「性行為に同意する」をめぐる司法

 7月15日に、京都地裁で2009年に起きた暴行事件に関する民事訴訟の判決が出た。以下である。

集団暴行で不起訴 京教大生の停学無効 京都地裁

2011.7.15 20:14
 宴会で酒に酔った女子大学生に集団暴行したとして平成21年、集団準強姦容疑で逮捕され、不起訴となった京都教育大(京都市)の男子学生4人が無期停学処分を不当とした訴訟の判決で、京都地裁(杉江佳治裁判長)は15日、処分を無効とし、同大学に慰謝料計40万円の支払いなどを命じた。

 判決は「(女子大学生と)明確な同意があったというべきだ」と指摘した。

 判決によると、原告4人を含む男子学生6人は21年2月、京都市中京区の居酒屋の空き室で当時19歳の女子大学生と性行為をし、女子大学生の被害申告を受けた大学は同年3月、6人を無期停学処分にした。

 京都府警は21年6月、集団準強姦容疑で6人を逮捕。女子大学生との間で示談が成立し、被害届も取り下げられたため、京都地検は全員を不起訴にした。
(msn 産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110715/trl11071520150008-n1.htm)

記憶に残ってる方も多いだろうが、これは大学生による集団暴行事件として大きくマスコミに報道された。被害者側が示談に応じる形で刑事訴訟で不起訴になった事件だったが、加害者とみられた男子学生らは大学から停学処分を受けていた。それを不服として、今度は民事訴訟で男子学生らが停学処分を不当として裁判を行っていた。判決で裁判長は性暴力ではなく合意の上での性行為であったと指摘し、大学側の処分を向こうだと判断した。この民事訴訟は、大学を相手取って行われているが、実質的には性暴力の事実認定についての裁判になってしまった。
 刑事訴訟で性暴力被害を訴えるのは難しい。原則として無罪推定が働くため、「合意がなかった」ことを証明しなければならない。そのために必要なのが「抵抗したが暴行・脅迫によりそれがかなわなかったという証拠」である。さらに目撃者がいないことが多いため、被害者の証言が大きなカギを握る。そのため「供述の信用性」をめぐって被害者は厳しい尋問にさらされ、ときには被告人弁護人から人権侵害にあたる質問もされる。また量刑においては、「被害者の落ち度」が斟酌される。
 上記の刑事司法手続きにおいて、司法関係者からの二次加害を減らすための教材が「事例で学ぶ司法におけるジェンダー・バイアス」で紹介されている。

事例で学ぶ 司法におけるジェンダー・バイアス【改訂版】

事例で学ぶ 司法におけるジェンダー・バイアス【改訂版】

「第五章 刑事事件とジェンダー」(宮園久栄・長谷川卓也)では、実際の事件をモチーフに、執筆者がシナリオを作成し被害者と周囲の人たちのやりとりを事例として用いる。
 コンパニオンとして働く真鍋(女性・29歳)は友人とクラブで遊んでいるときに知り合った男性に、車で送ってもらう帰りにレイプされた。シナリオは9編から成り、「友人への相談」「母への相談」「弁護士への相談」「警察官への相談」「示談交渉」「検事からの聴取」「証人尋問」「被告人質問」「裁判官の合議」のシーンをとりあげ、被害者が二次加害を受ける様子を描いている。真鍋は当日、「酒を飲んでいたこと」「抵抗した証拠が弱いこと」「(トラウマがあり想起が難しいため)記憶が混乱していること」「職業やこれまでの性体験から貞操観念が弱いとされたこと」などを理由に、周囲から信頼されず、裁判でも「和姦であった」とみなされ敗訴する。
 教材を元に三つのワークショップが組まれている。一つ目は「裁判官の思考過程を分析する」ことで、裁判官の合議のシーンをとりあげ、事実認定とその根拠、さらに問題点を検討する。たとえば以下の要領である。

例1)合意の有無
a)事実と認定
「被害者は、被告人の車に一人で乗った→合意あり」
b)認定の根拠(経験則など)
「男性の車に1人で乗り込むのは、性交に応じる気があるからである」
c)問題点
「車に乗ることは性交への合意を意味しない」
(145ページの表を書き起こした)

 二つ目は「検察官・弁護人の訴訟活動と裁判官の判断」についての検討を行う。たとえば「あなたは、本件以前に、何人の男性とセックスの体験がありますか」というような質問に対し、まず弁護士として「立証すべき事項と関連性のない尋問(刑訴規199の?、199の4?)である」と指摘する。次にそれについて、検察官として「……の事実は、被害者の……を示すものであり、立証事項……と関連がある」と反駁し、最後に裁判官として異議を認めるか・棄却するのかについての判断を行う。ロールプレイも提案されている。
 三つ目は関係者の被害者への対応を事例で問題がある部分を検討する。
 事例を読むと、実際の被害者が刑事司法手続きの中でどのように扱われ、何が問題であるのかが明らかになるため参考になる資料である。
 また、この章では合意の有無の判断について以下のように述べられている。

4.性行為の合意の有無の判断
(1)暴行・脅迫と合意の関係
 刑法の強姦罪には、「暴行又は脅迫を用いて……女子を姦淫した者」に成立する。この「暴行又は強迫」について、最高裁判所は、「相手の抗拒を著しく困難にならしめる」ものと判示している(最判昭24.5.10)。
 かかる「暴行・脅迫」が認められない場合、その場合、(ア)「合意のある性行為であった」と認定され強姦罪不成立とされるか、(イ)「合意のある性行為であったとの疑いが残る」ため無罪とされる。ここで問題となるのは、暴行・脅迫と合意の関係である。上記判断では「性行為について、相手の抗拒を著しく困難にならしめる暴行・脅迫がなければ、合意がある」との「経験則」に基づく事実の推定がなされている。上記(イ)については、表面上「疑わしきは被告人の利益に」という無罪推定原則に従う判断のように見えるが、「暴行・脅迫」の立証不能により直接無罪とするのではなく、「暴行・脅迫がないこと」を「合意」に結び付けている点で(ア)と同様の「経験則」に基づく事実の推定が介在しており、単なる無罪推定原則では説明しきれない。
 しかし、現実に、「性行為について、相手の抗拒を著しく困難にならしめる暴行・脅迫がなければ、合意がある」といえるのだろうか。女性が抵抗・逃走しなければ当然に性行為の合意をしているといえるのだろうか。「女性は貞操を守るために生命・身体の危険を冒しても最後まで抵抗・逃走を図るものである」「女性は本心ではみな性行為を望んでいる」などのジェンダー・バイアスが入り込んでいないだろうか。
(2)間接事実からの合意の推認
 性行為に対する合意の有無が争われた場合、間接事実として、性行為の前後の性行為に直接関係ない言動、被害者の性経験、性格や職業などから「合意」が推定されることがある。男性の一方的な期待の根拠となるような言動(「男性の車に乗る」など)があったこと、性経験が豊富であること、「奔放な」性格であること、「派手な」職業に就いていることなどの事実から、そのような行為をするもの、そのような性格・経歴を持つ者は、(「貞操」観念に欠けているから)性行為に合意するもの、という推定がされていく。かかる間接事実からの推認は、「経験則」に基づいてなされるものであるが、この「経験則」にジェンダー・バイアスは入り込んでいないだろうか
(149〜150ページ)

上記のように、司法関係者がもつジェンダー・バイアスが「合意の有無」を左右する可能性が指摘されている。重要な指摘は「暴行・脅迫が認められないこと」を理由に合意があったとみなすことは、無罪推定の原則に従っていることだけでは説明できず、ジェンダーバイアスによるものだという点だ。
 以上の指摘は前提としてもう少し共有されていいと思う。実際の裁判では、被告人は嘘もつくし、でっちあげもする。刑罰を被らないために、弁護士と相談してより有利なストーリーを作り上げるのである。それに対して被害者側はまず友人や家族からの偏見に耐え、司法関係者からの二次加害に耐え、そのうえ法廷で闘わなければならない。多くの場合には精神的に追い詰められるだけではなく、経済的な負担もおう。そして難しい問題だが、性暴力被害者自身が不安にさいなまされ、自分の落ち度を自分自身で責めてしまう。「自分が悪かったのではないか?」と苦しむ。それでも「私は悪くない」と耐えきらなければ、裁判を闘い抜けない。性暴力被害を裁判で訴えるというのは、被害そのものとは別に、社会を相手に闘うことである。
 また冒頭の事件に戻り、もう少し文脈を補足する。この事件がマスコミに報道されたとき、世論は少なからぬ被害者バッシングを行った。女子学生が酒に酔っていたことや、若年者同士のトラブルであったため、「女子学生側に非があった(自衛が足りなかった)」という感想を持った人も多かった。ネット上では、実は「女子学生側が男子学生を罠にはめたのだ」という噂も広がった(当然、無根拠な噂話で、悪意のある二次加害である)。女子学生側に厳しい状況だったと言える。被害届を取り下げ、示談に応じた背景には、こうした世論からのプレッシャーもあったのではないか。二重三重にこの事件の被害者は追い詰められていたと考えられる。
 その上で、今回の民事訴訟が行われた。判決文自体が公開されたわけではないので、どういった理由で裁判長が「(女子大学生と)明確な同意があったというべきだ」と述べたのかは分からない。民事訴訟であるので、無罪推定ははたらかない。ということは「明確な同意があった」ことが立証されなければならない。裁判長が「というべきだ」と述べているので女子学生側が「同意があった」と述べたわけではなく、裁判長の側が推測していることがわかる。私自身、被害者側が損害賠償を請求する民事訴訟のことは聞いたことがあるが、加害者とみなされた側がこうしたかたちで裁判を起こす例はあまり聞いたことがない*1。この件そのものの法的な問題は、どう判断すればよいのかはわからないが、上のような司法手続きの問題点を指摘しておく。
 なお、以下のwebサイトを見つけた。知人からの性暴力被害を受けた女性が、「強姦致傷」で告訴を試みるが、「合意がなかった」という点を証明できず「迷惑条例違反」での告訴に踏み切る。その非常に厳しい状況が、支援者の手によって記録されている。

「性犯罪被害者サポーターの記録」
http://www.infoeddy.ne.jp/uchinku/sosyo/index.htm

*1:いくつか個人的に加害者のみなされた側から起こした民事訴訟は聞いたことがあるが、たいてい名誉棄損である。それも多いとは思えないが、実際にはよくあることなのだろうか?