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下地亜記子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

下地 亜記子(しもじ あきこ、1943年12月5日 - 2016年11月17日[1])は、日本の作詞家三重県出身。

略歴

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上京後、学習研究社勤務を経てコピーライターに転身。その後、デザイン編集事務所を設立。離婚後、自宅で子育てをしながら生活する必要に迫られ、作詞の勉強を始めた。

1983年、東京ロマンチカの『また逢えるような顔をして』で作詞家デビュー。

2016年11月17日、肺がんにより死去。72歳没[1]

デビュー曲を提供された市川由紀乃はブログで「下地先生との思い出を大事に、私は、歌い続けてまいります」とコメントした[2]水森かおりは「先生の作品をこれからも大切に歌い続けます!」[3]山内惠介は「先生、素晴らしい作品をどうもありがとうございました。これからもずっと、大切に歌い続けます」[4]北山たけしは「先生が心を込めて作ってくれた曲を大切に歌って行きたいと思います」[5]花咲ゆき美は「下地先生のあの優しい話し方や笑顔を忘れません!先生、本当にありがとうございました」[6]と、それぞれブログでコメントした。

2024年、岐阜県本巣市淡墨公園内に代表作[7]『淡墨桜』(石原詢子)の歌碑が建立された[8]

作詞楽曲

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脚注

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出典

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  1. ^ a b “作詞家下地亜記子さん肺がんで死去 72歳”. 日刊スポーツ. (2016年11月20日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/1740973.html 2016年11月20日閲覧。 
  2. ^ 市川由紀乃『下地先生、ありがとうございました。』”. 市川由紀乃オフィシャルブログ「由紀乃結晶」Powered by Ameba. 2023年2月24日閲覧。
  3. ^ 水森かおり『昨日の続き』”. 水森かおりオフィシャルブログ Powered by Ameba. 2023年2月24日閲覧。
  4. ^ 山内惠介『熱唱ライブ in 長良川』”. 山内惠介オフィシャルブログ「KEISUKE日記」Powered by Ameba. 2023年2月24日閲覧。
  5. ^ 北山たけし『審査会特別賞。』”. 北山たけしオフィシャルブログ「演歌魂」Powered by Ameba. 2023年2月24日閲覧。
  6. ^ 花咲ゆき美『突然の悲報』”. 花咲ゆき美オフィシャルブログ「妖精のささやき」Powered by Ameba. 2023年2月24日閲覧。
  7. ^ 作詞家・下地亜記子氏 死去”. うたのかネット (2016年11月20日). 2024年11月22日閲覧。
  8. ^ 石原詢子さん「淡墨桜」の歌碑建立 岐阜・淡墨公園で”. 日本経済新聞 (2024年4月4日). 2024年11月22日閲覧。

外部リンク

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