小説 『天上の涙』

 

とうとう、殺されちゃった。

 

最後まで悪い人間と、騙されて洗脳された哀れな人間に逆らい続けたぼくは、あっけなく殺されて死んでしまった。ああ、本当に殺すなんて、次は人間に生まれるより、鳥に生まれたいなぁ。

 

死ぬ苦しみはあったが生前に過剰に妄想していたほどではなく、苦しく痛くはあったが、最後にふっと全ての苦痛から解き放たれた。

 

三途の川は現れずに光の渦の霧の中をふわふわしていた。走馬灯は見られたが、脳が壊されていたせいか、何だかよく分からない抽象的な記録ばかりだった。ただ、小さな手を握り、微笑んでいる家族や子どもの頃の友人との記録は懐かしかった。

 

死んでも意識だけ残るなんて不思議だなぁ。

ぼくは、光の中ゆらゆらさまよっていると、急に霧が晴れて重力を感じた。昔の小学校の校庭で倒れていた。起き上がると子どもの体になっており子ども服を着ていた。

 

眼の前に光の塊があり、頭に語りかけてきた。

 

「あなたはよくやってくれました。あなたのお陰で、地球の運命は変わりました。」

 

ぼくはよくわからないのでその光に聞いた。すると、ぼくの様な存在が地球に何人も送り込まれてちょっとずつ、ちょっとずつ、岩を割る雨水の様に地球を救ったらしい。つまりぼくは、救世主ではなく雨水のひと粒だったのね。

 

「あなたには2つの選択肢があります。子どもの頃から修正された地球で人生をやり直すか、大いなる光に帰り、またどこかで生まれるか。」

 

「また、この人生やる気ないよ。人間嫌いだし、他の楽しい人生が送れるならいいけど、また自分をやるのは嫌だから光に還らせてください。」

 

「そうですか、分かりました。では、私の中に入ってください。あなたは大いなる光に帰ります。」

 

ぼくは何もためらわずに光の塊に入ろうとした。すると小学校のチャイムが鳴った。足が止まった。遠くに見える教室の窓には、昔の担任の先生と子どもの頃の友達とクラスメイトが見えた。

 

「ねぇ、未来は変えられるの? ぼくはまた、見えない戦争に巻き込まれて拷問され、殺されるの?」

 

「あなたたちはすでに未来を変えました。あなたがやり直す世界線は修正されています。あなたの未来を私はあえて見ませんが、生前ほど酷い人生にはならないでしょう。これはご褒美なのですから。」

 

僕は真っ青な空を見た。あの頃の空と太陽だ。

地球は繰り返された努力の結果、治ったんだね。

 

ぼくは、死を思い出した。生前に過剰に妄想した恐ろしい苦痛と、その後の無は無かった。な~んだ、死はこんなものだったか。あっけなく殺されて一度死んだ今、人生をやり直すのも悪くはないなと思った。ぼくは気が変わった。

 

「やっぱり、このご褒美ください。」

 

光の塊はぼくの心に喋りかけた。

 

「はい、では目をつむってください。次に目を開けるとあなたは最も幸福であった時から人生をやり直せます。それではあなたに最後のお別れです。」

 

目を開けると懐かし女性が立っていた。

優しく、ぼくを抱きしめた。

 

「大丈夫。あなたなら大丈夫…。」

強い温もりを残して消えた。

 

教室から子どもが、出てきた。

皆がぼくの名前を呼び、

ぼくは過去の記憶を失った。

 

ああ、あの頃の生きていた人間の笑顔だ。

自由に動く体、躍動する心と好奇心。

ぼくの人生が始まった。

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