リリース: 2011/8/13
分類: VOCALOID
ジャンル: ポップ、ロック、テクノ他



およそ2ヶ月半ぶりの更新となってしまいました。
ブログが沈黙してる間も、夏コミに行けず悶えてたり、ボーマス17でまったり買い物したり、
縁あって批評系の同人誌『VOCALO CRITIQUE Vol.1』に寄稿したり(宣伝)、
さらに縁あって徳間書店さんのVOCALOID専門誌『ボカロPlus Vol.1』にちょこっと寄稿したり(これも宣伝)、
あと突然大嶋啓之さんに目覚めてCDを買い集めたりと、音楽面では充実した生活をしていました。

さて今回は、先日の夏コミで頒布されたコンピレーション、なぎみそ。SYS『10story's』をご紹介します。



 イントロダクションとエンディング、そして10のストーリーから成るコンピレーション。
ストーリーは「朗読」「楽曲」の2つのパートがあり、朗読が楽曲への導入となっています。
そして、朗読を担当するのは、プロの声優・沢城みゆきさん。
静かだけど、言葉の一つひとつがズシンと響く。でもとても優しい。
そんな語りに導かれた、笑いあり涙ありの物語音楽が堪能できます。

企画主は「なぎみそ。SYS」さん。「炉心融解」のイラストで著名な方ですね。
今回のように、時折自らコンピレーションを主宰されており、そのどれもが濃密な作品に仕上がっています。 

クロスフェード動画はこちらになります。

 

↓クリックで記事の詳細を読むことができます。


……

……………楽曲紹介に入る前に。

このアルバムは、10曲すべてにストーリーがあるものの、お話の筋をあんまり詳しく紹介しすぎると
買って聴く楽しみをかえって損ねてしまうかなー、と考え、
この記事ではストーリーの紹介は最低限にし、「音」に重点を置いて書かせていただこうと思います。 

1) Ten Stories Opening Theme
Music: トラボルタ, Arrange: 林檎
導入編。
10の物語の登場人物たちが、沢城みゆきさんによって軽やかに紹介されてゆきます。
童話風の曲調を得意とするトラボルタさんのメロディーセンスが、ここでも爆発しています。

2-3) 狐ノ嫁入リ
Words&Music: OSTER Project , Story: Rolleta
OSTERさんとしては珍しい、V系の匂いも感じられるハードロックです。
日本の妖怪伝説を原型としており、ところどころほのかに和風の音色が漂ってきます。
しかし、和風なシンセにくどさ・しつこさの類は感じられず、あくまでバンドサウンドが主体です。
ストーリーも曲も全体的に重い雰囲気を持っているものの、切れ味抜群の聴き応えのある曲に仕上がっていて、
聴き終えた後に大きな手応えを感じました。

4-5) ボクらのコスモロジー
Story&Music: cosMo@暴走P
好きなものしかいない、嫌いなものなんていない、僕たちだけの秘密の世界。
沢城みゆきさんの朗読で、「大好きな」と「大嫌いな」のニュアンスの違いに、ゾクッとさせられました。
僕達の全てだった世界が、ある日突然大人たちに壊され。
子どもの頃綺麗だと思っていた世界は、実は汚くて。だからおとなになりたくなくて、現実を拒絶して。
そうしているから、たまに突っついてくる現実の一撃が痛くて痛くて。
重苦しいテンポのロックと、内省的でどこかしらか神経質な歌詞。
その結末はハッピーエンドか、はたまたカタストロフィなのか。おそらく人によって賛否が分かれるところでしょう。

ちなみに「コスモロジー」は「宇宙論」という意味で用いられています。

6-7) 新米シェフとなまいきなネコ
Story&Music: 林檎
登場人物は、新米シェフの少女と、その先生のネコ。
導入の朗読から、2人のなんとも間の抜けた、調子の良い掛け合いが笑いを誘います。
曲も、タララッターといった軽やかなピアノに乗せた、実に調子のいいゴキゲンポップス。
それでも上品さや威厳を失わないあたり、作曲する上での絶妙なバランス感覚を感じさせられます。

8-9) ウェンディーと魔法の森
Story&Music: トラボルタ
貧しい母の病気を治すため、何でも願いを叶えてくれるという”魔法の薬”を取りに行った少女。
そんな少女が、薬があるという森に入ったところで、音楽が始まります。
鏡音リン・レンが囁くように、朗々と歌い上げる、神と奇跡の物語。
ミドルテンポの光差し込む音楽、小細工は一切なし。
サビ前の溜めからサビへの爆発は、シンプルながら見事の一言。
そして、本当に素晴らしいのはラストの展開。音もストーリーも、あらゆる伏線を畳み掛けるように回収していきます。
わずか1曲に、ここまで濃い物語を与えられるものなのか。
優しさに満ちた、神々しささえ覚える、直球で感動させられる物語音楽です。

10-11) 暗礁
Story&Music: マチゲリータ
朗読のBGMのピアノが、タイトルを暗示させるような、何とも言えない不気味さを演出しています。
”何度も、何度も、同じ旋律を奏でている”
続く楽曲も、ピアノをメインにしたスローな6拍子、短調、ボーカルの初音ミクAppend。
そして、じわじわと聴覚を支配するように染みこむように展開されてゆく楽曲。
あらゆる要素が、この物語に暗い影を落としており、まさに「ダークメルヘン」の一言が似合う、
マチゲリータさん十八番の世界が構築されてゆきます。 

12-13) 始まらない夏
Story&Music: kiichi
「暗礁」とは違ったベクトルで不気味な作品です。
楽曲はkiichi節全開で、どこか置いてけぼりにされそうな感覚に支配されます。
そこにきらめく光が見えているはずなのに、手が届かない。目の前にあるのに、たどり着くことはできない。
そんなもどかしさ、諦観、そして不安と裏腹に感じてしまう”居心地の良さ”。
極限まで削ぎ落とされ、物語の物語たるべき部分が露出した、あまりに抽象的な歌詞。
これは、リスナーひとり一人が、自分の心の暗い部分と対峙しながら、
自分なりにストーリーを想像していく作品なのかもしれません。

14-15) デイライ
Story&Music: 古川本舗
「始まらない夏」に続き、抽象度の高い作品が続きます。
楽曲も、これまでの古川本舗とは比較にならないほど、静かで、重くて、擦れてて、篭ってて、暗い。
消えかかったろうそくの火にあたって、最後のあたたかさを肌で感じているような、寂しい曲です。
ジャンルはアンビエントでしょうか。ピアノやミクの歌声は思いっきりくぐもっており、
壊れかけのラジオや、今にも擦り切れてしまいそうなカセットテープのよう。
そこに、何かが擦れたような音が随所を支配しており、
物語の主が、誰かに届けた短い伝言のような、鮮烈な印象と哀愁、後ろ髪をひかれるような思いを残して、
物語は幕を閉じます。

16-17) 闇へのドア
Story&Music: キャプテンミライ
「シンセサイザー」「ポリフォニック」といった音楽用語や、「原理」「球体状」といった理系の用語が飛び交う、
とても巧みな歌詞が小憎い魅力を与えています。
曲調は、キャプミラさんの中では結構ストレートなアプローチだと思います。
サビなんかいかにもあざとい!あざといでもすごく気持ちいい!そして可愛い!!!
そんな音が詰まった、宇宙が舞台の夢に満ちたポップスです。
ネコがあくびをしてるような、鏡音リンAppendのほにゃーっとした歌声も、とてもいい味を出してます。

18-19) clock[07:07]
Story&Music: ゆうゆ
”さあ、今日も大忙し。時間は、止まらないのです!”
世界中の時間を司る、縁の下のすご~い奴らの物語です。
朗読中の彼らのセリフが可愛い!すごく可愛い!!ここに声優さんの底力を見ました。
楽曲はとても堅実な構成です。ミドルテンポで、腰の据わったテンポがズンズン鳴り響きます。
例えるなら映画音楽でしょうか。この時計職人たち(と勝手に呼びましたが)がせわしなく働くシーンに、
きわめて大掛かりな時計のシステムが背景に映し出されている、そんな風景が脳裏に浮かびます。
「僕達が、世界中の時間を支えているんだ!」という自負が伝わるような、力強い物語です。

20-21) メリーとニコラウス
Story&Music: buzzG
子どもたちですら”奇跡”を信じなくなった社会。サンタクロースは”大嘘つき”と誹られ、誰も見向きもしなくなりました。
それでも、その老人は毎年クリスマスになると、サンタさんの格好をして子どもたちにプレゼントを配り歩くのでした。
とても明るく、あたたかい結末の用意されたストーリー。
サンタのおじいさんに「あなたは奇跡を起こせるの?」と尋ねた少女は、どのような答えを得たのでしょうか。
キャッチーでテンポの良いロックサウンドは、誰からも愛されなくても強く在り続ける、老人の心境を思い起こさせました。
この雰囲気は、buzzG氏の代表作である『GALLOWS BELL』を彷彿とさせます。 →ニコニコ大百科
ともすれば絶望の淵に蹴落とされてしまいそうな境遇でも、強く”在り続ける”ことでそれは「希望」に変わる。
語り手によって、同じ物語は悲劇にも喜劇にもなりうるのだ、ということを強く感じ取りました。

22) Ten Stories Ending Theme
Music: トラボルタ , Arrange: 林檎
エピローグ。
ピアノが優しく奏でられる、1分強の短い曲。
悲喜こもごものストーリーたちも、これでしばしのお別れ。また会える日まで。




……

……………総評。

朗読と楽曲を交互に流す、という斬新な構成によって、アルバムがどのように聴こえてくるのかが全く未知数でしたが、
朗読によってストーリーへの取っ掛かりやすくなり、楽曲の世界観へ入り込みやすくなったような気がします。
朗読は序章。楽曲は本編。
その2つが互いに力を合わせて、どちらか片方だけでは伝えきれなかったであろう壮大な物語を、
その魅力をまったく損なわず伝えることに成功したと考えています。
そもそも、音楽と歌詞を同時に咀嚼し、歌を聴きながらその世界観へ没入するのが苦手だった筆者にとっては、
楽曲を聴く前にストーリーの予習が出来るというのは、これまでのパターンでは聞き逃していたエッセンスを
確実につかみ取る上で大きな助けとなり、そういう意味でとても素敵な取り組みだったと思います。

そして。
どうしても一定数いるのが、「朗読なんて余計だ」「楽曲以外の要素はいらない」と考える人。
僕が繰り返し強調したいことは、そういった方にこそ、このアルバムを手に取ってみてほしい、ということなのです。
楽曲を聴くだけでは消化しきれなかった伏線。朗読のテンポがもたらす、音楽的な快感。
朗読と楽曲、両者は互いを引き立て合い、その素晴らしさをこれでもかという程主張し合う。
互いが互いにとって良きスパイスであり、その素材の美味しさをぐんと引き立て合うのです。

そしてもちろん。
楽曲を単体で聴いていっても、そのどれもが作家の個性を存分に引き出した、
非常に素晴らしいトラックに仕上がっているのです。
個人的に気に入ってるのが、3曲目『新米シェフとなまいきなネコ』、4曲目『ウェンディーと魔法の森』、
6曲目『始まらない夏』、8曲目『闇へのドア』。
特に、トラボルタさんの4曲目『ウェンディーと魔法の森』が素晴らしいのです。
まさに、この人の音楽性を大いに発揮させるためにこの企画が組まれた、と言われても、
何の疑いもなく信じてしまいそうなほど、ストーリーも楽曲も素晴らしいものになっているのです。
おそらく、この壮大なストーリーは、楽曲だけで語ろうと思ったらかなり長いものとなったことでしょう。
それでもとても素敵な作品に仕上がったことは間違い無いですが、この物語を語るなら、
このアルバムの構成がベストだったのだろう、と今では思うのです。

……一体何回「素晴らしい」という言葉を使えば気が済むのでしょう。僕にも分かりません。
ですが、とにかくその感想しか浮かんでこないのが本音なので、ここはそういうことで勘弁して下さい。



 → なぎみそ。SYS  http://nagimiso.blog.shinobi.jp/