僕がMITメディアラボの所長に着任した当初、ニューヨークタイムズはこれを変わった人選と評したが、その通りだった。最終学歴は高校卒業だったし、タフツ大学とシカゴ大学の学部課程および東京の一橋大学の博士課程からいずれもドロップアウトしていたからだ。
最初に同ポストの打診が来た時は、学位がないから応募すべきじゃないだろう、との助言をもらった。数ヵ月後、選考委員だった Nicholas Negroponte(ニコラス・ネグロポンテ)から再び連絡があり、面接を受けにMITに来てみないかと誘われた。初回の候補者リストからは最終候補が出なかったそうだ。
教授陣、学生陣、スタッフとの面接は好感触だった。僕の人生でも最も刺激的な類の2日間であり、同時に、間の夜に日本で大地震が発生したため、かなり辛くもあった。あの2日間は様々な意味で僕の記憶に刻み込まれている。
委員会からの連絡はすぐに来た。僕が第一候補らしく、異例の候補であるため、再訪して Architecture and Planning(建築と計画)学部長である Adele Santos(アデル・サントス)氏、加えて、もしかすると学長(現在はMIT総長)の Rafael Reif(ラファエル・ライフ)氏とも面接されたし、とのことだった。ラファエルとの面接で豪華なオフィスに座ると、彼はどこか問い詰めるような目つきで、「何の話をしようか」と聞いてきた。そして僕が自分が候補になった展開の特殊性を説明すると笑顔になり、彼が誰に対してもしているように、「MITへようこそ!」と温かい歓迎の言葉をくれたのだった。
メディアラボの所長としての僕の仕事はラボの運営および研究を監督することだ。MITでは研究室と学術プログラムとが政教分離のごとく分けられているのが普通だけど、メディアラボは Architecture and Planning学部の中に「独自の」学術的な Program in Media Arts and Sciences(情報科学芸術プログラム)を構えていて、それが研究側と強固に連繋している点がユニークだ。
創設以来、メディアラボは常に研究の実践面、すなわち論文を発表するだけではなく、実施し、実績を展示し、投入することで学ぶという方針を重視してきた。学術プログラムは教授(現在は Pattie Maes(パティー・マース))が担当しており、僕自身も密接に関わっている。
僕の前任者、およびメディアラボ創設時に所長を務めた Nicholas(ニコラス・ネグロポンテ)はどちらも教授職を兼ねていた。しかし僕の場合、僕自身がそうと知らなかったことと、僕に学生を指導したり十分に学術的な働きができたりするかMITが判断しあぐねた結果、着任時点では教授にはならなかった。
そのことはほとんどの局面では重要ではなかった。僕は教授陣の会合にはすべて出たし、ごく稀な例を除くと権限と支持を得られている実感があった。気まずい空気となったのは「伊藤教授」と誤認されたり、他の大学の学者さんたちに自分の立場を説明したところ「なるほど、教授かと思ってましたが経営側の方なんですね」と返されたりした時くらいだ。
...なので教授である"必要性"は特に感じなかったし、教授となるための申請をしてはどうかと声がかかった時には、どのような利点があるかよくわからなかった。メンターの方々数名に相談したところ、(教授になれば)メディアラボの所長を退任した後でもMITに居続けることが可能になるだろう、と言われた。正直、ラボ所長の役を退く自分など想像すらできないけど、有用な選択肢に思えた。加えて、教授になることでMITの正式な構成員としての色合いが強まることもある。評議会の承認が必要なので、通ればそれがお墨付きとなるわけだ。
僕は自分の研究グループを立ち上げようとは思わないし、これまでもメディアラボ全体を僕が担当する「研究グループ」、かつ、僕のこだわりどころと見なしてきた。ただし、時々新たな試みの立ち上げを手伝ったり、教授陣の支援をしたりしていく中で、より学術的なマインドセットを要する思考や行動に関与することが増えてきた。さらに、メディアラボおよびMIT全体の学術プログラムについて、僕は以前よりも色々と意見をもつようになってきている。教授陣の一員となることでこれらの意見を表明する土台を固められるだろう。
このような考えを胸に、そして賢明なるメンターの方々からの助言に後押しされ、僕は申請を行い、本日付けで Media Arts and Sciences(情報科学芸術)実務教授としてMIT教授陣の一員になることを承認された。
昔よく妹とケンカをしたものだ。妹は博士号を2つもっていて、研究者で大学教授だったので、揶揄の意味を込めて学者呼ばわりしていた。僕がメディアラボ所長に就任した時、馴染めないだろうとか、うんざりするだろうと警告する声が多かったのをおぼえている。僕はもうMITに5年ほど勤めているけど、これまでのどんな仕事より長続きしている。(そして妹は今や起業家となっている。)僕はようやく自分のすべきことを探し当てた手ごたえを感じていて、この仕事、このコミュニティ、そして僕自身と僕が仕えるコミュニティに発展をもたらし、インパクトを与えられる可能性に対し、かつてないほど嬉しく思っている。
これまで僕を支えてきてくれたMIT、僕の数多いメンター、同僚、学生、スタッフ、友人の皆さんに心から感謝している。この旅路を歩み続け、その先にあるものを目にするのが楽しみでしかたない。
教授になります、2016年7月1日付けで。
おめでとうございます!!
Congratulations, Joi! When you come to NY, let me know. Let us have a lunch/tea/dinner.
Takatoshi Ito, Professor, Columbia University (Emeritus Prof. Univ. of Tokyo)
伊藤教授ですね!おめでとうございます!これからも益々応援します。