貫井徳郎 『迷宮遡行』

平凡な日常が裂ける――。突然、愛する妻・絢子が失踪した。置き手紙ひとつを残して。理由が分からない。失業中の迫水は、途切れそうな手がかりをたどり、妻の行方を追う。彼の前に立ちふさがる、暴力団組員。妻はどうして、姿を消したのか? いや、そもそも妻は何者だったのか? 絡み合う糸が、闇の迷宮をかたちづくる。『烙印』をもとに書き下ろされた、本格ミステリーの最新傑作。

主人公である迫水は傍目に見ても情けない男です。容姿は平凡、住まいは狭いアパート、しまいには仕事をクビになって無職となってしまいます。
そんな迫水ですが、不釣り合いなほどに器量で気立ての良い妻(籍は入れてなく、内縁の妻)の詢子がいました。
しかし、ある日突然、絢子は簡単な置手紙を残して失踪してしまいます。周りはついに迫水に愛想が尽きたんだろうと評します。迫水自身、それを否定できないでいたのですが、せめて本人の口から理由を聞きたい。迫水としては愛する妻をそう簡単に諦めきれずに探そうとします。
その過程で自分が思った以上に妻のことを知らなくて愕然とします。かろうじて、バーテンの新井という男が妻に仕事を紹介したことがあると聞き、会いに出かけます。
妻の過去を調べるにつれ、まるで迷宮に嵌り込んだような、謎解きと危険に満ちた日々を送るようになるのでした。

絢子の過去への探索は極めて細い繋がりしかない中で、なぜかヤクザに絡まれたり、新井が死んでしまうなど、不穏な出来事が続きます。金もなければ度胸もない、あるのは時間だけという迫水ですが執念深く続けます。
ある日、ヤクザから面と向かってこれ以上首を突っ込むなと脅されます。心の底から怯えた迫水ですが、諦めきれません。むしろ妻が犯罪に巻き込まれているのではないかと心配します。
実は迫水には優秀な兄がいて、警視庁の要職にいることから相談しにいくのでした。

迫水が進む先は一般人が近寄ってはいけないダークサイド。その行動には危うい気持ちにさせられます。
確かに詢子は迫水と比べてもったいないくらいの女性との評判。ただ、夫婦の実情は他人にはわからないというか、仲睦まじい夫婦だったようです。
だからこそ、迫水としては詢子が黙って消えてしまったのが納得がいかない。きっと深い理由があるに違いない。ヤクザに脅さえて恐怖を覚えても諦めきれない。そんな思いが伝わってきます。
いったい詢子に何があったのか。途中で書かれていたようにヤクザ側の人間だったのか。迫水が動けば動くほど謎が増えていき、読む側としては最後まで迷わされましたね。
ただ、ハッピーエンドではなさそうだなという予感がしていて、それは悲しくも当たってしまった結末でした。