「終わりのない成長を目指し続ける資本主義体制はもう限界ではないか」
そんな思いを世界中の人々が抱えるなか、現実問題として地球温暖化が「資本主義など唯一永続可能な経済体制足りえない」ことを残酷なまでに示している。しかしその一方で、現状を追認するでも諦観を示すでもなく、夢物語でない現実に即したビジョンを示せる論者はいまだに現れない。
本連載では「新自由主義の権化」に経済学を学び、20年以上経済のリアルを追いかけてきた記者が、海外の著名なパイオニアたちと共に資本主義の「教義」を問い直した『世界の賢人と語る「資本主義の先」』(井手壮平著)より抜粋して、「現実的な方策」をお届けする。
『世界の賢人と語る「資本主義の先」』連載第7回
『炊き出しに並ぶ親子を尻目に4000万の高級車を買う富裕層…統計が明らかにする日本の「格差」の真実』より続く
ある漁師の嘆き
2022年2月下旬の朝、東の空がうっすらと白み始めるころ、漁師の松木良文(52)は、愛媛県西条市の河原津漁港から船を出した。父親から受け継いだ旧式の漁船が、ディーゼルエンジンの低い音を響かせながらゆっくりと沖へ進む。対岸に広島県を望む瀬戸内海・燧灘の漁場で網を下ろす。
12月から3月まで許可されている「マンガン漁」と呼ばれる漁法で、底引き網の一種だが、海底に触れる部分に熊手のようなかぎ爪が付いている。砂の中にいる魚介類をかき出して捕獲し、何が獲れるかは網を揚げてからのお楽しみだ。
だが、網を揚げた松木の表情はさえない。かかっているのはヒトデや、ヨリエビと呼ばれる小さなエビばかりで、稼ぎ頭だったクルマエビとワタリガニがまったくいないのだ。日本でも有数の漁場だったのが、今は見る影もない。漁獲量の減少に、ウクライナでの戦争を受けた燃料用重油の値上がりが追い打ちをかける。
大きな異変に気付いたのは、2019年から20年にかけての冬の漁期だった。普段なら、通常の底引き網を行う夏のほうがよく獲れるクルマエビが、なぜか冬によく獲れた。そして次の夏、ワタリガニとともにほとんど姿を消した。
若いころ、一年半ほど地元のタオル工場に勤めた以外は、ずっと海の上で生きてきた。
「海が変わってしもうた。この調子が続いたら漁師をやめないかん。不安でしょうがない」