松井江美
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選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||
ラテン文字 | Emi Matsui | |||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | 日本 | |||||||||||||||||||||||||||||
競技 | 投擲 | |||||||||||||||||||||||||||||
種目 | やり投 | |||||||||||||||||||||||||||||
大学 | 中京大学 | |||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1963年2月20日(61歳) | |||||||||||||||||||||||||||||
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松井 江美(まつい えみ、1963年2月20日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門はやり投。オリンピックの日本代表に3度選ばれた(出場は2回)。2017年時点での氏名は藤本 江美(ふじもと えみ)[1]。
来歴
[編集]高校時代の1980年、5月31日の8か国大会代表選考会に高校新記録で優勝[2]。この年、日本が不参加となった1980年モスクワオリンピックの日本代表に選ばれる[3]。母校の岡山県美作高等学校には、松井のオリンピック代表選出記念碑が建立されている[4]。全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)では、1979年と1980年に連覇を達成した[5]。
中京大学に進み、卒業後は中京大職員を経て大京に就職する[6]。この時期、日本陸上競技選手権大会では、1981年(第65回)から1984年(第59回)までと、1986年(第61回)から1988年(第63回)まで、1990年(第65回)の合計8回、優勝を達成した[6]。
1982年アジア競技大会では、60m52cmの記録で優勝した[7]。1983年世界陸上競技選手権大会にも出場した[8]。1984年ロサンゼルスオリンピックと1988年ソウルオリンピックでも代表となる[8]。1986年アジア競技大会では2位、1990年アジア競技大会では3位だった[7]。
中京大学時代には室伏重信の指導を受けた[9]。1984年には中京大学陸上競技部の女子主将を務め[10]、同年大学から体育会の最高成績者に贈られる「江崎杯」を授与された[11]。
所属していた大京陸上競技部は1992年限りで解散し[12]、翌年からは「ラナ」に所属した[13]。
競技の一線を退いた後もマスターズ陸上競技会に出場し、満41歳の2004年に作った45m15と、満50歳の2013年に作った41m24は、2022年現在、それぞれW40クラスとW50クラスの日本記録である[14]。
また、大阪高等学校で教員として陸上競技を指導し[15]、2012年には日本陸上競技連盟強化委員会強化育成部委員(U19クラス投擲競技部門)を務め[16]、平成28年度(2016年度)の大阪陸上競技協会の優秀指導者賞を受けている[17]。
国際大会成績
[編集]年 | 大会 | 会場 | 結果 | 補足 |
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日本代表 | ||||
1982年 | 1982年アジア競技大会 | ニューデリー | 優勝 | 60.52 m |
1983年 | 1983年世界陸上競技選手権大会 | ヘルシンキ | 17位 | 55.52 m |
1984年 | 1984年ロサンゼルスオリンピック | ロサンゼルス | 14位 | 57.72 m |
1985年 | 1985年アジア陸上競技選手権大会 | ジャカルタ | 3位 | 53.28 m[18] |
1986年 | 1986年アジア競技大会 | ソウル | 2位 | 55.00 m |
1988年 | 1988年ソウルオリンピック | ソウル | 23位 | 56.26 m |
1989年 | 1989年アジア陸上競技選手権大会 | ニューデリー | 3位 | 55.30 m[18] |
1990年 | 1990年アジア競技大会 | 北京 | 3位 | 56.04 m |
脚注
[編集]- ^ <ハローオリンピズム事業>JOCオリンピアン研修会東京会場 -実施報告書- (PDF) - 日本オリンピック委員会(2017年3月11日、4ページ目を参照)2022年6月18日閲覧。
- ^ 「女子やり投げ」の写真・グラフィックス・映像 - 共同通信社(2022年6月18日閲覧)
- ^ 日本代表選手団記録検索 - 日本オリンピック委員会(「松井江美」での検索結果)
- ^ 「松井江美先輩の記念碑(美作百景16)」(http://mimasaka90.blog27.fc2.com/blog-entry-140.html) - 「こちら、美作高校」(岡山県美作高等学校ブログ、2006年8月3日)2022年6月18日閲覧。
- ^ 岡山県美作高等学校 the 100th anniversary (PDF) - 岡山県美作高等学校(2015年、PDF4シート目「美作高等学校100年のあゆみ」を参照)2022年6月18日閲覧。
- ^ a b 過去の優勝者 女子やり投 - 日本陸上競技連盟(第99回日本陸上競技選手権大会ウェブサイト)2022年6月18日閲覧。
- ^ a b Asian Games - GBR Athletics(英語)
- ^ a b Emi Matsui - 国際陸上競技連盟(2022年6月18日閲覧。Result In"のプルダウンで年号を選択すると出場大会と結果が表示される)
- ^ 鉄人・室伏重信のページ - 室伏由佳公式ウェブサイト
- ^ 中京大学陸上競技部歴代主将・主務 - 中京大学陸上競技部
- ^ 江崎杯・梅村杯・理事長杯 - 中京大学スポーツ
- ^ 「バブル崩壊のあおり 「大京」陸上部が年内で解散」『読売新聞』1992年12月27日、15面。
- ^ 「陸上 東アジア大会代表選考会第1日 苅部が男子」『読売新聞』1993年4月18日、17面。
- ^ 女子やり投マスターズ陸上日本記録 - 埼玉マスターズ陸上競技連盟(2022年6月18日閲覧)
- ^ 陸マガ(陸上競技マガジン) [@rikumaga] (2015年10月16日). "ユース女子やり投は岡林選手が高2歴代7位の51m94を6回目に投げて優勝!". X(旧Twitter)より2022年6月18日閲覧。
- ^ 陸連時報2013年1月号 (PDF) - 日本陸上競技連盟(p.169を参照)2022年6月18日閲覧
- ^ 大阪陸上競技協会功労賞・優秀指導者賞受賞者 (PDF) - 大阪陸上競技協会(p.23を参照)2022年6月18日閲覧。
- ^ a b Asian Championships - GBR Athletics(英語)2022年6月18日閲覧。
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