皿まで食った毒!~私屋カヲル「こどものじかん」~

 

 漫画「こどものじかん」を読みました。危ないロリコン漫画ということで昔のオタク界隈ではけっこう知名度のあった作品、という記憶があったのですが、読んでみると意外にも王道の展開をもつ少女漫画である。10名前後の登場人物がいて、その間に矢印が引かれた相関図があり、その時間発展を見ていくというのが楽しみの中心にある。

 

 「人間は強く、自律していて、十全に機能しており、レジリエンスに富み、自分の責任でさまざまな人と関係をもち幸せになることができる。……あるいはなんらかの理由で今できなくても、そういうことができるようになる途上にある」というのが「こどものじかん」にある根本的な人間観で、「子供と教師の恋愛」といったさまざまなセンセーショナルなモチーフをフックに、人間への信頼を謳いあげるような力強いつくりになっている。

 

 これはなかなか類を見ない達成ではないでしょうか。おなじ題材を使って、耽美にすることも、露悪的にすることも、あるいはただの責任を持たないエロコメディにすることもできたわけである。そのどれも選ばず、皿まで食いきっている。

 

 その作品としての企図を、完遂に向けて強力にサポートしているのが、この漫画の「漫画としてのうまさ」ですよね。たとえば適当にめくったところからひとつ、……眼鏡をはずすこのシーンなどがそうなのですが、キャラクターがとてもいい芝居*1をしていて、ひとつひとつのエピソードがとても面白いんですよね。

 

気を抜くと教員お仕事漫画みたいになっていたりもする。この作者はとてもやれることが多い。

 意外にもなにかが尖っていて、そこで客を喜ばせている作品ではないんですよね。テキスト、画の見せ方、物語、キャラクター造形、心理描写いろいろなところのレベルが高く、総合芸術としての漫画の良さを読んでいるとひしひし感じます。シンプルに大傑作だと思う。

 

 ただ、だれしもにすすめられるような作品ではない。とてもエロ描写・エロギャグが多く、どれもけっこう過激なので、それが苦手な人は楽しく読めないでしょう。また、人間の自立・健全さ・機能性にとても、見ようによっては現実を無視して不用意に、信頼を置いている、そのことがテーマなので、そのような考え方を良しとはしない場合も不満を抱えながらの読書になると思う。

 

 ただ、ある程度そのあたりを許容できる、もしくは積極的にこの作品の背景にあるラディカルな自由さの価値観を好むのであれば、絶対読んだほうがいいと言っていいでしょう。世界にこの作品があってよかった。毒ではある*2ものの、間違いのないめちゃくちゃ傑作です。

*1:漫画を面白いかどうか考えるときに、キャラクターが単に吹き出しと表情のついた絵なのか、それとも作中世界で「芝居」をするところまでいっているのか、というのがあると思います。

*2:そして毒は使いようによっては薬でもあるのである。