私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは「こんなに変わった目の常識」です。
眼科の診察室で、ものもらいになった患者さんと医師が話しています。
医師「ものもらいですね。目薬を出しておきます」 |
患者「先生、眼帯はしなくていいんですか?」 |
医師「眼帯? しなくていいですよ」 |
患者「でも、ものもらいで腫れていますよね?」 |
医師「はい」 |
患者「ものもらいと言えば、眼帯じゃないんですか?」 ![]() |
かつての医学常識は絶えず変わっている
昔の常識がどんどん変わることがあります。それは目の世界でも同じです。例えば、昔は眼科の治療と言えば目を洗うことでした。“目洗い医”と揶揄(やゆ)されることもあるぐらい眼科はよく目を洗っていたのです。今では「眼科にかかって定期的に目を洗っている」などという話を聞くことはないでしょう。
そこにはいくつか理由があります。以前は効果的な点眼の抗生物質がなかったので、ひとたび感染を起こすと細菌を殺す方法がありませんでした。できることと言えば、定期的に目を洗って物理的に菌を減らすことぐらいだったのです。一方、現在は効果的な抗生物質の点眼薬があるので、細菌感染時には、点眼薬を処方するだけで治療が終了します。
感染症だけではありません。読者の皆さんは子どものころ、「プールに入った後は目を洗うように」と指導された経験がありませんか? プールサイドに目を洗うための水道蛇口があって、昔は全員目を洗っていました。けれども現在は、プールの後に目を洗うのは一般的ではありません。これはなぜでしょうか?
以前は、涙というのはただの水だと思われていました。けれどもいろいろ調べてみると、涙は水以外にも、油やムチンといったさまざまな成分が複合してできていることが分かってきました。目を洗って涙をすべて洗い流してしまうと、目を保護するこれらの成分も失われてしまう上、短時間で質の良い涙が生成されるとは限らないということも分かってきました。さらには、目を洗うときに眼球に水圧をかけることや、水道水に含まれる塩素によって目がダメージを受けるという問題も指摘されています(*1)。となると、目を洗うメリットが少ないということで、現在ではプール後の洗眼は積極的には推奨されていません。
目薬の成分も変わっている
また、昔は「目薬をさした後に寝てはいけない」と言われていました。今はそんなことは言われません。これはなぜでしょうか?
目薬には防腐剤が含まれています。これが入っていることで目薬の成分が長く保持され、雑菌の繁殖を抑えることができます。現在はかなり質の良い防腐剤がありますが、昔はそこまでではありませんでした。そのため、寝る前に使ってしまうと目に滞留して、良くない影響が出る恐れがあり、問題視されていたのです。
現在の目薬に使われる防腐剤は塩化ベンザルコニウムが一般的で、点眼の後にすぐ眠ってしまっても問題にはなりません。むしろ、ドライアイなど目の乾く病気の増加によって、寝る前や寝起きに目薬をさすことは積極的に推奨されることもあります。