Nemさんのメジャー2枚目となるアルバム「ボクとキミとの時間旅行」をレビューします。
2009年6月26日、VOCALOIDのGUMIが発売されると同時に「宵闇のアウグスティン」を発表してボカロPとしての活動を開始しました。その後「シザーハンズ」「嗚呼、素晴らしきニャン生」等のヒット曲を連発、ロックやポップスを基本としつつ、少し哀愁を感じさせるテイストの楽曲を得意としています。このアルバムは、2012年6月20日リリースのベストアルバム「from Neverland ~Best of Nem~」以来、実に2年半ぶりとなる本人名義のソロアルバムです。
Nem / ボクとキミとの時間旅行
歌謡曲のような独特のフックがあるトラックメイキングは、Nemの活動歴を見渡すと量・質ともに非常に充実しており、まさにお家芸とも言えるほどとなっている。このアルバムでも「エンジェルフィッシュ」「ネムリヒメ」「LOVE DOLL」等の哀愁あふれるファンキッシュな渋さが、アルバム全体の雰囲気を形作っている。中でも、この渋い作風に童話的な分かりやすいストーリーを組み合わせて、物語音楽に仕立てた楽曲に着目したい。「怪盗ピーター & ジェニイ」「或る化け猫の恋物語」「メルヘン彼氏とメルヘン彼女」といった楽曲群はいずれも良質な歌謡ロック/歌謡ポップスであるだけでなく、通常尺のポップス・ロック1曲の中で登場人物の紹介から物語の起承転結までを描き切っており、とんでもない量の情報が詰め込まれている。そのため曲の密度や展開がきわめて濃密となり、結果としてどこを切り取っても聴きどころしかないのである。こういった類の物語音楽はひとつの音楽エンターテインメントとして完成されており、ある種の様式美を構築している。ボーカロイド界隈でもひとつのシーン・ジャンルとして成り立っており、Nemはこのジャンルでヒットを連発している第一人者で在り続けているのだ。
一方、このアルバムには派手な物語音楽からは縁遠い、感傷的なJ-POPも複数収録されている。「夏色メロディ・君色メモリー」「パラレルワールド」等の真っ直ぐなポップスから、「片足のウェンディ」「Cotton Candy Cloud」「星を渡る鳥」等のバラードまで。そして、「a sweet typhoon」「観覧車と白昼夢」等の歌謡曲路線ではない純粋なロックも捨てがたい。いずれも日本語ポップス/日本語ロックの手本となるべき、王道のメロディとサウンドが心の奥に響くナンバーである。こういった楽曲はむしろ、Nemが本来得意としている作風であり、VOCALOIDと出会う前の時代に手がけていたNemの源流とも言うべき音楽である、ということも付記しておきたい。
Nemのボーカロイド曲を語る時は、使用するVOCALOIDの声についても語る必要がある。主に鏡音レンとGUMIを使用しているのだが、中でも特に鏡音レンの歌声が素敵なのだ。それも、高すぎず低すぎない中音域の歌声で統一されており、聴いていてとても心地よい。Nemの楽曲において、ボーカロイドは歌手としての役割を演じており、歌のキーも人間が歌う上で無理のない範囲に収められている。VOCALOIDだからといって人間に不可能な音域を歌わせるのではなく、音域に気を使いあくまで人間の歌手と同じ扱いをしている姿勢は、いかにも職業作家らしいと筆者は好意的に捉えた次第である。
この「ボクとキミとの時間旅行」というアルバムは、Nemという作曲家が周囲から受けたありとあらゆる期待に全方面的に応えた、バラエティーに富んだアルバムだ。楽曲はロックやポップスだけでなく、「キミガスキ」ではなんとデスメタルに挑戦しており、ミクががっつりシャウトしている中でNemならではのフックも忘れておらず、筆者は大爆笑しつつ楽しんだ。こうして遊び心を差し挟む余地があるのは、18曲という長尺アルバムだからこその余裕だろうか。聴けば聴くほど飽きが来ない賑やかなアルバムだが、収録曲は既にニコニコ動画等でフルで発表されたものがほとんどであり、この2年半に発表した楽曲の詰め合わせになってしまっている感覚はどうしても否めない。アクの強い歌謡ロックとJ-POPバラードが並ぶとどうしても作品の”濃さ”に差が出てしまい、一方が影に隠れてしまいがちになるのだ。なるたけ全体のバランスが良くなるようにと曲順に気を使った跡も見られたが、2年半ぶりのソロアルバムであることと、リリース元がEXIT TUNESなのでどうしてもベスト盤のような作品を求められたのだろうという推測を併せて考えると、まあこれは仕方ないと割り切るべきところなのだろう。同人・商業を問わず、いずれはNemのバラードばかりが収録されたアルバムを聴いてみたいものである。
そしてもう1つ気になった点は(不満点ではない)、Nemはまだ楽曲制作の面で余力をかなり残しているのではないかという事だ。一部の音源を除いてNemはほぼ打ち込みで作曲を完結させてしまうのだが、特にブラス隊の音の薄さは楽曲の厚さに見合っておらず力不足に聴こえて仕方ない。さらに、編曲自体に関しても、ブラスが賑やかし以外の役割を担っていない曲がほとんどなのだが、また別の使い方をすることで楽曲が更に生き生きとするのでは、という期待感を抱いてしまう。生録に莫大な資金が要ることは百も承知の上で、一度生録中心の音源をリリースして欲しいと願うばかりである。以前歌い手・蛇足に楽曲提供したシングルCDでは生録だった記憶があるので、一度確認してみたい。歌謡ロックに物語を添えた物語音楽の路線で、さらにサウンドも強化してしまえば、Nemは少なくともボーカロイド界隈では誰にもたどり着けない境地にまで行けるのではないかと筆者は期待している。
2009年6月26日、VOCALOIDのGUMIが発売されると同時に「宵闇のアウグスティン」を発表してボカロPとしての活動を開始しました。その後「シザーハンズ」「嗚呼、素晴らしきニャン生」等のヒット曲を連発、ロックやポップスを基本としつつ、少し哀愁を感じさせるテイストの楽曲を得意としています。このアルバムは、2012年6月20日リリースのベストアルバム「from Neverland ~Best of Nem~」以来、実に2年半ぶりとなる本人名義のソロアルバムです。
Nem / ボクとキミとの時間旅行
歌謡曲のような独特のフックがあるトラックメイキングは、Nemの活動歴を見渡すと量・質ともに非常に充実しており、まさにお家芸とも言えるほどとなっている。このアルバムでも「エンジェルフィッシュ」「ネムリヒメ」「LOVE DOLL」等の哀愁あふれるファンキッシュな渋さが、アルバム全体の雰囲気を形作っている。中でも、この渋い作風に童話的な分かりやすいストーリーを組み合わせて、物語音楽に仕立てた楽曲に着目したい。「怪盗ピーター & ジェニイ」「或る化け猫の恋物語」「メルヘン彼氏とメルヘン彼女」といった楽曲群はいずれも良質な歌謡ロック/歌謡ポップスであるだけでなく、通常尺のポップス・ロック1曲の中で登場人物の紹介から物語の起承転結までを描き切っており、とんでもない量の情報が詰め込まれている。そのため曲の密度や展開がきわめて濃密となり、結果としてどこを切り取っても聴きどころしかないのである。こういった類の物語音楽はひとつの音楽エンターテインメントとして完成されており、ある種の様式美を構築している。ボーカロイド界隈でもひとつのシーン・ジャンルとして成り立っており、Nemはこのジャンルでヒットを連発している第一人者で在り続けているのだ。
一方、このアルバムには派手な物語音楽からは縁遠い、感傷的なJ-POPも複数収録されている。「夏色メロディ・君色メモリー」「パラレルワールド」等の真っ直ぐなポップスから、「片足のウェンディ」「Cotton Candy Cloud」「星を渡る鳥」等のバラードまで。そして、「a sweet typhoon」「観覧車と白昼夢」等の歌謡曲路線ではない純粋なロックも捨てがたい。いずれも日本語ポップス/日本語ロックの手本となるべき、王道のメロディとサウンドが心の奥に響くナンバーである。こういった楽曲はむしろ、Nemが本来得意としている作風であり、VOCALOIDと出会う前の時代に手がけていたNemの源流とも言うべき音楽である、ということも付記しておきたい。
Nemのボーカロイド曲を語る時は、使用するVOCALOIDの声についても語る必要がある。主に鏡音レンとGUMIを使用しているのだが、中でも特に鏡音レンの歌声が素敵なのだ。それも、高すぎず低すぎない中音域の歌声で統一されており、聴いていてとても心地よい。Nemの楽曲において、ボーカロイドは歌手としての役割を演じており、歌のキーも人間が歌う上で無理のない範囲に収められている。VOCALOIDだからといって人間に不可能な音域を歌わせるのではなく、音域に気を使いあくまで人間の歌手と同じ扱いをしている姿勢は、いかにも職業作家らしいと筆者は好意的に捉えた次第である。
この「ボクとキミとの時間旅行」というアルバムは、Nemという作曲家が周囲から受けたありとあらゆる期待に全方面的に応えた、バラエティーに富んだアルバムだ。楽曲はロックやポップスだけでなく、「キミガスキ」ではなんとデスメタルに挑戦しており、ミクががっつりシャウトしている中でNemならではのフックも忘れておらず、筆者は大爆笑しつつ楽しんだ。こうして遊び心を差し挟む余地があるのは、18曲という長尺アルバムだからこその余裕だろうか。聴けば聴くほど飽きが来ない賑やかなアルバムだが、収録曲は既にニコニコ動画等でフルで発表されたものがほとんどであり、この2年半に発表した楽曲の詰め合わせになってしまっている感覚はどうしても否めない。アクの強い歌謡ロックとJ-POPバラードが並ぶとどうしても作品の”濃さ”に差が出てしまい、一方が影に隠れてしまいがちになるのだ。なるたけ全体のバランスが良くなるようにと曲順に気を使った跡も見られたが、2年半ぶりのソロアルバムであることと、リリース元がEXIT TUNESなのでどうしてもベスト盤のような作品を求められたのだろうという推測を併せて考えると、まあこれは仕方ないと割り切るべきところなのだろう。同人・商業を問わず、いずれはNemのバラードばかりが収録されたアルバムを聴いてみたいものである。
そしてもう1つ気になった点は(不満点ではない)、Nemはまだ楽曲制作の面で余力をかなり残しているのではないかという事だ。一部の音源を除いてNemはほぼ打ち込みで作曲を完結させてしまうのだが、特にブラス隊の音の薄さは楽曲の厚さに見合っておらず力不足に聴こえて仕方ない。さらに、編曲自体に関しても、ブラスが賑やかし以外の役割を担っていない曲がほとんどなのだが、また別の使い方をすることで楽曲が更に生き生きとするのでは、という期待感を抱いてしまう。生録に莫大な資金が要ることは百も承知の上で、一度生録中心の音源をリリースして欲しいと願うばかりである。以前歌い手・蛇足に楽曲提供したシングルCDでは生録だった記憶があるので、一度確認してみたい。歌謡ロックに物語を添えた物語音楽の路線で、さらにサウンドも強化してしまえば、Nemは少なくともボーカロイド界隈では誰にもたどり着けない境地にまで行けるのではないかと筆者は期待している。
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