ツルマルボーイ
ツルマルボーイ | ||||||||||||
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2004年10月31日 東京競馬場 | ||||||||||||
欧字表記 | Tsurumaru Boy | |||||||||||
品種 | サラブレッド | |||||||||||
性別 | 牡→騸 | |||||||||||
毛色 | 鹿毛 | |||||||||||
生誕 | 1998年3月5日(26歳) | |||||||||||
抹消日 | 2005年1月5日[1] | |||||||||||
父 | ダンスインザダーク | |||||||||||
母 | ツルマルガール | |||||||||||
母の父 | サッカーボーイ | |||||||||||
生国 | 日本(北海道門別町) | |||||||||||
生産者 | 浜本牧場 | |||||||||||
馬主 | 鶴田任男 | |||||||||||
調教師 | 橋口弘次郎(栗東) | |||||||||||
競走成績 | ||||||||||||
生涯成績 | 32戦7勝 | |||||||||||
獲得賞金 | 5億8292万4000円 | |||||||||||
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ツルマルボーイ(欧字名:Tsurumaru Boy、1998年3月5日 - )は日本の競走馬および種牡馬である[2]。主な勝ち鞍は、2004年の安田記念(GI)、2002年の金鯱賞(GII)、中京記念(GIII)[2]。
父と母を管理した橋口弘次郎厩舎に所属していた。
戦績
[編集]2歳・3歳時
[編集]2000年の夏、小倉競馬でデビューし勝利。その後は小倉3歳ステークス(当時)など、重賞やオープン特別に出走するが、上位人気に応えられない競馬が続いていた。2001年春、自己条件(500万下条件)に戻って2戦目の矢車賞で2勝目を挙げる。その後は同年の冬まで休養し、復帰後も勝利はなくその年は条件馬として終わる。
4歳時
[編集]年明け早々の1000万下条件を勝利し、続く飛鳥ステークス(1600万下条件)を3着。格上挑戦となった中京記念で重賞初勝利を飾る。その後、大阪杯5着を経て、メトロポリタンステークス優勝、中京記念と同舞台の金鯱賞ではエアシャカールを差し切り優勝した。GI初挑戦となった宝塚記念ではダンツフレームにクビ差及ばず2着と惜敗。秋は京都大賞典2着のあと、天皇賞(秋)では11着と惨敗を喫する。このあと、蕁麻疹のため翌年まで休養する。
5歳時
[編集]GI路線の常連となるが、天皇賞(春)は4着、宝塚記念、天皇賞(秋)は連続2着、ジャパンカップは重馬場のなか15着と大敗、有馬記念は4着と、あと一息のところでなかなかGIに手が届かず、もどかしい競馬が続いた。
6歳時
[編集]緒戦となった大阪杯6着後、天皇賞(春)を回避し安田記念に出走。騎手もそれまでの横山典弘から安藤勝己へと乗り変わる。単勝6番人気であったが差し切り念願のGI初制覇を飾る。その年の有馬記念8着を最後に現役を引退し、種牡馬となる。
エピソード
[編集]- オーナーサイドから当時JRA移籍2年目であった安藤勝己に乗ってもらいたいという要望があり、安田記念での初騎乗になった[3]。(結果は見事にGI初制覇。)
- 安田記念当日の朝、雨が降っているのを見て橋口弘次郎調教師は「〝これは勝負にならん〟と思ったから、もう東京競馬場には行かず、そのまま新幹線に乗ろうかと思ったよ」と冗談交じりに語っている[3]。
競走成績
[編集]以下の内容は、netkeiba.comの情報に基づく[4]。
競走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離(馬場) | 頭数 | 枠番 | 馬番 | オッズ
(人気) |
着順 | タイム
(上がり3F) |
着差 | 騎手 | 斤量[kg] | 1着馬(2着馬) | 馬体重 |
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2000.7.15 | 小倉 | 3歳新馬 | 芝1200m(良) | 10 | 5 | 5 | 4.1( 3人) | 1着 | 1:10.0(35.1) | 0.0 | 高橋亮 | 53 | (ブラックシルエット) | 448 | |
9. 3 | 小倉 | 小倉3歳S | GIII | 芝1200m(重) | 17 | 4 | 8 | 4.1( 1人) | 10着 | 1:12.3(37.0) | 1.2 | 高橋亮 | 53 | リキセレナード | 442 |
10.14 | 京都 | デイリー杯3歳S | GII | 芝1600m(良) | 14 | 4 | 6 | 5.8( 3人) | 5着 | 1:35.0(35.7) | 0.4 | 松永幹夫 | 53 | フジノテンビー | 436 |
11.12 | 京都 | 京都3歳S | OP | 芝1800m(良) | 6 | 2 | 2 | 5.1( 3人) | 4着 | 1:49.2(35.7) | 0.6 | 松永幹夫 | 54 | シャワーパーティー | 434 |
12.17 | 中京 | 中京3歳S | OP | 芝1800m(良) | 15 | 5 | 8 | 5.8( 2人) | 5着 | 1:50.1(35.6) | 0.4 | 高橋亮 | 54 | チアズブライトリー | 432 |
2001.1. 8 | 京都 | シンザン記念 | GIII | 芝1600m(稍) | 16 | 1 | 1 | 7.5( 3人) | 6着 | 1:35.8(36.6) | 0.4 | 高橋亮 | 55 | ダービーレグノ | 434 |
4.15 | 阪神 | 君子蘭賞 | 500万 | 芝1600m(良) | 18 | 3 | 5 | 3.5( 2人) | 7着 | 1:36.3(35.5) | 0.5 | 高橋亮 | 55 | シゲルフェニックス | 434 |
5.13 | 京都 | 矢車賞 | 500万 | 芝1800m(良) | 12 | 1 | 1 | 3.6( 2人) | 1着 | 1:46.2(33.4) | -0.2 | 河内洋 | 55 | (ホッコーダグラス) | 428 |
11.24 | 京都 | 3歳上1000万下 | 芝1400m(良) | 12 | 2 | 2 | 6.9( 4人) | 2着 | 1:22.3(33.6) | 0.4 | 河内洋 | 55 | フジヤマシンゲキ | 456 | |
12.16 | 阪神 | 3歳上1000万下 | 芝1600m(良) | 15 | 3 | 5 | 4.3( 2人) | 9着 | 1:35.4(35.1) | 1.0 | 河内洋 | 55 | ミレニアムバイオ | 458 | |
12.23 | 阪神 | クリスマスキャロルH | 1600万 | 芝2200m(良) | 10 | 1 | 1 | 7.7( 4人) | 3着 | 2:13.4(35.8) | 0.3 | 松永幹夫 | 53 | トップコマンダー | 456 |
2002.1.12 | 京都 | 4歳上1000万下 | 芝1800m(良) | 10 | 8 | 9 | 1.8( 1人) | 1着 | 1:48.0(34.8) | 0.0 | 河内洋 | 56 | (ハートランドヒリュ) | 450 | |
2.10 | 京都 | 飛鳥S | 1600万 | 芝2000m(良) | 13 | 5 | 7 | 6.9( 5人) | 3着 | 2:01.1(33.8) | 0.2 | 河内洋 | 56 | キングフィデリア | 448 |
3. 3 | 中京 | 中京記念 | GIII | 芝2000m(良) | 14 | 8 | 14 | 5.5( 3人) | 1着 | 1:59.4(35.1) | -0.8 | 河内洋 | 53 | (アンクルスーパー) | 446 |
3.31 | 阪神 | 産経大阪杯 | GII | 芝2000m(良) | 14 | 4 | 5 | 10.4( 5人) | 5着 | 2:00.0(34.7) | 0.9 | 河内洋 | 57 | サンライズペガサス | 446 |
4.21 | 東京 | メトロポリタンS | OP | 芝2300m(稍) | 11 | 6 | 6 | 7.0( 4人) | 1着 | 2:20.7(35.8) | -0.2 | 横山典弘 | 55 | (レディパステル) | 442 |
5.25 | 中京 | 金鯱賞 | GII | 芝2000m(良) | 18 | 5 | 9 | 3.7( 2人) | 1着 | 1:58.3(35.0) | -0.2 | 横山典弘 | 57 | (エアシャカール) | 448 |
6.23 | 阪神 | 宝塚記念 | GI | 芝2200m(良) | 12 | 7 | 9 | 9.3( 4人) | 2着 | 2:12.9(34.5) | 0.0 | 河内洋 | 58 | ダンツフレーム | 454 |
10. 6 | 京都 | 京都大賞典 | GII | 芝2400m(良) | 8 | 4 | 4 | 2.7( 2人) | 2着 | 2:24.0(34.2) | 0.4 | 河内洋 | 58 | ナリタトップロード | 466 |
10.27 | 中山 | 天皇賞(秋) | GI | 芝2000m(良) | 18 | 4 | 7 | 13.5( 7人) | 11着 | 1:59.3(34.2) | 0.8 | 河内洋 | 58 | シンボリクリスエス | 460 |
2003.4. 6 | 阪神 | 産経大阪杯 | GII | 芝2000m(良) | 15 | 7 | 13 | 3.9( 2人) | 3着 | 1:59.3(34.3) | 0.2 | 武豊 | 58 | タガノマイバッハ | 470 |
5. 4 | 京都 | 天皇賞(春) | GI | 芝3200m(良) | 18 | 2 | 4 | 6.9( 2人) | 4着 | 3:17.3(35.7) | 0.3 | 横山典弘 | 58 | ヒシミラクル | 460 |
5.31 | 中京 | 金鯱賞 | GII | 芝2000m(稍) | 14 | 4 | 5 | 3.5( 1人) | 2着 | 1:59.0(35.1) | 0.1 | 横山典弘 | 58 | タップダンスシチー | 458 |
6.29 | 阪神 | 宝塚記念 | GI | 芝2200m(良) | 17 | 5 | 9 | 30.4( 8人) | 2着 | 2:12.0(35.6) | 0.0 | 横山典弘 | 58 | ヒシミラクル | 458 |
11. 2 | 東京 | 天皇賞(秋) | GI | 芝2000m(良) | 18 | 4 | 7 | 9.6( 5人) | 2着 | 1:58.2(33.1) | 0.2 | 横山典弘 | 58 | シンボリクリスエス | 460 |
11.30 | 東京 | ジャパンC | GI | 芝2400m(重) | 18 | 4 | 7 | 20.6( 9人) | 15着 | 2:31.9(38.1) | 3.2 | 横山典弘 | 57 | タップダンスシチー | 462 |
12.28 | 中山 | 有馬記念 | GI | 芝2500m(良) | 12 | 1 | 1 | 13.2( 6人) | 4着 | 2:32.2(35.2) | 1.7 | 横山典弘 | 57 | シンボリクリスエス | 454 |
2004.4. 4 | 阪神 | 産経大阪杯 | GII | 芝2000m(稍) | 11 | 1 | 1 | 7.6( 4人) | 6着 | 2:00.1(35.0) | 0.5 | 横山典弘 | 57 | ネオユニヴァース | 468 |
6. 6 | 東京 | 安田記念 | GI | 芝1600m(稍) | 18 | 7 | 14 | 11.3( 6人) | 1着 | 1:32.6(34.0) | 0.0 | 安藤勝己 | 58 | (テレグノシス) | 460 |
6.27 | 阪神 | 宝塚記念 | GI | 芝2200m(良) | 15 | 7 | 13 | 7.0( 4人) | 6着 | 2:12.3(34.5) | 1.2 | 安藤勝己 | 58 | タップダンスシチー | 458 |
10.31 | 東京 | 天皇賞(秋) | GI | 芝2000m(稍) | 17 | 3 | 5 | 8.6( 3人) | 4着 | 1:59.3(34.5) | 0.4 | 蛯名正義 | 58 | ゼンノロブロイ | 464 |
12.26 | 中山 | 有馬記念 | GI | 芝2500m(良) | 15 | 7 | 13 | 15.5( 7人) | 8着 | 2:30.5(35.1) | 1.0 | 蛯名正義 | 57 | ゼンノロブロイ | 462 |
種牡馬時代
[編集]2005年よりダンスインザダーク産駒初の後継種牡馬としてアロースタッドで繋養され、初年度は57頭に種付けを行い、その後32頭が血統登録された。 2008年、初年度産駒が競走馬デビューし、6月24日に旭川競馬場で行われた2歳未勝利戦をピエールフラミンゴが制し、産駒が初勝利を挙げた。2006年産の牡馬シャアはオープン入りし、オープン特別競走・オアシスステークスで2着するなど活躍している。しかし産駒のオープン入りはそのシャア一頭で、2006年は19頭、2007年は5頭、2008年は4頭と毎年種付数が減少していたことに加え父ダンスインザダーク自身が種牡馬として健在だったこともあり、2008年の繁殖シーズンをもって種牡馬を引退し、ノーザンホースパークで乗馬になった[5]。
主な産駒
[編集]- シャア(2012年ステイヤーズカップ)
母の父としての主な産駒
[編集]- ディアマルコ(父スパイキュール) - のじぎく賞、高知優駿、兵庫サマークイーン賞3回、黒潮菊花賞、土佐秋月賞、佐賀ヴィーナスカップ、秋桜賞
種牡馬引退後
[編集]4年間過ごしたアロースタッドを9月24日に退厩し、去勢手術を受けた後、10月1日乗用馬としてノーザンホースパークに入場した。2009年7月28日、乗馬競技デビューに向けて訓練中と報じられた[6]。2011年10月に福島県天栄村にあるノーザンファーム天栄に移り、牧場スタッフの乗馬練習用の練習馬となった[7]。
その後、2019年11月に埼玉県本庄市の駿ホースクラブに移っている[8]。2020年に引退名馬繋養展示事業の助成対象馬となった。
血統表
[編集]ツルマルボーイの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | サンデーサイレンス系 |
[§ 2] | ||
父 ダンスインザダーク 1993 鹿毛 |
父の父 *サンデーサイレンスSunday Silence 1986 青鹿毛 |
Halo | Hail to Reason | |
Cosmah | ||||
Wishing Well | Understanding | |||
Mountain Flower | ||||
父の母 *ダンシングキイDancing Key 1983 鹿毛 |
Nijinsky | Northern Dancer | ||
Flaming Page | ||||
Key Partner | Key to the Mint | |||
Native Partner | ||||
母 ツルマルガール 1991 栃栗毛 |
サッカーボーイ 1985 栃栗毛 |
*ディクタス | Sanctus | |
Doronic | ||||
ダイナサッシュ | *ノーザンテースト | |||
*ロイヤルサッシュ | ||||
母の母 エプソムガール1978 黒鹿毛 |
アローエクスプレス | *スパニッシュイクスプレス | ||
*ソーダストリーム | ||||
ゲシー | *ダイハード | |||
ジヤヌワ | ||||
母系(F-No.) | エスサーディー系(FN:6-a) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | Northern Dancer 4×5 = 9.375% | [§ 4] | ||
出典 |
- 母は朝日チャレンジカップ、小倉日経オープン、スイートピーステークスの勝ち馬。叔父に中日新聞杯、カブトヤマ記念を制したツルマルガイセン。全妹ツルマルシスターは野路菊ステークスの勝ち馬。
脚注
[編集]- ^ “ツルマルボーイ引退、種牡馬に”. ラジオNIKKEI. 2022年4月16日閲覧。
- ^ a b “ツルマルボーイ”. JBISサーチ. 2020年7月8日閲覧。
- ^ a b “【安田記念】ツルマルボーイ 知られざる路線変更のきっかけ – 東京スポーツ新聞社”. 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社. 2021年6月8日閲覧。
- ^ “ツルマルボーイの競走成績 | 競走馬データ”. netkeiba.com. 2020年7月8日閲覧。
- ^ “ツルマルボーイ種牡馬引退”. スポーツ報知 2008年9月26日閲覧。
- ^ “ツルマルボーイ乗馬競技で年内デビューへ”. 日刊スポーツ. 2009年7月28日閲覧。
- ^ 東京スポーツ・2011年11月3日付 18面「みちのく調教基地 ノーザンファーム天栄発」
- ^ “近況”. 引退名馬 (2019年11月). 2021年12月12日閲覧。
- ^ a b c “血統情報:5代血統表|ツルマルボーイ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2015年10月1日閲覧。
- ^ “ツルマルボーイの種牡馬情報”. 競馬ラボ. 2020年5月26日閲覧。
外部リンク
[編集]- 競走馬成績と情報 netkeiba、スポーツナビ、JBISサーチ、Racing Post
- ツルマルボーイ - 競走馬のふるさと案内所
- ツルマルボーイ - 引退名馬(名馬.jp)
- しりある【ツルマル様のシモベ】 - 駿ホースクラブ職員によるYouTubeチャンネル