金子幸彦
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人物情報 | |
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生誕 |
1912年1月5日 日本東京都 |
死没 | 1994年7月25日 (82歳没) |
出身校 | 東京外国語学校 |
学問 | |
研究分野 | 文学(ロシア文学) |
研究機関 | 一橋大学・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター |
金子 幸彦(かねこ ゆきひこ、1912年1月5日 - 1994年7月25日)は、日本のロシア文学者、翻訳家。一橋大学名誉教授。
生涯
[編集]- 出生から修学期
1912年、東京市・新宿津久戸町で生まれた。私立早稲田中学校を経て、東京外国語学校ロシア語科に進学。在学中に治安維持法違反で逮捕され勾留された[1]。
- ロシア文学研究者として
卒業後は、逓信省勤務を経て、1948年に旧制東京商科大学予科非常勤講師となった。1951年、一橋大学社会学部専任講師に採用され、ロシア語を担当[2][1]。1954年に助教授、1957年に教授昇格。この間、1953年から1972年まで北海道大学スラブ研究センター(現・北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)客員研究員も兼ねた。1977年一橋大学を定年退官[1]。
1994年に死去。
研究内容・業績
[編集]ニコライ・ドブロリューボフ『オブローモフ主義とは何か』、アレクサンドル・ゲルツェン『過去と思索』、ニコライ・チェルヌイシェフスキーなどのロシア社会思想を翻訳紹介、プーシキン研究翻訳で知られた[1]。
- 指導学生
一橋大学で長く教鞭を執り、ゼミの指導学生には下記がいる。
著作
[編集]- 著書
- 訳書
- 『過去と思索』(世界古典文庫 全3巻) アレクサンドル・ゲルツェン著、日本評論社 1947-1950[8]
- 『オブローモフ主義とは何か:今日といふ日はいつ来るか』ドブロリューボフ著、重石正己共訳、弘文堂書房(世界文庫) 1947
- 『プーシキン詩集』新星社 1948
- 改訂 彌生書房(世界の詩) 1965
- 岩波文庫 1968、改版1998
- 『生活のための闘い:ドストエフスキーの「罪と罰」について』ピーサレフ著、京王書房 1948
- 文庫化 岩波文庫 1952
- 『ロシヤにおける革命思想の発達について』ゲルツェン著、岩波文庫 1950
- 改版 1974、復刊1990・2002年
- 『カフカスのとりこ』レールモントフ著、小峰書店(少年少女のための世界文学選) 1951
- 『批評論/ロシヤ民族と社会主義他/モスクワからライプツィヒまで 世界大思想全集』河出書房 1954
- ベリンスキー / ゲルツェン / ドブロリューボフ
- 『ゴーリキー 文学論』(世界大思想全集) ゴーリキー著、和久利誓一共訳、河出書房 1954
- 『抜都のリャザニ襲撃/ムーロムの候ピョートルとフェヴローニヤの物語』(世界文学全集) ラヂーシチェフ著、河出書房 1954[11]
- 『イワンのばか』トルストイ著、岩波少年文庫 1955
- 改版 2000
- 『鋼鉄はいかに鍛えられたか』N・オストロフスキー著、岩波文庫 1955
- 『勇士ルスランとリュドミーラ姫』プーシキン著、岩波少年文庫 1958
- 『父と子』ツルゲーネフ著岩波文庫 1959
- 『ロシアの夜』ヴェーラ・フィグネル著、和田春樹共訳、筑摩書房(世界ノンフィクション全集) 1961
- 『ロシア短篇名作集』編・共訳、学生社 1961
- 『ムツイリほか』(世界文学大系) レールモントフ著、筑摩書房 1962
- 『ルーヂン その前夜』(世界文学大系) ツルゲーネフ著、筑摩書房 1962
- 新版・筑摩世界文学大系 1972
- 『ドウブローフスキー物語』プーシキン著、講談社(少年少女新世界文学全集) 1962
- 『苦悩の中を行く』アレクセイ・トルストイ著、中央公論社(世界の文学) 1967
- 『大尉の娘、エヴゲーニイ・オネーギン』プーシキン著、筑摩書房(世界文学全集)1967
- 別版 中央公論社(世界の文学)
- 『何をなすべきか』チェルヌィシェーフスキイ著、岩波文庫 1978-1980
- 記念論集
- 『ロシアの思想と文学 その伝統と変革の道』(恒文社)1977