本しゃぶり

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好きな戒律をトッピングするプラン

もし新たに宗教を作るならどうするか。
俺なら戒律を各自が好きなように設定する形としたい。

俺は既に宗教とは無関係にやっているわけだが。

俺の考える最強の宗教

最近こんな増田を見た。

これ対し、こうコメントした。

実のところ、割とマジにそう思っている。

宗教は様々な要素から成立しているが、その中で戒律は現実の行動に紐付いている。しかも基本的に戒律を守ることと信仰心は関係ない。重要なのは「どう振る舞うか」であって、「何を信じるか」ではないのだ*1。実際、仏教の「戒」において基本となる「五戒」は全て行動規範であり、信仰心の無い俺ですら2つは完璧に守っている*2。そのために馬鹿げた物語を信じる必要はない。

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Niklas Jansson, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

信仰心が無いなら戒律も不要ではないか、そう思う人もいるだろう。そんなことはない。戒律で行動を制限することは、より良い人生を送る助けとなる。それはブコメで挙げたように「宗教上の理由で」と言えることもあるが、この決め台詞が使えなくても戒律は有用である。本記事では信仰から独立した戒律の有効性について書きたい。

もっとも、「戒律」という言葉を使うとどうしても宗教っぽさが出る。ここは現代的に「縛り」と呼ぶことにしよう*3。

当事者になる前に判断する

まず「縛り」の意義とやり方を示す。これが全てだ。

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Léon Belly, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

英雄オデュッセウスは、セイレーンのいる海域を通る際に、自らをマストに縛り付けるよう部下に命じた。セイレーンの歌声は美しく、聴いた者を惑わせる効果を持つ。オデュッセウスは安全に歌声を楽しむため、自分が正気を失ってもセイレーンの下へ行かぬように準備したのである。

この逸話から学べることは3つある。1つ目は当事者は冷静な判断ができないということ。2つ目は誘惑に打ち勝つには徹底した準備が大切ということ。そして3つ目は、他人の力を借りることが有効であるということだ。

まず1つ目について。冷静沈着なオデュッセウスでさえ、分かっていても実際にセイレーンの歌声を聞くと抵抗できなくなってしまった。我々の周囲にセイレーンの歌声は多い。例えばダイエット時にはよく聞こえるのではないか。

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Dave Crosby, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons, Link

甘いものは控えた方がいい。分かってはいても目の前に出されて「一つ食べる?」と言われたら、柔軟な対応をしてしまう人は多い。「昨日は甘いものを食べていないから実質半分」「穴が開いている分低カロリー」そう自分を説得して手を伸ばす。今食べても甘いものを控えていることには変わりないと。

仮に強力な意志の力をもってして、ドーナツを退けられたとしても試練はまだ続いている。その場で我慢の判断を下すことは、意志力を消耗するからだ。

ミネソタ大学ツインシティー校のキャスリーン・D・フォースらが行った実験では、被験者たちにコンピュータを使った課題を与えた*4。この時、被験者たちのいる部屋にはお菓子が置かれていたが、被験者によってお菓子との距離は異なっていた。課題終了後、被験者はアイスクリームを食べていいと言われる。お菓子との距離が近かった被験者は、遠かった被験者よりも多くのアイスを食べたという。

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我慢した分だけ見返りが欲しい

このように当事者になってから判断するのは危険な行為である。誘惑は強く、打ち勝ったとしても消耗してしまう。今これを食べていいのか、食べたら代わりに何をすべきか。こういったことを考えるほど頭の中はスイーツでいっぱいになり、更にダイエットが辛くなってしまう。

そこで「縛り」である。事が起きる前に判断を下しておくのだ。

以前にアクション・トリガーという心理的な計画方法を紹介したことがある*5。余裕のあるうちに客観的な視点から判断を下しておき、その時が来たら反射的に行動するようにしておく手法だ。

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最も有名なアクション・トリガー

「縛り」もアクション・トリガーと同様に、意思決定の「事前装填」を行っている。そのため当事者になっても惑わされることはない。予め決めた通り「やらない」だけだからだ。

また、優れた縛りはシンプルなので、認知資源の消耗も最低限で済む。「酒を飲まない」「お菓子を食べない」「マストから離れない」こういった縛りを実行するのに、いちいちトレードオフを考える必要はない。だから頭の中が誘惑にまつわる要素でいっぱいにならず、他のことを考えられる。ルールの複雑さとダイエットの持続を調べた研究では、こう述べている*6。

「認識されるルールの複雑さは、認知能力を必要とするダイエットプログラムをやめるリスク増加と関係する、最も強い因子だった」

なので俺も最近は食事に関してシンプルな縛りを課している。

今年に入ってから体重が増加していた。合わせて体脂肪率も増加していたので、単純に太りつつあるということだ。2月から3月にかけては「食事のカロリーを減らそう」くらいの意識でいたが、3月も増加を続け、これではダメだと悟る。

そこで4月からは、「昼食は800kcal以下」と縛りを課した。結果、順調に元の体重に戻りつつある*7。実際やっていて思うのは、昼食時に悩む必要が無くて楽だということだ。メニューを選ぶ際、運動量や昨日の食事を考える必要はない。ただカロリーと好みだけを気にすればいい。

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2021年の体重推移

だが俺のダイエット程度なら自らに誓うだけで縛りが機能するが、より強力な誘惑に晒される状況では負けてしまう。そんな時はオデュッセウスのように他人の力を借りるべきだ。制約を開示するのである。

続けるほどに強くなる

『独学大全』で紹介される技法の一つに「ゲートキーパー」がある。これは自分のやるべきことを繰り返し会う人やSNSなどに開示し、自分は必ず行うのだと誓約するものだ。開示された相手は特に何かをしなくてもいい*8。開示したという事実が大切なのだ。

人は他人から良く見られたい。そして一般的に、有言実行であるのが立派な人間だ。だから人は他人に行動予定を開示するだけで、実行できる可能性が高まるのである。

行為は真逆だが、縛りも同様だ。「やらないこと」を開示することで覚悟が定まり、守りやすくなる。

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José Juan Camarón y Meliá, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

さらに縛りを開示し、守り続けることを周囲に見せることで、縛りはより強固となる。

ゲーム理論におけるチキンゲームには必勝法があるという話を知っているだろうか。

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ゲーム理論におけるチキンレース

正解は「相手より先にハンドルを外して投げ捨てる」である。ハンドルを外してしまえば、避けたくても避けられない。だから相手が避けるしかなく、勝てるというわけだ*9。

縛りにおいてもハンドルを投げ捨てるべきだ。「宗教上の理由で」という決め台詞は、まさにそれを意味する。これが使えないなら頑なに守るところを見せ、他に選択肢は無いことを示すのが良い。そうすれば周囲は受け入れるようになり、上手く行けば配慮もしてくれる。

例えば俺は不飲酒戒を10年くらい守り続けており、これまでの飲酒は累計して500mlにも満たない。就職してからは公私関わらず一滴も口にしていない。そのため飲み会の場では、俺の前には最初から烏龍茶が置かれている。稀に俺のことを知らない人が酒を持ってきても、周囲の人が「彼は酒を飲まないから」と言ってくれる。勝手に酒が遠ざかるようになったのだ。

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Leonardo da Vinci, Public domain, via Wikimedia Commons, Link

従って長く守り通している縛りほど、守るのはより簡単になる。そして縛りが慣習になってしまえばこちらのものだ。ピンダロスが歌ったように「慣習こそ万象の王」なのだから。

以上が縛りの意義と特性である。適切な縛りは選択肢と柔軟性を犠牲にすることで、「すべきでない」ことを遠ざけてくれる。ではどのように縛りを作ればいいのか。

縛りを課すコツ

宗教の戒律ならば縛りは天から付与される (ことになっている) が、宗教から離れた縛りは自ら作り出さなくてはいけない。それにはいくつかのポイントがある。

まずは「言い逃れの余地が無い」ことだ。縛りは守っていることが明確でないといけない。だから理想は「してはならない」である。「酒を飲んではならない」なら守っているかどうか明確だ。対して「酒は控えめにする」だと言い逃れの余地がある。1口だけ飲むことが控えめなら、もう1口飲むことも控えめとなる。蟻の一穴を看過してはならない。

次に「シンプルである」ことだ。ダイエットの研究で言われている通り、単純で認知的負荷が少ないルールほど守りやすい。「昼食を800kcal以下」なら確認は簡単だが、「一日の食事を2400kcal以下」だとトレードオフを考える必要がある*10。なるべく条件は付けずに禁じた方が良い。

そして最後に例外を認めないことである。一度例外を認めると、例外が次々と増えることになる。それに例外に当てはまるかどうか判断の必要が生じ、意思決定の事前装填とはならなくなる。せいぜい意図しなかった場合や緊急時くらいにすべきではないか。

参考に、縛りを課している有名人の例を紹介しよう。『イノベーションのジレンマ』で有名なクレイトン・クリステンセンである。

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World Economic Forum from Cologny, Switzerland, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons, Link

クリステンセンは若い頃に、仕事に専念したことで家族崩壊してしまった管理職の人間を大勢見てきた。そこで自分はそうはならないと「週末に仕事をしない」「平日は家で家族と夕食をともにする」を縛りとして自らに課したのだ。彼はこれを頑なに守り通す。そのためには朝の3時に仕事に出ることもあったという。

明確で、シンプルで、例外を認めない。このルールに従って縛りを作るといい。そうすれば縛りは強固なものとなる。その縛りはあなたの生活から迷いを無くし、人生を豊かにしてくれるだろう。

終わりに

現代では宗教を信じる気にはならない。少なくとも俺はそうだ。真偽不明なことについて、ある説を正しいと仮定することは理解できる。しかし検証もされていないことを絶対的に正しいと信じることは無理だ。だいたいこれまで絶対的に正しいとされてきたことが、次々と間違いだと分かっているというのに。

とはいえ、宗教で使われている要素全てが使えないと切り捨てるのも間違っていると思う。何かしらの有効性があるからこそ、千年単位の時を超えて伝わっているのだろう。マインドフルネスがいい例だ。ただのスピリチュアルな行為ではなく、脳科学的に効果があるという研究がいろいろ登場している*11。

戒律も同じだと思う。ただの法律としてだけでなく、行動規範を守らせる仕組みとして戒律は有効なのではないか。ならば使わない手はない。だから俺は自分に縛りを課すのである。

なお、縛りに例外は無いほうが良いが、「見直し」は定期的にした方がいいと思う*12。状況が変化したら縛りが意味をなさないこともある。縛りは必要だが、これは人に仕えるものであり、主人ではない。そこを間違えてはいけない。

参考書籍

本記事を書くのに参考にした本。

『Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法』

様々な研究を根拠に、より良い振る舞いや思考について教える本。このブログで紹介した中だと『残酷すぎる成功法則』に近いが、本書の方がより自己啓発っぽい内容。

本記事の考え方は本書の6章『戦略的に「頑固」になろう』が中心になっている。クレイトン・クリステンセンの逸話も本書で紹介されていたもの。

『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』

このブログで紹介するのは3回目。なぜ人は欠乏状態に陥るのかを説明した本。タイトルは後半が本質で、「時間がない」は欠乏の一例に過ぎない。

ダイエット関連の話は基本的に本書から。ダイエットは「摂取できるカロリーの欠乏」を生むということで、繰り返し取り上げられている。時間が無い人だけでなく、ダイエットが上手く行かない人にもおすすめの本。

『スイッチ!』

このブログで紹介するのは7回目。またこれかよと思う読者も多いはず。自分や他人の行動を変化させるためにはどうしたらいいかを書いた本。

アクション・トリガーの話は本書から。あと直接は引用しなかったが、縛りのこつは本書で紹介される目標の作り方とほとんど同じである。違いは行動を「起こさせる」か「禁ずる」かであって、本質的には同じことだから当然だろう。

『独学大全』

本文中でも名前が登場した通り、ゲートキーパーの話は本書から。またオデュッセウスもゲートキーパーの話に登場することから俺も使った。

はてなブログを読むような人なら今更紹介する必要は無い、読書猿の本。どんな本か知りたい人は以下の記事を読むといい。

行動を縛るより開始したい人向けの記事

*1:パウロのやつが聞いたら激怒しそうだ。でも俺は相手が何を信じているかより、何をしてくれるかの方が大事なので。

*2:最も重要な戒である不飲酒戒を達成しているのだから、俺の徳は高い。

*3:「制約と誓約」だとちょっと長い。

*4:Self-Regulatory Failure: A Resource-Depletion Approach | Request PDF

*5:最初の一歩を踏み出すという汎用的な技術 - 本しゃぶり

*6:[PDF] When weight management lasts. Lower perceived rule complexity increases adherence | Semantic Scholar

*7:体重が減った要因は他にもあるかもしれないが、昼食の影響は大きいと思う。これまでは1,000kcalを超えるメニューも普通に食べていたし。

*8:もちろん賞罰の管理人になってもらえたらより効果的なのは言うまでもない。

*9:相手も同時にハンドルを投げ捨てたらダメだし、相手がぶっ飛んでいて何をしようが突っ込んでくるタイプだと意味が無いが。

*10:もっとも、昼食だけでも複数のメニューの合計カロリーを計算する必要があるのなら簡単なルールとは言えない。俺がこのルールを簡単だと認識しているのは、いつも定食を頼んでいるからだ。

*11:瞑想の意味についてはこの記事にいくつか書いた。 暇だから瞑想で象使いを鍛え上げる - 本しゃぶり

*12:感覚としては長期分散投資のリバランスと同じように行うのが適切だろう。