リリース: 2015/12/31 (コミックマーケット89)
試聴: YouTube
販売: BOOTH / Amazon.co.jp

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バンド名は「おはようございます」、デビュー曲は「すごい」、初音源は「ものすごい」。何だか人を喰ったようなネーミングだが、サウンドはダウンチューニングを施されデスヴォイスが乱れ飛ぶバッキバキでズンズンのハードコアメタルだ。バンドの核にして全作詞曲を手掛けるのはベースの””。鬱の旧友でギター&コーラスの””、そして1年以上に渡り熾烈を極めたというわけでもないオーディションの末に加入したボーカルの””、以上の3名で結成されたバンドだ。ドラムは現在募集中とのことで、MVやライブにはサポートを迎えている。


”鬱”は”鬱P”としてVOCALOIDを起用した活動を長く続けており、先述のハードコア路線は活動初期の時点で既に完成されている。宅録と打ち込みだけで作られたとは思えないほど重々しいサウンドに、デスヴォイス状に加工されたVOCALOIDの歌声、社会風刺が込められる事の多い毒の強い歌詞、そして猛烈にキャッチーなメロディ。これら全てを1曲に押し込めたあまりにエッジの効いた作風で、コア・ライトを問わず多数のファンを獲得している。”骸Attack!!"”害虫””THE DYING MESSAGE"”馬鹿はアノマリーに憧れる”など代表作を挙げればキリがないが、その路線をそのままバンドに持ってきたという体裁なのがこの「おはようございます」だ。

Tr.1「Intro」は三味線と打ち込みドラムが地響きのようにドロドロと響くインスト曲。いかにも打ち込み然としたサウンドにシンプルな構成であるにもかかわらず、たった1分聴いただけで”鬱”の打ち込みスキルが高いレベルにある事が伺える。ノンストップで続くTr.2「野暮用ガール」は実質トップを飾るに相応しい疾走感のあるトラック。初っ端からパワー全開のギターとベースの分厚い波、クリーンボイス中心のボーカルに意外とトリッキーなドラムと随所に聴きどころがある。続くTr.3「MIMIZU IN THE DANCEFLOOR」は、バンドサウンドにEDMテイストの打ち込みが複雑に絡み合ったトラック。ハードコアでありながら骨格はダンスミュージックに近いという、鬱のサウンドの嗜好が存分に発揮された快作だ。ボーカルは一転してデスヴォイス中心となるが、しっかりと耳に残るキャッチーなサビを用意していたりと抜け目がないところも流石。Tr.4「すごい」はバンドとして初めて発表されたトラック。ストレートなロックテイストにひたすら”すごい”を繰り出し、人間の命のすごさを称える謎の歌詞が印象に残る。キネティック・タイポグラフィを活用したMVがYouTubeに投稿されている。


Tr.5「慇懃無礼」はわずか56秒のハードコア一直線なトラック。それでもちゃんとサビはクリーンという徹底ぶりに脱帽させられる。Tr.6「家 VS. 泥棒」は、もう何だかタイトルの時点でオチているのだが、一見バラエティタッチと思わせておいて後半に悲痛なメッセージを込めてくる辺り、作詞のスキルの高さをビンビンに匂わせてくる。Tr.7「猥褻」はこういうタイトルだが曲は特にエロくない。6/8拍子というハードコアとしては異例な構成をしており、”都会人の孤独”というテーマや感傷的なメロディと相まってバラードのような哀愁を感じさせる。最後のTr.8「終わらない娯楽」は、ラストトラックに相応しくこれまでの要素を全て詰め込みきっちりとまとめた曲だ。しかしそれ以上に、最後の最後のラスサビで最も破壊力の高いメロディをぶっ込んで来たのは予想外だった。完全に油断していた。こうして最後に特大の爆弾を投下したところでこのアルバムはぶっつりと終わる。


細かいサウンドの変化はあれど、鬱(鬱P)は2008年に活動を開始して以降そのスタンスは一貫しており、そのサウンドはリリースを重ねるごとに洗練され、そのセンスは毒と快活さを増しますます刺激的になっている。また、鬱の創作への好奇心は相当のもので、新たなジャンルを取り入れる事に余念がない。ダブステップや歌謡曲を取り込んだかと思えば、いつの間にかEDMばりの打ち込みサウンドをマスターしており、それが高じて100%EDMのRemixを制作したりDJとしてイベントに出演していたりもする。ハードコアと聞くと硬派なジャンルというイメージが浮かぶが、鬱に関してはむしろ積極的に他ジャンルへと介入しようとし、場を盛り上げてオーディエンスを楽しませ自身もまた楽しむという好循環を自ら作り出している。こうして入り口を広げ、ハードコアというジャンルのリスナーを着実に増やしていった鬱の功績は、決して過小評価されるべきではないだろう。

そんな訳で上の段落は全て前置きとなるのだが(長い)、今作も鬱の技術とセンスが爆発した良盤だった。”最新作が最高傑作だ”と豪語するミュージシャンは時々いるが、鬱に関しては間違いなくそうであると全アルバムを聴いていて強く思う次第だ。だが、このアルバムは確かに鬱の作品としては素晴らしいのだが、バンドの音源として良いかと言われたら首を傾げざるを得ない。はっきり言ってしまうなら、このアルバムからは鬱のソロ作品とほぼ同じ印象しか受けず、バンドとしてのセッションを感じられなかったのだ。まだ初音源なので断言するには早いのだが、現時点ではまだ”鬱Pのサウンドを演奏している集団”の域を出ていない。せっかくのバンドなのだから、たとえ作詞作曲ミックスマスタリングおまけにアートワークまで(!)全て鬱が手掛けたのであっても、せめて宅録とは違う迫力というかオーラを感じさせて欲しい。今後さらに活動を続ける中で、その方向性が磨かれていく事を期待するばかりである。