小泉政治は我々の合意の原点

小泉内閣の政策に一切不満が無い人はほとんどいないだろうし、いたらちょっと不勉強だと思う。しかし、たくさんある小泉さんへの不満を一つに糾合して大きな勢力を作ることはできないだろう。それは民主党に人がいないという問題ではなくて、小泉さんの作りあげた大きな合意よりもっと大きな合意は現状では存在しないということだ。

しかし、小泉さんは中庸という言葉から最もかけ離れた人でもある。小泉さんが自民党のまん中にいるとか日本の有権者のまん中にいたとは、とても言えない。むしろ、そういうポジションにいたのは、民主党の岡田元代表だろう。岡田さんは、民主党の中でほぼ左右の中心にいたし、ベテランと若手の間でもちょうど中間にいた人だと思う。民主党のまん中にいたことが、岡田さんの存在価値であった。だが、結果的に見ればそのために、前後左右から均等に圧力を受けて、まん中から一歩も動けずにあの人は終わってしまった。

民主政治において「合意」とは何だろうか。誰もが支持しやすい口あたりのいいだけの政策を、騙して飲ませることだろうか。

ブッシュは、アメリカ人の馬鹿さ加減のまん中に立っているように見える。もちろん、馬鹿ではないアメリカ人もたくさんいるけど、馬鹿なアメリカ人もたくさんいる。典型的に馬鹿なアメリカ人というものを想像して人格化するとブッシュができあがる。

ブッシュ政権にとってブッシュが傀儡であるなら、必要に応じて、ブッシュの馬鹿さ加減をブッシュ政権はコントロールできていいような気がする。ブッシュも支持層の馬鹿さ加減のピークの位置に固定されてしまっているように見える。

岡田さんやブッシュと比較して、小泉さんは自由自在に動き回っているように見える。民意以外に支えが無かった時期から、小泉さんは民意にも他の何ものにも縛られずに、自分の好きなように動き回っている。

一方で、1998年から小泉さんは一貫して郵政民有化を言っている。

 −−時々、小泉郵政大臣かと錯覚するぐらい、郵政には熱い思い入れがありますね(笑い)。

 小泉 当たり前じゃないですか。いま、行政改革で官から民へという、役人がしなくていいものは民間へ任せよう。これ見たって郵政三事業は全部民間でできるじゃないですか。なんで役人がやってなきゃいけないのか。

 郵政民営化。反対してくるんですよ、郵政省の役人が。郵政省の役人がOKすれば収まっちゃいます。わずか三十万人たらずの役人集団に政界全部振り回されている。郵政民営化の問題は、行政改革と同時に政治改革なんです。それを何回いっても、選挙で応援されているからみんな黙っちゃう。最も大事な急所なんです、行財政改革の。

選挙が怖いんですよ。自民党は特定局長会。社民党と民主党は全逓労働組合。新進党は全郵政。共産党はもともと国営論だし。三十万の職員が選挙で与野党を応援する。これで動きがとれなくなっちゃう。

 −−いわれているほど、郵政一家に票はないと思いますけど。

 小泉 議員にとってみれば、見える票がほしいわけですよ。投票に行くか行かないか、あてにならない票よりも、実際選挙で出してくれるものが何千票でもほしいんです。

 −−票にうろたえる議員心理を叩き切るほうが先決ですね。

 小泉 だから、これは政治改革だといっているの。政党は一特定団体の代表じゃないんだ。一部特定の団体よりも全体の利益を考えなきゃいけない。それが政治家であり、政党である。それがだんだん組織化されて、一部特定支持層に注意が向いちゃう。

橋本さんはよくこんな危険な人を大臣にしていたなあと思うけど、これはむしろ小泉さんの言うことに現実味がなかったからだろう。森派(当時は三塚派)との力関係で何人か入閣させなければいけないならば、経験年数の割に実務能力がない人にすれば、派閥バランスの慣行は守ったまま三塚派のパワーを削ぐことになり、橋本派的には望ましい。しかも、このように改革へ情熱だけは持っている人だから、国民への受けがいい。非常に都合がいいおもちゃのような位置づけで入閣させたような気がする。

「郵政民有化」なんて寝言を言っている人間が、自民党で何事かを無し得るとは思えない、それが当時の常識だった。この人は、もう政治家として先のことを諦めているから、後先考えずに好きなことだけ言って生きたいのだろう、そう私は思っていたし、当時の自民党の議員はほとんど同じように考えていたはずだ。

たぶん、最初の総裁選で小泉さんに入れた議員もほとんどが、「他のことはともかく郵政民有化だけは口先だけのポーズだろう」と信じていたのではないか。

そのとんでもないことが実現してしまった今、むしろ、「一部特定支持層」の周辺にいた人ほど、ひどく動揺している。

日経ビジネス Podcastの2006å¹´8月28日号「談合なき世界 焦土から始まるゼネコン作り直し」で、同誌の編集長が、「これまで談合を仕切っていた大物にちゃんと取材したけど、談合は今完全に無くなっている」と言っていた。

また、魁!清谷防衛経済研究所の川崎重工、橋梁部門から撤退検討には、もはや不採算部門であるとして談合ビジネスから撤退する動きが広がっている、という観測が出ている。

本当に談合が無くなっているのかどうかわからないが、表裏を使いわけてたくさんの不祥事を生きのびてきた談合の仕組みに、これまでにない大きな変動が起きているのは間違いないだろう。

たとえ看板だけのことであっても、「郵政民有化」をかかげて300議席を取ったということが、彼らに大きな衝撃を与えたのだと思う。日本は本当に変わろうとしている、ということを彼らが一番実感したのだろう。小泉以前の自民党で「郵政民有化」がいかにとんでもない政策であったかがわかる人だけが、その本当の意味がわかる。その本当の衝撃がわかる。

「郵政民有化」以外については、小泉さんという人はかなりいいかげんな政治家だと思う。「郵政民有化」についても、財政的な意味や公社運営の是非について本当にわかっているかどうか怪しい。

しかし、その政治的な意味についてはよくわかっていた。だから、それにこだわり続けたのだ。

小泉さんが作りあげた大きな合意によって、「一部特定支持層」は300議席分の有権者とはじめて直面させられた。「一部特定支持層」にも根っからの悪人は少なくて、むしろ頼まれるとイヤと言えない善人が多くて、彼らは自分の背後にいる人たちの為に一生懸命働いていたのだと思う。そういう人たちに、本当の民意がどこにあるか教えたのが「大きな合意」だ。

民主政治のリーダーは、自分がしたいようにできることはほとんどない。権力闘争を勝ち残ってきた人ほどたくさんの支持者に囲まれて、四方からまんべんなく圧力を受けて、どちらへも動けない。

だからと言って、機械的な集計で、右と左の中間のちょうどいい位置にいるだけの政治家で用が足りるのであれば、それが人間である必要はない。Webサービスで充分だ。

政治家は自分の政策を持っていて、それを公約にかかげてきちんと説明し、それに対する民意を確認した上で、それを実行すべきだ。

でも、その政策が特定の領域だけに関わるものであれば、それはその領域で処理すべきことで、本当の意味での政治ではない。政治に乗るとしても傍流にしかならなくて、傍流であるべきだ。

私は、民主政治におけるリーダーシップは次のようであるべきだと思う。

  1. 政治家は自分の信念と政策を公約にかかげ、それによって信任を得るべき
  2. その政策は、有権者全員の共通した利害に関わるものであるべき
  3. その政策は、民意の大きな方向性を、誰にでもわかるように示すものであるべき
  4. 政治家は自分が民意と信じるものだけに頼るべきで、それ以外のものとは闘うべき

民主政治は、有権者のレベルとかけ離れた高いレベルの政治家をリーダーとして持つべきではない。自分たちにふさわしいレベルの、なるべく大きな合意を作りあげる人をリーダーとすべきだ。

間違った政治、小さな合意から生まれる正しい政策より、正しい政治、大きな合意から生まれる間違った政策を、私たちは望むべきである。なぜなら、小さな合意は間違った政策を正当化しようとするばかりで間違いを正すことができないのに対し、大きな合意は、間違った政策を直していけるからだ。それが正しい政治のあり方である。

そういう意味で、この時期に小泉純一郎という人をリーダーとして得たことは、限りない幸運だったと私は思う。

小泉さんが作りあげた大きな合意は、GPLのソフトウエアように、自民党にも民主党にもその他の政党にも同じように開かれている。小泉内閣の政策にまっこうから反対する人も含め、誰もがそれをフォークして改良していける。そして、それを誰かの占有物とすることは永遠に許されない。その合意のあり方をコアとして、そこにいかようにも具体的な政策をモジュールとして組み込んでいくことができる。

そういう形で、私たちはこれから小泉さんが残したこの財産を生かしていくべきだと思う。