『もし息子が市民運動に参加していたら』『もし家族が交通事故で亡くなったら』…裁判所の“常識”を知らないと訪れる恐ろしい結末

「裁判官」という言葉からどんなイメージを思い浮かべるだろうか? ごく普通の市民であれば、少し冷たいけれども公正、中立、誠実で、優秀な人々を想起し、またそのような裁判官によって行われる裁判についても、信頼できると考えているのではないだろうか。

残念ながら、日本の裁判官、少なくともその多数派はそのような人々ではない。彼らの関心は、端的にいえば「事件処理」に尽きている。とにかく、早く、そつなく、事件を「処理」しさえすればそれでよい。庶民のどうでもいいような紛争などは淡々と処理するに越したことはなく、多少の冤罪事件など特に気にしない。それよりも権力や政治家、大企業等の意向に沿った秩序維持、社会防衛のほうが大切なのだ。

裁判官を33年間務め、多数の著書をもつ大学教授として法学の権威でもある瀬木氏が初めて社会に衝撃を与えた名著『絶望の裁判所』 (講談社現代新書)から、「民を愚かに保ち続け、支配し続ける」ことに固執する日本の裁判所の恐ろしい実態をお届けしていこう。

『絶望の裁判所』 連載第39回

『「選挙権の平等」の前提が崩れる…「一票の格差問題」で浮き彫りになった国民を欺くための「悪い法理論」とは』より続く

「明日は我が身」

ポスティングについては、自衛官官舎に自衛隊イラク派遣に反対する旨のビラをまいた行為が処罰されたものである(なお、第一審は無罪としていた)。これに関しては、そのような行為は穏当を欠くのではないかと考える読者もいるかもしれない。

しかし、実は、自衛官官舎へのビラ配布はそれまでにも継続して行われていたにもかかわらず何ら問題にされたことはなかったのであり、数あるポスティング行為の中からこれだけが狙い撃ちにされたことも明らかであり、また、何よりも、こうした行為は、これが憲法問題でなければ何が憲法問題なのかといっていいくらいの、まさに表現の自由に関わる典型的な行動であることをも考えるべきなのである。

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単なるポスティングを住居侵入罪で処罰するといった事態は、たとえばヨーロッパの民主国家であれば、人権侵害として人々の間に大きな危機感を引き起こす事柄ではないかと思う。しかし、日本人の一般的な意識は、「あれは左翼の過激な人たちに起こることであって、自分には関係ないから、かまわない」ということのようである。

しかし、実際には、そうではないのだ。明日は、あなたの息子や娘がたまたま市民運動に共鳴してポスティングを手伝ったとたんにつかまるかもしれない。また、同じような事態の進行により、あなたの親しい隣人であるジャーナリストや思想家(左派とは限らない)がフレームアップ(でっち上げ)、あるいは通常であれば起訴も処罰もされないような形式的な行政法規違反等によって逮捕、長期勾留され、ライターとしての生命を絶たれるかもしれない。

要するに、自由や権利については、「誰か」のそれが今日侵されたなら、「明日は我が身」であることをよくよく認識しておかなければならないのである。

日本を震撼させた衝撃の名著『絶望の裁判所』から10年。元エリート判事にして法学の権威として知られる瀬木比呂志氏の新作、『現代日本人の法意識』が刊行され、たちまち増刷されました。
「同性婚は認められるべきか?」「共同親権は適切か?」「冤罪を生み続ける『人質司法』はこのままでよいのか?」「死刑制度は許されるのか?」「なぜ、日本の政治と制度は、こんなにもひどいままなのか?」「なぜ、日本は、長期の停滞と混迷から抜け出せないのか?」
これら難問を解き明かす共通の「鍵」は、日本人が意識していない自らの「法意識」にあります。法と社会、理論と実務を知り尽くした瀬木氏が日本人の深層心理に迫ります。
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