ディズニーのデジタル絵本

先日、ディズニーがネット上でのデジタル絵本事業を開始するというニュースが報じられました(New York TimesAFPの記事などを参照)。Disney Digital Booksと名付けられたサイト(こちら)に「くまのプーさん」や「ミッキーマウス」から「カーズ (Cars)」、そして「ハンナ・モンタナ」まで、3歳〜12歳の子どもを対象にした500冊以上の英語の絵本を用意し、月会費(8.95ドル)か年会費(79.95ドル)を払うとそれらをネット上で自由に読むことができるというサービスです。最近にわかに「本」のデジタル配信が活気づいていますが、ディズニーの計画には2つの点で興味深いものを感じました。

まず、同じ本のデジタル配信とはいえAmazonによるKindleの世界展開やBarnes & Noble*1の電子ブックリーダー市場への参入、またGoogleの書籍データベース計画などとは少し性質が違っているという点。AmazonGoogleなどが行っているのがネット上で本を買ったり読んだりするための流通経路やハードウェアをめぐる主導権争いであるのに対し、ディズニーの取り組みはコンテンツ保有者の立場からの本のデジタル配信への参入だと言えます。音楽や動画のネット配信ではiTunesYoutubeのようにコンテンツ保有者ではないところが流通のプラットフォームを押さえて圧倒的なシェアを握っていますが、本の場合、たとえそれが子ども向けの絵本という狭い分野に限られるとしてもディズニーの参入がデジタル配信ビジネスの世界にどのようなインパクトを与えることになるのか、注視していきたいところです。

次に、昨今の大不況の中でアメリカにおいても大量消費時代が終焉を迎えていると言われる中で、ディズニーがネットを利用してサブスクリプション方式で絵本を売るという戦略を採用したという点。キャラクタービジネスを行う会社はテレビや映画などで有名になったキャラクターの2次利用や他社へのライセンシングなどを重要な収入源としていることが多いのですが、それらはDVDにしろ本や雑誌にしろおもちゃや日用品*2にしろ、キャラクターの関連商品を作ってそれを大量に売ることが極めて重要になります。一方、ネット上でのサブスクリプションによる絵本の配信というのは、モノからコンテンツを解放して中身(情報)だけを販売するという手法です。その意味で、深読みしすぎかもしれませんが、今回の取り組みはディズニーが「大量生産、大量消費」の次の時代を見据えて踏み出した第一歩なのかもしれないなとも感じられます。

このDisney Digital Booksには無料のお試し登録ができるので、そんなことを考えながら自分でもサービスを体験してみることにしました。そして、可能性を感じるとともに少し残念な感じもしました。

前者に関しては、このデジタル絵本はただのエンターテインメントではなく、教育目的の使用にもとても有効なものになり得るという印象を受けました。絵本の文章に使われているひとつひとつの単語に「発音」と「辞書」の機能が対応していて、スクリーン上のペンでクリックするとすぐにその単語の発音を聴いたり意味を調べたりすることができます。また、「Look & Listen」という機能がついている一部の本では、テキストが効果音とともに読み上げられていくので、ネット上で絵本の読み聞かせができるようになっています。絵本を読了したり読んでいる最中に出題されるトリビア・クイズ(絵本の内容の理解を尋ねるクイズ)に正解したりすると段々自分のポイントが加算されていくというのもやる気を持続させる要素になることでしょう。

一方少し残念だったのは、特にトップページの使い勝手があまりよくないと感じられたことと、上記の「Look & Listen」に対応している本が極めて限られていることです。僕はこのサービスが対象としている年齢層からは大きくかけ離れていますので、使い勝手について実際に子どもたちがどう感じるのかはわかりません。でも、アニメーションや効果音の多用はページを重くするだけでなく「くどさ」にもつながるように思います。また、500冊以上のラインナップがある中で「Look & Listen」ができる絵本が22冊しかない(10/16現在)というのでは物足りません。

Disney Digital BooksはAmazonKindleのような端末には対応していないので、絵本が読めるのは今のところパソコンのスクリーン上だけです。だから、子どもが夜寝る前の読み聞かせなどには恐らくほとんど使われないでしょう。だとすると、キャラクターやストーリーで子どもを惹きつけつつ教育面での有用性で親の支持も得るというのが現実的なユーザー拡大策ではないかと思います。特に、サイトを多言語化すれば、ディズニーのキャラクターが浸透していてさらに英語の学習熱が高い国々からの利用者も獲得できるのではないかという気がします。そのためにも、使いやすさの追求と読み聞かせ機能の充実は欠かせないところです。

日本からでもこのサービスが利用できたことが示すように、絵本は動画と違って国境によるサービス展開の縛りがずっと少ないようです。別にディズニーでなくともよいのですが、コンテンツをパッケージから分離して世界に向けて発信するというネットの長所を存分に生かしたビジネスが本のデジタル配信で成長してくれば面白いなと思います。

*1:アメリカの大手書店

*2:キャラクターがプリントされた衣類や文具、お菓子など