日本銀行総裁の黒田東彦氏は8月23日、日本銀行主催の第1回FinTechフォーラムで講演した。以下は日本銀行が発表した講演全文である。
情報技術と金融
本日のフォーラムは「情報」と「金融」の問題を取り上げていますが、金融はそれ自体が、人類が産み出したさまざまな情報技術の集積ともいえます。 歴史を紐解いても、金融は、その時々の情報技術の進歩に支えられ、発展を遂げてきました。
まず、金融の基本的なインフラである「おかね」は、金属や紙に関連する技術を通じて価値の情報を物理的な媒体に表象し、そのやり取りや保存を可能としたものといえます。加えて、人々はおかねを通じて、さまざまな財やサービスに対し、共通の物差しに基づく「価格」という情報を紐付けできる ようになりました。この価格という情報が、経済における効率的な資源配分を実現する重要なシグナルとして働いたことは、言うまでもありません。
日本銀行総裁の黒田東彦氏(出所 日本銀行ウェブサイト)
また、同様に紙に関連する技術に基づいて発展した「帳簿」や「複式簿記」は、価格などの情報の効率的な集中管理を可能としました。これにより、経済活動に関するさまざまな情報を幅広い関係者が共有できるようになりました。金融は、まさにこれらのインフラを背景に、大きく発展してきました。
すなわち、銀行貸出などの金融仲介では、帳簿や複式簿記からなる「会計」というインフラを通じて共有される企業の財務情報などが活用されてきました。また決済の面でも、近代以降の経済社会における企業間取引や証券取引は、多くの場合、預金や証券の帳簿上での移転により決済されています。
これらを「情報処理」という観点からみると、人々は決済を通じて、過去の経済活動に由来する売掛金のリスク管理といった情報管理負担から解放され、将来に向けた経済活動にリソースを注いでいくことが可能となります。また、金融仲介を通じて、人々は資金を生産性や成長性の高い分野への投資 に振り向けていくことができます。このように、人類は金融という高度な情報処理の体系を築き上げることで、経済社会の発展を実現してきました。
現在の情報技術革新と“FinTech”
現在、情報技術は一段と急速な進歩を遂げています。インターネットやスマートフォン、SNSなどの普及により、世の中にあふれる情報やデータの量は飛躍的に増加している一方、技術革新により、このような大量のデータ、いわゆる「ビッグデータ」を迅速に処理することが可能となっています。ま た、決済に伴う財やサービスの取引情報などを、「ポイントカード」のような手段を通じて収集し、活用できるようにもなっています。さらに、「シェアリングエコノミー」と呼ばれる新しい経済活動も、情報技術を通じて経済社会に散らばっている遊休資源を見出し、需要とマッチングさせることを通じて 実現が可能になったといえます。
冒頭に申し上げたような情報技術と金融の密接な関係を踏まえますと、“FinTech”という言葉が示すように、情報技術革新がとりわけ金融に大きな 革新をもたらす可能性が注目されていることは、決して不思議なことではありません。