日影に巫女の墓がある。今は土淵に移住したというが
「巫女ド」という屋号であったと。そしてこの墓の巫女は、凄い法力の持主であったそうな。
愛宕神社手前は、今でも松原というが、昔の写真を見ると、見事な松並木で
「高田松原へ行きたい!」という子供の駄々を
「愛宕の松原で我慢しなさい!」という程の有名な松並木があった。そこを巫女が歩いていると、たまたまその巫女を知っている男が
「貴女の凄い法力を見てみたいものだ。」というと、あっという間に松林に火がついて燃え出したという。すると男は
「わかったから、もう火を消してくれ!」と言うと、何も無かったかのように、あっという間に火は消えたという。もちろん、どこにも焦げ付いた跡は無かったと。
また巫女の夫は桶屋をしていたが、その材料を桧沢山に鬱蒼とした桧林があって、そこから切り出して使っていたようだ。桧沢山の山名も、その桧林からきているようだ。その夫がある時、足腰が立たなくなったという。占ってみると、桧沢権現が沢山の桧を切ったのに怒り、巫女の夫に祟りを成したのだという。しかし気性の激しい巫女は
「桶屋が桧を切って何が悪い!ならば私の法力で桧沢山に桧が生えないようにしてやる!」と言い、それからというもの桧沢山には桧がまったく生えなくなったのだという。