第31普通科連隊
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第31普通科連隊 | |
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2013年度中央観閲式にて普通科車両部隊指揮官を務める第31普通科連隊長 | |
創設 | 1962年(昭和37年)1月18日 |
所属政体 | 日本 |
所属組織 | 陸上自衛隊 |
部隊編制単位 | 連隊 |
兵科 | 普通科 |
兵種/任務 | コア部隊 |
所在地 | 神奈川県 横須賀市 |
編成地 | 習志野 |
愛称 | 振武 |
上級単位 | 東部方面混成団 |
担当地域 | 神奈川県東部(警備隊区)、南関東 |
第31普通科連隊(だいさんじゅういちふつうかれんたい、JGSDF 31st Infantry Regiment)は、神奈川県横須賀市の武山駐屯地に連隊本部が駐屯する、東部方面混成団隷下のコア部隊である。
概要
[編集]即応予備自衛官を主体として構成される。富士地区演習場、朝霞駐屯地内にある予備自衛官センター等を主要訓練場としている。
沿革
[編集]第31普通科連隊
- 1962年(昭和37年)
- 1964年(昭和39年)8月15日:東京オリンピック支援(10月26日まで、連隊長がライフル射撃支援隊長を兼補)。
- 1992年(平成 4年)3月27日:師団近代化への改編により、自動車化。
- 2002年(平成14年)
- 3月26日:重迫撃砲中隊を廃止。
- 3月27日:第1師団の政経中枢師団への改編。
- 2011年(平成23年)4月22日:部隊改編。
警備隊区
[編集]神奈川県東部の6市1町[2]。横須賀市・横浜市・川崎市・鎌倉市・逗子市・三浦市・葉山町[2]
部隊編成
[編集]- 第31普通科連隊本部 -(武山駐屯地)
- 本部管理中隊「31普-本」 -(武山駐屯地)
- 第1普通科中隊「31普-1」 -(板妻駐屯地)
- 第2普通科中隊「31普-2」 -(朝霞駐屯地)
- 第3普通科中隊「31普-3」 -(朝霞駐屯地)
- 第4普通科中隊「31普-4」 -(習志野駐屯地)
- 第5普通科中隊「31普-5」 -(勝田駐屯地・朝霞駐屯地)
- 重迫撃砲中隊「31普-重」 -(北富士駐屯地)
整備支援部隊
[編集]- 第1後方支援連隊第2整備大隊第2普通科直接支援隊:2002年(平成14年)3月27日から2011年(平成23年)4月21日の間。
- 東部方面後方支援隊第302普通科直接支援中隊:2011年(平成23年)4月22日から
主要幹部
[編集]官職名 | 階級 | 氏名 | 補職発令日 | 前職 |
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第31普通科連隊長 | 1等陸佐 | 新田幸司 | 2024年 | 8月 1日普通科教導連隊長 兼 滝ヶ原駐屯地司令 |
代 | 氏名 | 在職期間 | 前職 | 後職 |
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1 | 吉田啓三 | 1962年 | 1月18日 - 1963年 3月15日第2普通科連隊付 | 陸上自衛隊幹部学校学校教官 |
2 | 上田泰弘 | 1963年 | 3月16日 - 1964年 5月31日航空幕僚監部人事教育部人事課長[3] | 1等空佐に任命 中部航空方面隊司令部付 |
3 | 倉重翼 | 1964年 [4][5] |
6月 1日 - 1966年 3月15日防衛研修所所員 | 陸上幕僚監部第1部副部長 |
4 | 古井貞方 | 1966年 | 3月16日 - 1968年 3月15日東北方面総監部第2部長 | 第7師団司令部幕僚長 |
5 | 田原隆壽 | 1968年 | 3月16日 - 1970年 3月15日陸上自衛隊幹部学校勤務 | 陸上自衛隊化学学校副校長 兼 企画室長 |
6 | 栗田裕夫 | 1970年 | 3月16日 - 1972年 3月15日統合幕僚会議事務局第5幕僚室勤務 | 陸上自衛隊幹部学校学校教官 |
7 | 井瀬洋夫 | 1972年 | 3月16日 - 1974年 3月15日第10師団司令部第3部長 | 中部方面総監部第1部勤務 |
8 | 小滝誠 | 1974年 | 3月16日 - 1976年 8月 1日東部方面総監部第3部勤務 | 陸上自衛隊化学学校副校長 兼 企画室長 |
9 | 田邉悟 | 1976年 | 8月 2日 - 1978年 3月15日陸上幕僚監部第2部付 | 陸上幕僚監部調査部調査第2課長 |
10 | 小野雅章 | 1978年 | 3月16日 - 1979年 7月31日自衛隊島根地方連絡部長 | 第1教育団副団長 |
11 | 源川幸夫 | 1979年 | 8月 1日 - 1981年 8月14日陸上幕僚監部付 | 陸上幕僚監部人事部補任課長 |
12 | 久我幹生 | 1981年 | 8月15日 - 1982年 6月30日陸上幕僚監部調査部付 | 西部方面総監部幕僚副長 (陸将補昇任) |
13 | 平野浤治 | 1982年 | 7月 1日 - 1985年 3月15日陸上幕僚監部調査部付 | 陸上幕僚監部調査部調査第2課長 |
14 | 緒方宏 | 1985年 | 3月16日 - 1988年 3月15日陸上幕僚監部調査部調査第2課 調査第1班長 |
防衛大学校教授 |
15 | 梅田恒通 | 1988年 | 3月16日 - 1990年 7月31日第6師団司令部第3部長 | 東北方面総監部調査部長 |
16 | 小早川達彦 | 1990年 | 8月 1日 - 1992年11月30日第3師団司令部第3部長 | 自衛隊長野地方連絡部長 |
17 | 圓藤春喜 | 1992年12月 | 1日 - 1994年 7月31日第11師団司令部第3部長 | 北部方面総監部人事部長 |
18 | 森村正昭 | 1994年 | 8月 1日 - 1997年 6月30日西部方面総監部人事部人事課長 | 中央システム管理隊長 |
19 | 檜垣司 | 1997年 | 7月 1日 - 2000年 6月29日中部方面総監部装備部後方運用課長 | 相馬原駐屯地業務隊長 |
20 | 太田康和 | 2000年 | 6月30日 - 2003年 3月31日陸上自衛隊業務学校学校教官 | 自衛隊茨城地方連絡部長 |
21 | 尾崎裕 | 2003年 | 4月 1日 - 2005年 3月27日陸上自衛隊研究本部研究員 | 東部方面指揮所訓練支援隊長 |
22 | 土屋哲郎 | 2005年 | 3月28日 - 2007年 3月31日統合幕僚学校学校教官 | 陸上自衛隊富士学校普通科部副部長 |
23 | 菊池政巳 | 2007年 | 4月 1日 - 2009年 8月 1日陸上自衛隊少年工科学校 第1教育部長 |
退職(勧奨) |
24 | 重岡良昭 | 2009年 | 8月 1日 - 2012年 7月31日陸上自衛隊富士学校普通科部 研究課長 |
防衛研究所教育部教育課程運営室長 |
25 | 根本博之 | 2012年 | 8月 1日 - 2015年 7月31日統合幕僚学校教育課第2教官室 学校教官 |
自衛隊静岡地方協力本部長 |
26 | 大谷正道 | 2015年 | 8月 1日 - 2017年 3月22日陸上自衛隊東北補給処装備計画部 企画課長 |
東北方面後方支援隊副隊長 |
27 | 矢野哲也 | 2017年 | 3月23日 - 2019年12月19日陸上自衛隊小平学校語学教育部長 | 東北方面指揮所訓練支援隊長 |
28 | 川村恭也 | 2019年12月20日 - 2022年 | 7月31日仙台駐屯地業務隊長 | 陸上自衛隊関東補給処総務部長 |
29 | 中嶋豊 | 2022年 | 8月 1日 - 2024年 7月31日中部方面指揮所訓練支援隊長 | 部隊訓練評価隊長 |
30 | 新田幸司 | 2024年 | 8月 1日 -普通科教導連隊長 兼 滝ヶ原駐屯地司令 |
主要装備
[編集]- 軽装甲機動車
- 高機動車
- 1/2tトラック/73式小型トラック
- 1 1/2tトラック/73式中型トラック
- 3 1/2tトラック/73式大型トラック
- 89式5.56mm小銃
- 64式7.62mm小銃
- 5.56mm機関銃MINIMI
- 12.7mm重機関銃
- 対人狙撃銃 レミントン M24 SWS
- 9mm拳銃
- 110mm個人携帯対戦車弾LAM パンツァーファウスト3
- 01式軽対戦車誘導弾
- 81mm迫撃砲 L16
- 120mm迫撃砲 RT
脚注
[編集]- ^ 防衛ホーム 第977号(2018年4月15日発行)5面
- ^ a b “神奈川県災害時広域受援計画-資料編-”. 神奈川県. 2021年2月21日閲覧。
- ^ 1963年1等陸佐に任命 3月16日
- ^ 1964年東京オリンピック支援集団ライフル射撃支援隊長兼補 8月15日
- ^ 1964年10月26日 東京オリンピック支援集団ライフル射撃支援隊長兼補解除
出典
[編集]- “防衛省人事発令”. 2015年8月1日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 陸上自衛隊 第31普通科連隊 (@JGSDF_31i_pr) - X(旧Twitter)