogでも書いて皆様に有益な情報を発信したいと思った次第です。

 というわけで、今回紹介するのは年末にBSテレ東で4夜連続で放送された『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』です。ちなみにサブタイトルは『悩める大家族の奥様のお悩みを解決!』と『東京から地方に移住した奥様のお悩みを解決』です。新婚ホヤホヤのAマッソの二人による奥様トークも聞くことができるんですよ。

 …………明らかに世の中の需要を勘違いしまくっており、この時点で世の大半の人は「……あ、自分には関係ないやつですね」と思うかもしれません。実際この手の番組をわざわざ見ようと思うのは『ビッグダディ』シリーズが大好きだったという手合いの人か、Aマッソみたいな微妙なポジションの女芸人を好んでいる人ぐらいでしょう。あとおせっかい奥様として金田朋子と紺野ブルマが派遣されるんで、微妙な女芸人ファンだけでなく動いてる金田朋子が見たい人も見ちゃうかもしれませんね。

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金田朋子が大暴れ!ですって。良かったですね。

 いずれにせよ特番が死ぬほど充実してる年末に、わざわざこんなもんを見る人はもちろん、録画する人だって少数派でしょう。当然世の多くの人たちが見逃しているわけですが、しかしこいつがなかなかのくせものだったわけです。

 具体的にどこがくせものなのかを言ってしまうのは興ざめとなりますので、とりあえず公式の宣伝tweetでも見てくださいや。

 

 うん、なかなか楽しそうな雰囲気じゃないですか。

 というわけで興味を持った人は現在TVerで無料配信中なのでそちらで見ましょうね。

Aマッソのがんばれ奥様ッソ!|民放公式テレビポータル「TVer(ティーバー)」 - 無料で動画見放題

 ちょっと自分には合いそうにないかな……って思った人は『逃走中』とか『芸能人格付けチェック』とか見ればいいんじゃないかな……。そっちもTVerで配信されてるし。便利ですねTVer。そんなわけでまた来年! じゃあね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……って終わっても良かったんですけど、まあせっかくのお正月ですのでもうちょいダラダラ解説しますか。以下ネタバレです。

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『超時空減量ブタ&ゴリラ』は筋トレ・ダイエットをする人に超オススメな作品だ!

 若い頃は「ふふん、私にはこの優れた知能さえあれば問題ないんですよ」などとうそぶいていたオタクたちだが、人間なんだかんだで体が資本。

 昔は色々ごまかしが効いたものの、ちょっと歩いただけで足腰が悲鳴を上げ、軽く走ろうものなら息が切れるどころか吐きそうになってしまうようでは、やはり生きづらい。

 そんな忍び寄る中年の危機に立ち向かうべく、現在のオタクたちの間では地味に筋トレや、アニメを見ながらの踏み台昇降なんかが流行ったりしていて、最近では女の子が筋トレをするアニメ『ダンベル何キロ持てる?』が絶賛放映中である。

 聞いているだけでテンションの上がるOP、次々登場する可愛い女の子たち、毎週紹介される様々なトレーニング方法、主役の紗倉ひびきを演じる超ムキムキなファイルーズあいちゃん、といった具合に筋トレに対する製作者の深い理解と強い思い入れが伝わってくる実に良いアニメだ。

 観ている内についこちらも筋トレを始めたくなってしまうのだが、影響されていざ筋トレを始めようとすると、ある重大な真実に気付いてしまう。

「これは筋トレエリートのためのアニメだな……」

 考えてみてほしい。主人公のひびきは友人と毎日のようにトレーニングのジムに通って与えられたメニューを次々にこなしていく。そんな恵まれた環境にいる視聴者がどれほどいるだろうか?

 そもそも家や最寄駅のすぐそばにジムがあるとは限らないし、一緒にジムに行ってくれる友達だってそうそう見つからない。ジムに通い始めたはいいが厳しいメニューに嫌気が差して、気が付けば会費だけ払い続けるなんてのもよく聞く話だ。

 そう、ジムに通って運動を続けるというのは実はめちゃくちゃハードルが高いのだ! 具体的な目標(ベンチプレス120kg超えとか)があって体を鍛えようというガチ勢ならともかく、軽い運動不足解消を目的とする人はわざわざ高い金を払って重いものを持ち上げるような生活は続けられないのだ!

 というわけでスポーツジムは敷居が高い。そうは言っても健康やダイエットのために適度な運動はしておきたい。

 そんなあなたにお勧めしたいマンガが『超時空減量ブタ&ゴリラ』だ!(すげえタイトルだ……)

 怪我が原因で半年間休養することになったアイドルの円高ドル美(すげえ名前だ……)。半年の間食っちゃ寝生活を続けていた彼女は、気が付けば体重が70キロに! 無事怪我が治ったのはいいものの、復帰公演でファンからは豚呼ばわりされ、社長からは容赦なくクビを宣告されてしまう……。

 だがドル美は名誉挽回すべく、高らかに宣言する。

 

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島本和彦の『逆境ナイン』を彷彿とさせる熱い展開だ!

 そしてさっそく始まるドル美の激しいダイエット生活。

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十割そばはタンパク質豊富でヘルシー

 

 しかし、なぜかドル美の身体は一向に痩せる様子を見せない。この過酷な現実の前についに世を儚んで自殺しようとするドル美。そんな彼女の前に現れた一人のボディビルダー。彼こそが本作のもう一人の主人公・ゴリラだ。悩み苦しむドル美に対して彼の口から衝撃のダイエット方法が飛び出す。

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 ですよねー。かくしてゴリラの指導の下、ドル美の真のダイエット生活が幕を開ける!

 上の紹介でもわかるように、本作品のブタ担当、ドル美はとにかくダメダメである。弱音は吐く、言い訳をする、すぐにサボろうとする、甘いものを食べたがって、運動をやめたがる。そりゃお前さん太るわと言いたくなる……が、冷静に考えればドル美の考えは決して特別なものではない。

 誰だって疲れたら走りたくないし、雨の日は外に出たくないし、毎日同じトレーニングをやっていたら飽きてくる。その証拠に世の人間の大半はわざわざ苦しい思いをして運動しようなんて思わない。一見ダメダメに見えるドル美の考えこそが普通なのだ。

 

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このぶっちゃけを誰が責められようか!? 少なくとも俺には無理だ!

 

 だからこそ、ゴリラは運動をするドル美をハイテンションでとことん褒めて励ます。このゴリラの褒め方・励まし方が実にいいのだ。たとえば、太った体で走るドル美が女子高生たちに笑われるとこう言ってくれる。

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 読んでいるこちらのやる気までもグッと引き上げてくれる言葉だ。

 また運動を始めるということに関して、意識の高い人はこう言うかもしれない。

「健康やダイエットのためなら運動をするのは当たり前」と。

 だが、ゴリラのドル美へのアドバイスは違う。 

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そこまで褒めるかという感じだが、これぐらい褒められないと運動をする気は湧かないのだ!

 このように毎話ゴリラがモチベーションを上げる発言をしてくれてるので、読んでいるこちらも自然と身体を動かしたくなってしまう。読むサプリのような作品なのだ。

 作中で紹介されるトレーニング内容も家で行える簡単な筋トレのメニューから、膝に負担をかけないジョギングのやり方、バランスのよい食事メニューの作り方、三日坊主の克服法、雨の日のトレーニング方法など、実に初心者向けな内容で構成されており、ドル美のような筋トレ劣等生も安心して実践できる内容になっている。

 というわけで自分も先月から本作に勇気づけられて、食事メニューを改善し、毎日筋トレをしてから約30分間ジョギングを続けた結果……この一か月間で体重が3kg落ちました。

 これでわかったことは二つ。

 人間の身体は頑張ると結構痩せる。

 そして、人間は毎日筋トレをした後30分ジョギングをすると、身体が疲れ切って、アマゾンプライムでだらだら海外ドラマを見る以外のことをしなくなる……。

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脂肪を落とすだけの虚無のような日々。おかげで『ザ・ボーイズ』は全話見た。

 というわけで現在はジョギングのペースを落として、筋トレをメインに行っており、筋トレ後にプロテインを飲んだらお腹を撫でて「ふふふ……この調子で大きくなるのよ私のベイビー(腹筋)」と呟くのが日課となっています。とても気持ち悪いですね。

 さて、こうして私に運動の素晴らしさを教えてくれた『超時空減量ブタ&ゴリラ』なのだが、作者のtwitterによると

 

  といった具合に単行本が出るかどうかは怪しいようだ!…………えっ最近の出版事情ってそんなに厳しいの……?

 個人的に本作の単行本が出てくれないと、読み返してモチベーションを上げたくなったときに困るし、借りを返す意味でも応援のエントリを書いた次第。

 いきなりこんなおかしなタイトルの漫画の宣伝をされても……と思うかもしれないが、何とマガポケのアプリさえインストールすれば、チケットを使うことで最新話以外は全話無料で読むことができる! 何か変なタイトルだし、紹介している奴は何かと胡散臭いがとりあえずタダだ! 試しに読んでみたって大損はしない!

 というわけで筋トレやダイエットに挑戦したい、あるいは挑戦中というそこのあなた、騙されたと思って『超時空減量ブタ&ゴリラ』を是非とも読もう!

 厳しいトレーニングに心が折れそうになった時、きっとあなたを支えてくれるはずだ。

それは、多分届くべきじゃないところに届く。

立川志らく「死にたいなら1人で死んでくれよ」 登戸事件で身柄確保の男死亡(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

川崎殺傷事件「死にたいなら一人で死ぬべき」という非難は控えてほしい(藤田孝典) - 個人 - Yahoo!ニュース

「死にたいなら一人で死んでくれ」というのはうちの母なんかがニュースを見たら真っ先に言いそうな言葉だとは思ったが、こういうことを言ったり書いたりするのはあまりよろしくないと個人的には感じていて、それを何とか言語化しようと思ったのでブログである。

 まあ、控えてほしいという理由については上の記事で藤田氏が充分説明していると思うのだが、理屈ではわかっても感情的には納得いかない人もいるだろう。

 このニュースを見て「死にたいなら一人で死んでくれ」と直感的に感じた人はきっとたくさんいるし、事実、立川志らくの発言に対しても肯定的なコメントがいくつも並んでいる。

 こうした義憤から発せられた言葉に対して、そんなこと当然の規範意識だと考える人もいるだろうし、自分の怒りを代弁してくれたと強く共感する人もいるかもしれない。

 だが「死にたい」と考えている人からすれば、これはとてつもなく刺さる言葉だ。

 これは、あくまで凶行に及んだ「犯人」に対して向けた言葉であって、「死にたいと思っている人」「自殺を考えている人」への発言ではないという意見もあるかもしれない。

 しかし、それならば「辛くても自暴自棄になるな」「無関係の人を傷つけてはいけない」という言葉でもいいはずだろう。そこで踏みとどまれずに「死にたいなら一人で死ぬべき」とまで言ってしまうのは、ある種の断絶を明確に可視化する残酷な表現に僕には思える。

 そうした言葉がつい出てくるほどの酷い事件だったし、このような激しい怒りに囚われるのも被害者や遺族の悲しみや苦しみに寄り添える人間らしい感情の表れなのかもしれない。親しい友人や恋人、家族に対して、こうした言葉を漏らすのも、事件で衝撃を受けた感情の整理として間違ってはいないのだろう。

 だが、そうした思いをSNSなどの不特定多数が見える場所で、率直に書き込んだりすることは、いったん胸に手を当てて抑えてほしいと思ってしまう。

 なぜなら、本来その憤りを一番伝えなければならない犯人はすでに死んでいて、この強い言葉を受け取ってしまうのは本来受け取るべきではない人、「死にたい」と思ってる誰かかもしれないのだ。

いとうみきおを良く知らない人のための『月曜日のライバル』の話。

前回までのあらすじ


 …………なぜ?
 と思ったら本当に献本が来た。
 …………なぜ?
 理由はよくわからないけど、頂いた以上はさりげなくステマの一つや二つをするのが世の習いなのでしょう。
 美しき国日本の伝統、忖度!
 ところで、あてくし今度お寿司を食べたいのですけれど…………。

 というわけでいとうみきお先生の久々の新作である。
 いい歳したジャンプ読者には結構なじみ深いものの、特定の世代より下の読者は全く名前を見聞きしたことないかもしれないいとうみきお先生である。
 そしていとうみきおという漫画家について、そして『月曜日のライバル』という作品について話すためには、まず当時のジャンプの話をしなければならない。別にそんなことはない気もするけど、せっかくこの作品に描かれている時代をリアルで目撃していた世代なのだから、当時の読者視点からいくらか書き残しておいた方がいいだろう。
 時は1994年、まさに週刊少年ジャンプの黄金期、そんな時期にジャンプの歴史に名を遺す一つの連載が始まった。それが和月伸宏の『るろうに剣心』である。明治初頭という当時の少年漫画では珍しい時代設定や、やや少女漫画チックな絵柄など、当時のジャンプではある意味異色な作品とも言えたのだが、魅力的なキャラクターの数々や迫力ある戦闘シーンが好評を博して、人気漫画ひしめくジャンプ黄金期の中を生き残り、連載枠を勝ち取る結果となった。
 しかし和月伸宏先生が台頭するのとは裏腹に、『幽遊白書』『ドラゴンボール』『スラムダンク』といった人気作品が立て続けに終わっていき、ジャンプの売り上げは急下降、一時は『GTO』『金田一少年の事件簿』を擁するマガジンに売上が抜かれることに。これが世間でいうジャンプ暗黒期というやつだ。
 暗黒期とはいっても『るろうに剣心』や現在アニメ放送中の『封神演義』、5部のアニメ化も決定した『ジョジョの奇妙な冒険』はあったし、『幕張』は宇宙一面白かったし、当時の一少年としてはそこまで暗黒という気もしなかったのだが、上の世代からすると知っている漫画が次々に終わっていくのは雑誌から離れるちょうど良い機会だったのだろう。
 しかし、人気作品が終わるということは、新人にチャンスが回ってくるということを意味する。そんな中である若手漫画家たちに注目が集まる。
 『鬼が来たりて』のしんがぎん、『仏ゾーン』『シャーマンキング』の武井宏之、そして言わずと知れた『ONE PIECE』の尾田栄一郎、彼等に共通するのは皆和月伸宏先生の下でアシスタントを経験していたということだ。このことから読者に「『るろうに剣心』のアシスタント出身は凄い」という評判が立ち、一部の間で彼らは『和月組』と呼ばれるようになる。
 そして、その 『和月組』から満を持して登場したのがいとうみきおだ。『ONE PIECE』のコミックのおまけコーナーなどでも言及されており、当時の読者は「いったい彼はどんな漫画を描くんだ、和月伸宏のアシスタント出身だからきっと凄い漫画を描くのだろう」と興味津々だった。そして始まったいとうみきお先生の連載デビュー作『ノルマンディーひみつ倶楽部』! 気になるその内容は…………まあ、普通。
 決してつまらないわけではないが、凄く面白いわけでもない。そういった感じの内容で、雑誌の後ろの方で約一年間連載が続いたものの、打ち切り。ジャンプで連載枠をキープし続けるのは漫画業界の中でもっとも困難なことの一つなのだ。その後も『グラナダ -究極科学探検隊-』『謎の村雨くん』と連載が2本スタートするもどちらも一年持たず打ち切り。これ以降、いとうみきお先生の作品がジャンプで連載されることはなかった……。
 それからあまり消息も知られておらず、一時は死亡説なんかも流れたりしたのだが、そんないとうみきお先生がなんと宝島社でWEB連載を始めるという! しかもその内容は尾田先生や武井先生ともにアシスタントをしていた当時の話を題材にしたもの。
 つまりはいとうみきお版『まんが道』だ! ジャンプの売り上げが大きく上下する激動の時期の話でもあり、あの人気作家たちの知られざる若き日の姿が描かれるというのだ! こんなの絶対面白いに決まってる! 「この『まんが道』、手塚先生ポジションの人が現在進行形でまずいことになっているけど大丈夫?」という不安もあるけど、そこはあまり気にしないようにしよう!(2018年6月現在、『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚・北海道編-』はジャンプSQ.で無事連載再開されました。よかったですね!)
 そしてついに公開された『月曜日のライバル メガヒットマンガ激闘記』! 無料のWEB連載ということで物のためしに読んでみるかと、かなりの注目が集まった! 僕のtwitterのTLでも多くの人が読んでいた! そして気になる世間の人々の感想は……!
「最初の3ページのノリがキツい」
 うん、そうだね、確かに必要な前振りかもしれないけどちょっとキツかったね。
 ってかわざわざそんな言い訳がましくしなくても……。


(当時の僕の感想)
 けど、一番キツイのは最初の3ページだけだから……その後はそこまでキツくないから……。ってか、あれだな、このステマもう失敗してんな!
 そんなわけで始まったいとうみきお先生の新作ですが、今のところわりとオーソドックスなマンガ家アシスタント物語といった具合である。漫画家デビューを目指す青年が、プロの漫画家のアシスタントとなり、そこで後のライバルとなる仲間たちと出会っていくというのを、実際の経験に基づいたアシスタントあるある的な小ネタや、作中に登場する漫画家のパロディなんかを挟みつつ描いていく。一巻の時点ではようやく登場人物が出そろったところだ。
 普通に展開するのなら、きっと彼らはこの後才能を開花させて、和月先生の職場から巣立っていき、プロの漫画家として活躍するのだろう……と思うのだが、しかしここである問題が浮上してくる。
「けど、この主人公、みきおじゃん……」
 他の漫画家の自伝的漫画、たとえば『まんが道』で満賀と才野が〆切りに間に合わず大手編集部のほとんどから仕事を切られても、『アオイホノオ』で焔がどれだけ調子に乗って上から目線になろうとも、我々は安心して読むことができる。なぜなら読者である我々は彼らが最終的に成功を収めるのを知っているから。一方この作品は…………。
 だって、いとうみきお先生って『まんが道』で言ったら、藤子や赤塚や石森じゃなくてどちらかと言えばテラさんのポジションじゃないですか。
 いや、もちろん週刊少年ジャンプで連載を持つだけでも物凄いことだってのは今更僕なんかが言うまでもないことですが、タイトルに『メガヒットマンガ激闘記』と入れるほどメガヒットはしてないんじゃないかなって……。
 そんなわけで、今は凄く正統派熱血漫画家物語になっている『月曜日のライバル』。けど正統派な分だけに「このノリでデビュー後の展開やるのはキツくない……?」という不穏さはつきまとう。不穏と言えば、ギャグっぽく描かれてるけど和月先生の仕事場ブラックすぎない……?
 しかしその不穏さが面白いのである。
 主人公であるいとうみきお成年がアシスタントの先輩として、後のライバルとなる後輩アシスタントたちに漫画に対する熱い思いを見せたり、プロ意識の高い言葉を放ったりして、正統派の主人公らしい姿を見せても、その後に起きることを知っている我々は「けど、この人、この後……」となってしまう。
 何と言うか、アメリカン・ニューシネマの序盤を見ているような感じというか、『ひぐらしのなく頃に』の部活のシーンを見ているような感じというか……。
 少年漫画風のタッチで描かれる漫画家の自伝風漫画でありながら、読んでいる読者が自然と不安や心配な気持ちになってしまうという不思議な作品。これはまさに今のいとうみきお先生のポジションでしか描けない代物であろう。つまりは唯一無二の一作なのである。
 ただ冒頭で「このマンガはドキュメンタリーではない!!」と作者が直々に宣言しているので、実際この先どうなるのかわからない。
 もしかすると『ノルマンディーひみつクラブ』が超メガヒットして、『ONE PIECE』、『仏ゾーン』、『ノルマンディーひみつクラブ』がジャンプの新三本柱に君臨する世界が描かれるのかもしれない……これはこれで。
 そういったわけで、いとうみきお先生の新作『月曜日のライバル』である。巻末の次巻予告を見ると、どうやら今後は尾田先生や武井先生のエピソードがもっと描かれたり、鳥島編集長らしき人が登場したりするようなので、「あっ、みきお先生の話は別にいいんで、もっと尾田先生や当時のジャンプの裏話をしてくれませんかね……」という人も安心してほしい。
 あとコミックの体裁をジャンプコミックスに寄せているので、書店の人はさりげなく平積みしている『ONE PIECE』の隣に置いたりすると良いと思う。
 というわけで、ある意味一番先が読めない漫画家漫画である『月曜日のライバル』。もし、この紹介で興味を持った人がいたらとりあえずWEBの連載を追ってみるといいのではないでしょうか。なんてったって無料ですからね。
 あと、あれですね、今後宝島社から僕の方に献本や連絡が来ることはなさそうですね。

自由主義少女リベ子ちゃん 広島死闘篇

前回:自由主義少女リベ子ちゃん・リブート - 脳髄にアイスピック
「島耕作の新シリーズは『事件簿』……やはり、あれかしら、今の東芝の大赤字も地獄の奇術師のせいにされるのかしら……」
「リベ子ちゃん! シマコーに出てくる会社『初芝』のモデルは作者・弘兼憲史が漫画家になる前に勤めていた松下電器産業(現・パナソニック)で、東芝とは一切関係ないよ!」
「漢字の字面じゃなくて母音に注目するのが大切なのよね……ってあなたは私の使い魔にして、自宅のトイレに置いておきたいマンガ一位は『三国志』ではなく『黄昏流星群』だと主張してやまないラルじゃない!」
「連載形式の作品よりも、一話完結の漫画の方が後腐れなく席を立てる……素人さんにはわからないかもしれないがね。ってそんなことより大変なんだよ、これを見てよ、これ!」
「ほーん、ここ最近テレビの面白ニュース枠として消費されている前川元事務次官の話じゃないの。なになに、出会い系バーに通い詰めだったけど目的は本人の説明通り、貧困調査で実は女の子の手もつないだことがなかった……まあ、いい話じゃないの」
「全っ然、よくねえよ!」
「ヒィッ」
「こちとら出会い系バーの報道が始まった時点で、どこの店なのか、お店の入場料はいくらなのか、一見さんでも入れるのか、働いてる女の子は本当に現役のJKなのか、いくらぐらい払えばヤラせてもらえるのか、お金を払って一緒にホテルに行こうとしたら、後ろから怖いお兄さんが来たりしないのかとか、色々気になって加計学園どころじゃないんだよ! ってか、あの新大久保の店絶対許せねえからな!」
「落ち着いて、ラル! あなたが喋れば喋るほど、あなたとこのサイトの社会的地位が危ういわ!」
「そのくせ、はてなブックマークじゃ、こいつのことを見直したのなんだの、聖人扱いされだしちょる……そんなこと言われたら通る筋も通らんじゃないの! 大体手をつないだことがないから聖人だなんて言ったら、僕だってお金を払わないで女の子と手を握ったことなんて一度もないし、イソジンなしで女の子とキスしたことだって一度もないよ! もっとみんな僕のことを崇め奉れよ!」
「落ち着いてラル、わかったわかった私が落としどころをでっち上げるから、それ以上そのドブみたいな臭いのする口を開かないで! ポクポクポクポク…………ホイップ・ステップ・リベラール!」
「あ、なんか最近のプリキュアで聞いたような気がするやつだ! リベ子ちゃんも最近のトレンドを取り入れようと色々必死なんだ!」
「良いおとなとしてこの問題にどう対処するべきかわかったわ、ラル」
「よっしゃ! じゃあリベラルと言い張ってるだけのただただ反道徳的なだけのいつものやつをやっちゃってくれよ!」
「是々非々」
「…………はぁ」
「当たり前の話だけど、結局今回一番問題にするべきは前川元事務次官が証言した、『総理のご意向』文書が実在するか否かで、それ以外は本筋じゃないでしょ」
「いや、このタイミングでこんな報道がされるあたり、政権がメディアに何らかの圧力をかけたとか、そういう切り口だって」
「もちろんそれはそれで問題視する必要があるわ。だけど、こういう物事は論点を一つ一つ分けて考えるのが大事なの。文書の有無、メディアの報道、過去の天下り問題、出会い系バー通い、これらの話は全て前川元事務官という人間から一本の線でつながっているように見えて、全て別の話でしょ。別に前川元事務次官が実際に女子高生を買春していたからといっても加計学園に関する文書はでっち上げということにはならないし、逆に加計学園に関する正義の告発者であったとしても天下りを斡旋していたという事実は覆らない。だから是々非々」
「普通ですね」
「そういう意味では、個人の私的な行動を捕まえて、聖人だと褒め称えるのもロリコン糞親父と罵るのも、双方ともに本筋から離れたしょうもない話題だとあたしゃ思いますけどね」
「出た! 妖怪どっちもどっちだ! でもでも個人の名誉の回復だってあるんだよ!」
「いや、名誉って言ってもさあ、だって出会い系バーに通い詰めていたってのは事実なんでしょ? さっきセブンでおにぎり買うついでに(今だけ百円!)文春立ち読みしてきたけど、そもそも貧困調査が目的なら同じ女性と30回も会う必要なくね?とか、最初に出会った女の子が6年前ってこの手の店に通う期間、流石に長くない?とか、女子の貧困を気にするのも結構ですが男子の貧困についてはどうお思いで?とか文春の記事の〆の一文、明らかに皮肉じゃなかった?とか、まあ、いろいろな論点があって、そこらへん全部無視して良い人扱いするのはさあ……けど、ほらあたし個人の恋愛や性行為は法に触れない範疇ならば好きにすればってスタンスだから」
「ちょっとリベラルっぽい!」
「これだけ色々根掘り葉掘りされているのに、それでも現時点で買春をしたっていう具体的な証拠や証言が出てこない時点で、本当に法や条例には触れることはやってなかったんだろうなあとも思いますけど、本番してないから偉いって理屈ならキャバクラやフィリピンパブに通ってるオッサンとどれだけ差があるのかって話じゃない。だけど、そういう性道徳や倫理的な部分を問題にしてこんな議論を交わす時点で話が本題から逸れちゃっているわけで、こういう下半身事情の話がみんな大好きなのはわかるけど、今問題にするべきことが何なのかって忘れないでおきたいわよね。というわけで今日のしゃべり場ここまで! リ〜ベラル〜、トカ〜レ〜フ〜、キルゼムオ〜ル〜♪」
「はっ、リベ子ちゃんが毎回言っているこの締めの台詞の元ネタは、漫画『大魔法峠』! そしてその『大魔法峠』の作者である大和田秀樹がモーニングで連載をしていた『疾風の勇人』は安部総理の祖父である岸信介が登場したばかりなのに、先日、突然の打ち切りに! そうか……いつものように茶化していたけど、実はリベ子ちゃんは、この国の政権の在り方に、そしてその政権の御用聞きに成り下がりつつあるメディアの報道姿勢に静かに怒りを燃やしていたのかもしれない……!」
「いや、掲載順を考えてもあれは普通に打ち切りだったんじゃないかな……」
「そんなぁ……」

つづかない