踊るHTML5、あるいはセカイ系化する世界

私が、Web+DB PRESS誌で連載している「圏外からのWeb未来観測」の第二回が、gihyo.jpで公開されました。

第二回のゲストは、「Webを支える技術」の著者である、山本陽平さんです。

今回も面白い話をたくさん聞くことができたんですが、特に重要だと思うのが次の所です。

山本:特に今は,標準の決定プロセスがオープンになっています。昔は大企業の代表のような限られた人しか参加できない委員会で標準化が行われていましたが,現在は誰でも標準化に参加できて,本当に実力のある人が意見を言ってそのとおりになるっていう世界になっていると思います。W3Cもあまり機能しなくなってきているし。そのへんはこの10年でかなり変わったところだと思います。

オープンなところで標準が決まっていく流れだと,普通のエンジニアが簡単に参加できるわけじゃないですか。普通のエンジニアたちが標準化の行方を左右する。そのエンジニアの判断がこのあとの世界にすごい影響を与える可能性があります。そういう重要性を意識して判断できる人はいいのですが,意識できない人はどうするのかなっていうのが気になっています。

Introducing HTML5 (Voices That Matter)
Introducing HTML5 (Voices That Matter)

ちょうど、今、この本を読んでいるのですが、この中にHTML5の歴史というか成り立ちに関する話があって、これが、山本さんの話とつながっていて、自分としてはすごく面白かったんですね。

ひとことで言えば「仕様は会議室で作られてるんじゃない。現場で作るんだ!」という感じ。

ちょっと私の妄想が入ってるかもしれませんが、青島刑事みたいな人が大活躍して、本社を動かしてしまった話に読めました。

本社とは、W3Cという、Webの世界では由緒ある団体です。次世代のWeb標準は、この本社が作っているXHTML2.0という規格になると思われていました。それは、現在のごちゃごちゃWebとは切り離された「本来あるべきWebの形」を追求しようというもので、相当な長期戦になることが予想されていました。

HTML5は、オペラ社(オペラブラウザの開発元)に勤めていた Ian Hickson という人が、Web form 2.0という小さな仕様を仲間とまとめたことが始まりです。たぶん、この時点では、これはローカルというかプライベートというか、たぶん個人的な勉強会の延長みたいなものだったと思います。

で、それを見た、MozillaとAppleの人が「おっ、それいいね」と言って加わり、彼らはWHATWGというメーリングリストを立ち上げました。

Hicksonさんはその後、グーグルに移って、このWHATWGのリーダーを続けたのですが、WHATWGの方針は次のような点で、非常にユニークなものでした。

  • この種のグループとしては異例で、希望者は誰でも参加できる
  • ブラウザベンダーに拒否権があって、どこかのベンダーが実装しないと言ったら、よいアイディアでもボツ
  • 新しい仕様を決めるだけではなく、現在のブラウザの動作をそのまま仕様として規定していくことで、相互運用性を高めることに尽力
  • 世の中には間違ったHTMLがたくさんあるので、それもそれなりに読み込むようにした。ただし、「それなりに」を厳密に定義した

現場のこまごまとした問題にきちんと取り組んで、今あるWeb -- それは技術者の目から見ると、間違ったマークアップだらけの混沌とした世界なのですが -- それをそのまま受け入れようとしていたわけです。

それがうまく行って、どんどん育って、結局、ここで決められたHTML5が、XHTML2.0を置き換えることになってしまったわけです。

HTML5はまだ完成していませんが、この決定でほぼ将来が約束されたと言っていいと思います。

変なプライドにこだわらず、こういう決定したW3Cも偉いと思いますが、本社にも室井さんみたいな人がいたんでしょうか?

いずれにせよ、HTML5って、ものすごいスピードで現場から本社に駆け上がっていた仕様なんですね。

それで、私は、これがひとつの象徴というか前触れのように感じます。これ、一種のセカイ系だなあ、と。

セカイ系って「世界を成立させている階層的な官僚機構をすっとばして、上と下を直結するモノの見方」を揶揄する言葉だと思うのですが、私はこれをあえて肯定的な意味で使いたい。仲間と世界しか見えないって、正しいと思うのです。

HTML5って現場感覚というか、ブラウザ開発者やWebサイトを作る人の仲間うちの感覚が、けっこうそのままストレートに仕様に反映されてる感じがします。呉越同舟のブラウザベンダ5社(MS,Opera,Mozilla,Apple,Google)をよくまとめたなあとも思うけど、案外、現場の人間は同じことを感じ、同じことを考えていたのかも。

普通は、世界の複雑さに直面しようとすると、理論か組織の力を借りて、それを通して世界を把握します。昔はそれで良かったんですが、今はそれでは追いつかない。

HTML5の新しいタグは、グーグルの中の人が、世界中のWebページの統計を取って、id名やclass名としてどういう名前が使われているかを調査して決められたそうです。

世の中の動きが全部ネットに乗ってくると、そういうことができちゃうし、それ以上に、現場にいる人の感覚を、直接、形にまとめることが簡単になってくる。

たぶん、ネットネィティブな人が増えると、世界はセカイ系化するんです。

組織と理論に対する依存って、何割かは紙というデバイスに対する依存です。今の世界は紙というデバイスに依存しているんです。そして、世界の仕組みは紙の全盛期に作られているんです。

ネットが世界を変えるのではなくて、ネットが紙を置き換えて、それが世界の紙への依存を断ち切るんです。

HTML5は、紙の代わりに使うネットをずっと使いやすいものにしてくれますが、それ以上に、それの成り立ち自体が、紙の無い世界の先駆けなんだと思います。



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