『A-Studio』という笑福亭鶴瓶の革命


今年の年初めNHKで放送された『新春テレビ放談』。千原ジュニアを司会に、テリー伊藤、鈴木おさむ、眞鍋かおり、森達也らが、2009年のテレビ番組を振り返るといったもので、色々と興味深い話題が多く面白かった。
特に、バラエティ番組を振り返るコーナーで、トーク番組が注目されたという中、ジュニアがテリーに「あっ、このトーク番組は面白いな、とか、いいなぁーっていうのもありますか?」と問われ、即座に『A-Studio』を挙げ、その制作陣にいる鈴木おさむが、この番組が出来たわけを語るシーンは、印象的だった。

鈴木: あれ理由があるんですよ。あれ(『A-Studio』)が出来た。テレビって結構色んなトーク番組でアンケート多いじゃないですか。眞鍋さんなんかも多いと思うんですけど、何かでる時にアンケートの質問が20個位書いてあって……。
眞鍋: 書かされますよぉ!
ジュニア: テレビご覧の方には分からないと思うんですけど、我々、ちょっと1個番組でると思ったら3、4枚書かされるんですよ、アンケートを!
鈴木: もう、好きな食べ物から何からって物凄い。最近の面白かった事とか……。
眞鍋: でも、そこでちゃんとした答えを書かないと、本番で喋る機会を与えてもらえなかったりとかぁ。
鈴木: あとね、会議で「こいつ性格悪い」とか言うんですよ、それ見て(笑)。
眞鍋: えぇぇー! そんなーーぁ!
ジュニア: そうなんですかっ!
鈴木: そうですよ! そうですよ!
眞鍋: うわぁー、真面目に書こうっ! 怖いっ!
テリー: 毎日生きてて、そう面白い事はないよ!
眞鍋: すごいムチャぶりのアンケートとかあるじゃないですか?
ジュニア: 「最近、面白かった事は?」その下に「最近、爆笑した事は?」…これ一緒やがな!(笑)。
テリー: ジュニアさんなんか、お笑い芸人だから、そう爆笑しないよね。もう、体の中で鍛えられてるからね。
鈴木: それを鶴瓶さんが、あのー、まず最初にもうトーク番組にアンケートが多すぎる、と。で、多すぎるから「ゲストの人に手ぶらで来られるトーク番組を作りたい」って言ったんですよ。で、ゲストの人にアンケートを書いて貰わない代わりに、「俺が何日掛けてもいいから調べに行く」って。で、スケジュールを何日切っても自分で取材に行く番組であれば、ゲストもリラックスして来れるし、アンケート書かなくていいから、もっと違う面がでるんじゃないか…っていってできたのがあの番組ですよね。
箭内: 「A-studio」はやっぱりよく出来てますよね。
鈴木: 汗をかいてますよね。
箭内: だけど、汗かき自慢じゃないじゃないですか。自然にそのあたりが表現されていて。


以前、「てれびのスキマ」でも笑福亭鶴瓶を取り上げたエントリ(笑福亭鶴瓶が自然体でいられる理由)でも紹介したが、鶴瓶にはある信念がある。
それは

・人間というのは、本当はみんな誰しも面白い
・実際に起きたこと、今起きたことが一番面白い
・笑いというのは、笑うから笑いというだけではない。全体の生活とすべての繋がり、すべて自分自身のものというのが面白い

というもの。
だから、鶴瓶は積極的に「人」に出会おうとする。それがただ「トイレを借りた人」というだけの人とも、それがきっかけで、30年以上連絡を取り合う仲になることを全然厭わない、それどころかそれこそが悦びになっている。
そんな鶴瓶にとって、『A-Studio』で行う取材など、快楽以外ないのではないのではないか。

『A-Studio』でいろんな人を取材するやんか。相手は男やけど、好きになるんよ。キムタクってすごいなあとか、水嶋ヒロっていいなぁって。好きじゃないとインタビューできない。俺は別にいつも水嶋ヒロのことを考えてるわけやないよ。この人がゲストやからこの人を考える。そしたらこの人すごいのよ。世間というのは、何もミーハーだから寄ってくるわけではない。やっぱりすごいから好きなのよ。だからこそ、何十万人という人がその人を好きになる。そこをわかると、その人の演技がどうのとか、その人の音楽がどうのということではなく、なんでも許せてしまう。その人自身のことが好きになるの。(『Switch Vol.27』より)

普通のトーク番組でゲストが訊かれるエピソードは、すでに鶴瓶は知っている。だから、その先を突っ込む。しかも、それを訊く鶴瓶には一切悪意はなく、あるのは「その人が好きだからもっと知りたい」という純粋な好奇心だ。
したがって、ゲストは自然と新鮮な気持ちで受け答えができるし、見る側も知らないエピソード*1が聴ける。


そして、この番組の白眉は、箭内が「汗かき自慢じゃないじゃない」というように、せっかくの濃密な取材*2の映像を決して流さない。スチール写真だけにとどめる。
“鶴瓶自身が聞き取り、鶴瓶のフィルターを通して、鶴瓶の言葉で語る”こと。
それが、この番組の最大のポイントではないかと思う。
その人への愛情と、それを伝えたいという想いを加味した語り口で語る語り部としての鶴瓶。
たぶん、取材映像をそのまま流すよりも、よっぽど生き生きと僕らの胸に届く。

最後のコーナーでは、ゲストがスタジオから姿を消し、鶴瓶がそのゲストについての印象的なエピソードを思い入れたっぷりに独白*3する。それをスタジオ裏で聴き微笑みながら涙ぐむゲストたち。
そこでは、噺家としての鶴瓶の力が発揮される。これがまた泣ける。


『A-Studio』は、わずか30分という時間に笑福亭鶴瓶の、「取材者」「語り部」「聴き手」そして「噺家」という様々な側面の類まれな能力を凝縮させている。
面白くないわけがない。

SWITCH vol.27 No.7特集:笑福亭鶴瓶[鶴瓶になった男の物語]
新井敏記
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*1:たいてい、一人にスポットをあてるトーク番組を見る視聴者はそのゲストのファンであることが多い。だから、普通のトーク番組で語られるエピソードは知っていることが多い

*2:しかもその相手がテレビ番組的に大物であることも少なくない

*3:参考:「[http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/20090911#p1:title=鶴瓶が語る松本人志の売れなかったころ:bookmark]」