木走日記

場末の時事評論

中国にとり領土紛争はすべて「海洋国土を守る聖なる防衛戦」だ〜日本はいまこそ集団的自衛権について建設的かつ積極的に議論すべき

■因果関係が逆転している毎日新聞社説の詭弁

 25日付け産経新聞記事から。

「常軌を逸している」 小野寺防衛相が中国軍機異常接近を批判
2014.5.25 15:21

 小野寺五典防衛相は25日午前、中国軍の戦闘機が自衛隊機に異常接近したことについて「(自衛隊機は)普通に公海上を飛んでいるのに、あり得ない。常軌を逸した近接行動だ。あってはならないことだ」と述べ、中国側の対応を批判した。防衛省で記者団の質問に答えた。

 中国軍機の異常接近を公表した理由について「このような近接する中国戦闘機の航行はかつてはなかった」と説明。中国軍の戦闘機にミサイルが搭載されていたことも明らかにした。小野寺氏は24日夜に安倍晋三首相に報告、首相は「引き続きしっかりと態勢を取ってほしい」と指示した。

 小野寺氏は「わが国の領土・領海・領空をしっかり守っていくために、必要な警戒監視を行っていく」と述べた。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140525/plc14052515210011-n1.htm

 前代未聞の中国軍ミサイル搭載戦闘機の自衛隊機への異常接近でありますが、小野寺防衛相は「常軌を逸した近接行動だ。あってはならないことだ」と中国側を強く批判しておりますが、これに対して中国国防省は25日、自衛隊機2機に中国軍機が緊急発進(スクランブル)したことを認め、「自衛隊機が中国の防空識別圏に侵入し、中露合同演習を偵察、妨害した」と反論する談話を発表しています。

 さらに国防省は、すでに日本側に「一切の偵察と妨害活動の停止」を求めたことを明らかにし、その上で要求に従わなかった場合は「後の結果は日本側が責任を持たなければならない」と明言。さらなる強硬措置を示唆しています。

 また、武力衝突につながりかねないこうした挑発行為について、当初は「現場指揮官の暴走」の可能性も指摘されましたが、その後、現場指揮官が処分を受けた形跡はなく、いずれも中国共産党中央の指示によるものだったと証言する党高官も現れています。自衛隊が憲法などに縛られ、対抗手段を持っていないことを知った上で、あえて挑発した可能性が高いのです。

(関連記事)

中国、逆に抗議「日本が侵入し中露演習を妨害」
2014年05月25日 19時15分
http://www.yomiuri.co.jp/world/20140525-OYT1T50048.html

党中央の指示か 現場指揮官の処分なし
2014.5.26 08:28
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140526/chn14052608280004-n3.htm

 ・・・

 さて、尖閣諸島周辺の東シナ海だけでなく、南シナ海においても中国がベトナムとフィリピンを相手に小競り合いを起こし、事態がエスカレーションの危険性を帯びつつあります。

 ベトナムとは中国が西沙諸島(パラセル諸島)で始めた石油掘削を巡って、フィリピンとは南沙諸島(スプラトリー諸島)でウミガメ漁をしていた中国漁船をフィリピンが拿捕したことを巡って衝突しています。

 今回の中国機の異常接近の背景には、「海洋強国」建設を掲げ、東・南シナ海で覇権の拡大を目指す習近平政権の強硬姿勢があろうことは明白でありましょう。

 「国家百年の計に有り」、中国による緻密に計画された長期海洋戦略が背景にあるのです。

 ならば懸念されるのは、中国軍の現場部隊が今後も海洋戦略に則り、過激な示威活動を繰り返しかねないだろうことです。

 集団的自衛権うんぬんで国内議論も落ち着かず有事法整備がまったく手つかずの日本にとって危機的状況であります。

 しかるにこの緊迫した情勢の中で「対抗だけの冷戦思考ではなく、中国を取り込みながら地域の安定、繁栄を図る新思考こそ必要なはず」などと呑気(のんき)な社説を掲げているメディアもいるのです。

 26日付け毎日新聞社説から。

社説:視点・集団的自衛権 対中戦略 対抗だけでは危険だ
毎日新聞 2014年05月26日 02時30分
 ◇論説委員 坂東賢治
http://mainichi.jp/opinion/news/20140526k0000m070128000c.html

 毎日社説より。

 冷戦期と違い、軍事的抑止だけで安全が保たれる状況にはない。日米安保体制の下で集団的自衛権を対中抑止に結びつけて考えようとすれば、米中衝突時の米軍支援を想定することになる。米国はそんなことを望んではいまい。

 中国も一枚岩ではない。タカ派も国際協調派も存在する。中国軍内からはすでに「自衛隊の軍事的役割が強化されるなら、軍備をいっそう強化すべきだ」との声が出ている。信頼醸成など国際協調の動きを引き出す外交戦略がないと危険だ。

 うむ、毎日社説は「日米安保体制の下で集団的自衛権を対中抑止に結びつけて考え」ることは、中国軍内から「自衛隊の軍事的役割が強化されるなら、軍備をいっそう強化すべき」との声を導き、「信頼醸成など国際協調の動きを引き出す外交戦略がないと危険」だと決めつけています。

 これは典型的な詭弁論法です、因果関係が逆転しています。

 そもそも中国の「海洋強国」建設という冒険主義的国家戦略が日本など周辺国をして集団的自衛権の論議を招いているものであり、「自衛隊の軍事的役割が強化されるなら、軍備をいっそう強化すべき」との論は、後付けの理屈です、この理屈ではこれまでの中国の軍備拡張を何ら説明できはしませんし、日本以外の南シナ海での覇権の拡大をも目指している中国の行動に対して何も説明できはしません。

 日本の政権が媚中な民主党政権であろうとタカ派の自民党政権であろうと、中国による緻密に計画された長期海洋戦略が揺るぐはずもありません。

 今回は、中国による「国家百年の計」、緻密に計画された長期海洋戦略である「海洋強国」建設について、彼らが如何に本気で建設しようとしているのか、中国側視点で検証して見たいと思います。

 ・・・



■中国側の視点に立つために、中国起点で90度回転して東アジア地図を俯瞰して見る

 中国がなぜ国際的摩擦を顧みずに「海洋強国」建設にこだわるのか、あくまでも中国側の視点に立って考察してみたいです。

 まず、中国側の視点に立つために、中国起点で90度回転して東アジア地図を俯瞰して見ましょう。

■図1:中国起点で90度回転して俯瞰する東アジア地図

 実は中国は「海洋強国」とは名ばかり、大洋に進出するためには、北は、朝鮮半島、日本列島に阻まれ、中央には琉球諸島、台湾、フィリピン諸島に阻まれ、南にはマレーシアやインドネシア諸島、インドシナ半島に囲まれていることが、この図で見るとよく理解できます。

 中国はその広大な国土とは裏腹に、海岸線は、東シナ海(East China Sea)と南シナ海(South China Sea)に面しているだけであり、その排他的経済水域(EEZ)は約88万km2と日本の約1/5に過ぎません。

 中国から見れば、中国の海は、北朝鮮、韓国、日本、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナム等に包囲されており、東シナ海(East China Sea)と南シナ海(South China Sea)の制海権を失えば簡単に海上封鎖されてしまう、地政学的に脆弱な条件のもとにあるわけです。

 1982年12月10日国連海洋法条約が採択されたのを機に、国連海洋法条約が導入した排他的経済水域、大陸棚制度の確立によって、中国は自国の管轄海域はそれまでから300万平方キロメートルに、排他的経済水域(EEZ)は12 カイリから 200 カイリに拡大したことを、一方的に宣言します(米国や日本などはこの主張を認めてはいません)。

 国連海洋法条約後、中国海軍では管轄海域を領土的なものと観念し、これを他国から防衛すべきであるとの思考が強まります。1982 年に海軍司令員に就任した劉華清は、1985年12月20日、海軍幹部による図上演習総括会の席において、新しい内容の「近海防御」を海軍戦略として正式に提起します。1986年1月25日に開かれた海軍党委員会拡大会議において、劉華清は「近海防御」の海軍戦略の詳細を説明しています。

 海軍戦略の制定にあたってとくに強調されたのは、領海主権と海洋権益の防衛であります。

 劉は、国連海洋法条約に基づき、中国は 300 万平方キロメートルあまりの管轄海域を設定できると主張し、これらの海域と大陸棚を中国の「海洋国土」と表現します。さらに劉は、黄海、東シナ海、南シナ海は「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫と安全保障上の障壁」であるが、「歴史的原因により、海洋資源開発、EEZ の境界画定、大陸棚、一部の島嶼、特に南シナ海では周辺諸国との間で争いと立場の違いがある」と指摘します。この状況下で海洋国土を侵犯されないためには、海軍は「戦略軍種」として海軍戦略を持つべきであると論じたのであります。

(関連レポート)

現代海洋法秩序の展開と中国
毛利 亜樹(同志社大学 助教)
http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/h22_Chugoku_kenkyukai/06_Chapter6.pdf

 これにより東シナ海、南シナ海は中国に取り、「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫と安全保障上の障壁」となり、第一列島線(First Island Chain)と呼ばれる対米防衛線が確立されます。

■図2:東シナ海、南シナ海を安全保障上の障壁とする第一列島線

■第一列島線内のパラセル諸島、スプラトリー諸島、尖閣諸島をめぐる紛争はすべて「海洋国土を守る聖なる防衛戦」

 国連海洋法条約を受けて、中国は海洋に関する国内法整備にも注力いたします。

 1992年2月25日、「中華人民共和国領海および接続水域法」(以下、「領海法」)が施行され、他国と領有権争いのある島嶼を中国の領土と明記して注目されます。

 台湾、南シナ海のパラセル諸島・スプラトリー諸島などとともに尖閣諸島を中国の領土と規定し、1971年以来の尖閣諸島に対する領有権の主張を国内法で規定いたします。

 これらの領有権の主張を前提に、この法律は、中国が権利を持つと主張する接続水域において、中国の法律に違反する外国船舶に対し、他国の領海に入るまで追尾する継続追跡権を軍艦、軍用機、政府の授権を受けた船舶および航空機に与えています。

 ここにいたり、国際法上公海であるはずの東シナ海、南シナ海および海域諸島が、中国にとって「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫と安全保障上の障壁」である「内海」的存在であることが、軍事的戦略としてだけでなく、国内法上においてもその整備が完成いたします。

 ここで、パラセル諸島におけるベトナムなどへの覇権、スプラトリー諸島におけるフィリピンなどへの覇権、および尖閣諸島における日本などへの覇権、これらはすべて「海王強国」を目指す中国にとって、「海洋国土を守る聖なる防衛戦」となったわけです。

■図3:東シナ海、南シナ海における主な領土紛争

✖1:尖閣諸島(対日本など)✖2:パラセル諸島(対ベトナムなど) ✖3:スプラトリー諸島(対フィリピンなど)

 これらの紛争で中国が安全保障上一番懸念しているのは、対峙する諸国が集団を成して連合することです。

 従って中国は領土紛争をあくまで「当事者二国間の問題」として扱うことを主張し、国際問題化することに強硬に反対しています。

 ベトナムやフィリピンなど小国ならば一対一で対峙すれば経済的・軍事的に中国が圧倒できるからです。



■米国の「アジア回帰」(”Rebalance”)政策の実践〜オバマ外交の地政学的意味合い

 さて、アジア重視政策、「りバランス」外交を唱えるオバマ大統領ですが、国際的には「哲学がない」「行動力がない」などと酷評されていますが、この度の日本・韓国・マレーシア・フィリピンのアジア四カ国歴訪は実は地政学的には、中国を牽制するのに大きなインパクトを与えています。

 上述した、中国と紛争中の国(日本、ベトナム、フィリピン)と、日本とフィリピンは重なりますがオバマの今回の訪問国を、中国側の視点で見てみると興味深いです。

■図4:地政学的に中国を包囲した結果になったオバマ「りバランス」外交

 対中国紛争当事国日本・ベトナム・フィリピン(図中青の国)と今回訪問した韓国、マレーシア(図中緑の国)の5カ国の位置を地図上で見れば、中国の第一列島線に見事に対峙してそれを包囲していることが理解できます、これに台湾を加えればほぼ包囲網が完成します。

 中国やロシアなど26の国と地域が加盟するアジア信頼醸成措置会議の首脳会合で、習近平国家主席は演説で「アジアの安全は結局、アジアの人々が守らなければならない」と述べていますが、明らかにアメリカのアジア重視の姿勢を念頭に、アジアの安全保障を巡る新しい秩序を中国主導で作ろうという姿勢を強く打ち出しているわけです。

 領土問題はアメリカ抜きで二国間で解決を見る中国のこれまでの外交方針を堅持しているわけです。



■まとめ

 中国は、いま検証してきたように、「国家百年の計」とも申せましょう、緻密に計画された極めて長期に渡る海洋戦略を実行してまいりました。

 その戦略はあくまで中国が主体的に構築し実践しているものであり、中国にとって一周辺国である日本の政権が媚中派であろうと嫌中派であろうと、その日本政府の政策によって大きく方針が変換されるような受動的なものでは決してありません。

 ならば、駆け引きを伴う外交戦において、相手が嫌がる戦略をはなから排除する愚かな選択をしてはいけないのは自明であることから、このタイミングで日本が集団的自衛権を検討することは、当然であろうと考えます、むしろ遅すぎとも言えましょう。

 対中国においてベトナムなどのアセアン諸国との連携を深める意味でも、日本はいまこそ集団的自衛権について建設的かつ積極的に議論すべきだと考えます。




(木走まさみず)