青春ゾンビ

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藤子・F・不二雄『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』

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反乱軍によるクーデターにより追い詰められた大統領がロケットで宇宙空間に脱出・・・そんな遠い星でのできごとが、地球の少年たちが部屋の一室で撮影に興じるミニチュア特撮「宇宙大戦争」と同期していく。このマクロとミクロの交錯、そのことで生じる奇跡のようなワンダーこそが、映画ドラえもんの本質である。武田鉄矢が『藤子・F・不二雄大全集』に寄せた文章の中にこんな一節がある。

たとえば、巻き貝と銀河系は、うずの巻き方が同じだということをご存知でしょうか。そこには、ものすごく小さなものとものすごく巨大なものが、なぜか同期している不思議さを感じます。自然界で単独に存在しているものは何ひとつなく、すべてのものが何かと同期したりシンクロしたりしながら宇宙の一部であり続けているのです。そうした自然観や宇宙観がドラえもんの世界にはふさわしいと、いつの頃からか私は考えるようになりました。

まったく痺れてしまう。武田鉄矢*1はあまりにも偉大な藤子・F・不二雄の理解者である。映画1作目『ドラえもん のび太の恐竜』の主題歌であり、テレビシリーズでも頻繁に使用された名曲「ポケットの中に」*2の作詞も武田鉄矢によるものだ。そこにはこんなラインがある。

ボクはここにいる 君の目の前に
君がおとなに なるまでは
あそびつづけよう ボクといっしょに


原作の短編やテレビシリーズにおいてはひた隠しにされている、いつかは訪れるはずのドラえもんとのび太の”別れ”。『ドラえもん のび太の恐竜』の中で描かれるピー助との別離によって、その予感がボンヤリと浮かび上がっていく様を見事に詩の中に落とし込んでいる。『ドラえもんの のび太の宇宙小戦争』におけるメインテーマである「少年期」もまた、実に的確に「映画ドラえもん」の核を捉えてしまっている。

悲しい時には 町のはずれで
電信柱の明り見てた
七つの僕には 不思議だった
涙うかべて 見上げたら
虹のかけらが キラキラ光る

この叙情性こそが、テレビシリーズと映画版の差異と言っていいだろう。幼き頃の、日常の何気ない風景が星空瞬く宇宙空間と繋がってしまう不思議。

あぁ 僕はどうして大人になるんだろう
あぁ 僕はいつ頃 大人になるんだろう

そして、何よりこのサビのラインである。短編の『ドラえもん』がのび太達の変わらない日常を描き続けていくものだとしたら、のび太の勇敢さやジャイアンの優しさが顔を覗かせる「映画ドラえもん」というのは “成長していくこと”を捉えた、“変化”の物語である。映画の中でのび太達は、いつもの町を抜け出し、太古の時代、宇宙、魔界といった異世界の友人たちとのいくつものハローグッバイを重ねながら成長していく。少年たちは、少し不思議な想像力の世界の中で、そのイマジネーションを“誰かのことを想う”力に置き換えながら大人になっていく。


この『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』における少年たちの成長は、戦争の凄惨さを肌で実感していくことでなされる。中でのもスネ夫は、戦争の恐怖に飲み込まれ、身動きがとれなくなってしまう(普通の少年であれば、当然のことだ)。

そりゃあわたしだってこわいわよ。
でも…、このまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまりみじめじゃない
やれるだけのことを、やるしかないんだわ。

と、戦車に乗り込み立ち向かう静香の姿は感動を呼ぶが、それよりも重要なのはスネ夫がしっかりと戦争に怯えていることだろう。ミニチュア特撮「宇宙大戦争」においてあまりに無邪気に爆発させていたシャトルの一つ一つにパイロットがいて、その爆発は、戦争は、彼らのささやかな営みを奪ってしまうことなのだと少年たちが肌で感じていく。想像力とは、他者を思いやるためのものだ。コロナウィルスの蔓延によって公開が遅れたことにより、奇妙にも現在の国際情勢とリンクしてしまったリメイク版『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』もまた、まさに今観るべき1本に仕上がっていると言えるだろう。


余談にはなるが、『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』において、静香によるリリカちゃんとウサギちゃんの映画撮影シーンが抜け落ちているのは少し残念。あの”ウサギの失踪”というモチーフが、日常への異世界の浸食が見事に表現されていた。そして、ウサギに導かれて異星人パピが現れ、のび太たちも姿を小さくしていくというストーリーテリングには、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』が重ねられていることに気づくだろう。『ドラえもんの のび太の宇宙小戦争』というのは、藤子・F・不二雄による『スター・ウォーズ』×『ガリバー旅行記』×『不思議の国のアリス』という想像力のタペストリーであったのだ。

*1:本人に潜む邪悪性はさておき

*2:大山のぶ代の名歌唱!