食育のすすめが勧められないワケ



■本当は危うい(?)食育の推進
食育という言葉をご存じでしょうか? 2005年に食育基本法が成立し、食文化や食生活、食と健康の関連性などについて家庭だけではなく、教育機関や地域とも連携を行い子供達に食教育を推進するという事になりました。これにより新たに栄養教諭と呼ばれる管理栄養士(栄養士)の資格を持つ教員が配属されるようになりました。
こうした動きにともない、食育をテーマにした本などが多数刊行されたのですが、その中には食育とは名ばかりの根拠のない食習慣の押しつけや、栄養学的に妥当でない内容を含む物も多く見られました。そんなわけで、どらねこは「食育」という文字を見ると身構えてしまいます。

食育関連のオカシナ主張などの具体例については「食育とか」タグのある記事を読んでいただければ、そんな気持ちになった理由も分かっていただけるかと思います。
→http://d.hatena.ne.jp/doramao/archive?word=%2A%5B%BF%A9%B0%E9%A4%C8%A4%AB%5D

子供の健やかな育ちを望むという気持ちはわかるのですが、食べさせたくない食べものを「病気の原因になる」、「食べるとキレやすくなる」など不当に貶めたり、日本食の良さをアピールするために他国の食文化と比べその優位性を謳う必要などないと思うんですね。
せっかく教育の現場で食と健康のお話しを教える機会ができたのですから、そうしたオカシナ食育が入ってこないようにしたいものです。そんなわけで、勉強のために食育の権威とされる服部幸應さんの本をどらねこは手に取りました。

「食育の進め ゆたかな食卓をつくる50の知恵」 服部幸應著 マガジンハウス刊


服部さんは料理評論家で、1990年代後半から食育を題名に含む著書を多数書いていらっしゃいます。内閣府が行う「食育推進会議委員」のメンバーにも選ばれていらっしゃいますし、食育に対して大きな影響力を持つ人といえるでしょう。
ところが、読みはじめてすぐ期待は失望にかわりました。
この本を手に取る人は有名な食の専門家が書いた正しい情報だから大丈夫だろうと、その主張を信用して受け入れてしまう事でしょう。しかし、その内容には首をひねる箇所がいくつも見られます。TOSS食育や極端な玄米菜食などの行き過ぎた主張を批判する立場にある人が似たような主張を唱えていては困ってしまうのですが・・・

そんなわけで、今回の記事では問題と思われる箇所を示し、服部さんの考える食育の何がおかしいのかを指摘してみようと思います。



■6つの「こ」食
家族であっても個別の食事をそれぞれが行う「個食」や、独りで寂しく食べる様子を表す「孤食」という言葉はマスメディアでも採り上げられるなど、一般にも知られているものだと思います。服部さんはこれを発展させた『6つの「こ食」』を提唱し「こ食」は、心と体に赤信号の食べ方であると指摘します。服部さんの考える「こ食」とはどのようなものでしょうか。


孤食:家族が不在の食卓でひとり淋しく食べること
・好き嫌いを増やす
・発育に必要な栄養が足りない
・社会性・協調性がない
・引きこもりやすくなる。

個食(バラバラ食):家族それぞれが自分の好きなものを食べること
・好き嫌いを増やす
・栄養のかたより
・協調性が無くわがままに
・他人の意見を聞かない。

固食:自分の好きな決まったものしかたべないこと
・栄養のかたより
・肥満、キレやすい
・生活習慣病
・わがまま

小(少):食いつも食欲がなくて食べる量が少なく、バランスの悪いこと
・発育に必要な栄養が足りない
・無気力
・栄養のかたより
・激やせ
・発育不全

粉食:パン中心の粉を使った主食を好んで食べること
・噛む力が弱い
・エネルギーが高い

濃食:調理済み加工食品やマヨネーズ、ケチャップ、味の濃い食べ物
・本来の味がわからなくなる
・味覚障害
・肥満、生活習慣病

なるほど、現代的な食生活の特徴を抜き出す面白いゴロ合わせだと思います。ですが、こ食が続くことで生じるだろうとする問題点の指摘についてはちょっと見過ごせないようなものが存在します。特に気になるところを指摘してみます。

まず「固食」ですが、確かに同じものばかり食べることは栄養バランスをとりにくいでしょうし、食を楽しむという文化的な面からも問題がありそうです。しかしながらその結果が「キレやすい」としてしまうのはいけません。まず、キレやすいの定義も明確でもありませんし、偏食を続けるとキレやすくなるとしてしまうのも乱暴です。一見食生活の乱れが本人の素行に影響を与えているように見えるケースもありますが、別の要因が先にあって、結果として食生活が乱れているという事も考えられるからです。偏った食事の背景に何があるのかを探ることが大事ではあないでしょうか。

つぎに「粉食」ですが、パンなど粉ものを主体とする食文化のどこが問題であるというのでしょうか? 文化とも関係するような大きな話は、それ相応の根拠の提示が必要と思いますが、主食の好みと咀嚼力の関連性を示す論文は示されておりません。また、食育には食文化教育も合わせて行われるものであると理解しているのですが、こうした文化の問題を取り扱う場合には他国の文化を尊重する態度が求められるのは当然のことですから、粉食文化を否定するような内容が含まれるというのは不適当であるとどらねこは思います。

■母親の責任は重大?
服部さんが心配する6つの「こ食」、それを解決する知恵が本書にはあるのでしょうか。適宜引用しながら検証してみようと思います。

p6より
 一家団らんのシンボルである食卓の上では加工食品が七割を越え*1、家庭料理のできない母親が急増の一途です。親が栄養に無関心でいることが子供の偏食につながり、食べ物の好き嫌いを助長しています。小さい時の悪い食習慣は成長を妨げるばかりではなく、大人になってとても危険な病気をひき起こす原因ともなるのです。また、好き嫌いがないようにきちんと躾けないと、わがままになり、協調性のない性格が強くなってしまいます。人から何か気に入らないことを指摘されると、すぐにムカツク人になり、カッとなってナイフ等による殺傷事件を起こすなど、すぐキレる子供達の犯罪につながり、社会問題化してきました。その根底には、親子ともテレビに気を取られた食卓を囲んでのコミュニケーション不足や躾不足が問題です。


たしかに親が子供の食事に無関心であるというのは子供にとって良くない事でしょう。しかし、母親ばかりに責任を求める論調に疑問を抱きます。母親が苦手な家庭であれば、父親が担当すれば良いと思います。なぜか食育については、家庭のことは母親が賄うのが当然といった前提を元に議論がなされる事が多いように思います。本書においてもその傾向が随所に見られるのですが、偏った育児観で社会や家庭が関係する食の問題を解決するのは困難ではないかと思います。
いやそうは謂うけれど、実際に家庭での躾が行き届いていた昔の方が子供達はしっかりしていたではないか?という意見もあるかも知れません。もしそれが本当であれば、昔にはこのような凶悪な少年犯罪は発生していなかった、若しくは少なかった筈です。これについては少し調べるだけで事実では無い事が簡単にわかります。
少年犯罪データベース「少年犯罪データベース少年による殺人統計」を見れば実際とは異なる事がよくわかります。
食習慣の形成が大事である事には異論はありませんが、現実には存在しない危険を煽るやり方には賛成できませんし、社会全体の問題を母親ばかりに背負わせるというのも解決策としてはお粗末だといえるでしょう。これでは真弓定夫先生監修の食育漫画シリーズと大差はありません。

次は魚食のススメです。

p33より
 魚も切り身を香辛料や調味料などで生臭さを消して調理すれば、喜んで食べてみるでしょう。ご両親が美味しそうに食べてみせたり、無理強いしないこともポイントです。そして子供の目の前で嫌いな食べ物を料理してみせて、食べたら拍手してほめてあげるのも、食べることの楽しみを増す雰囲気づくりです。


これについては賛成です。服部さんは、明るく楽しい食事は雰囲気の悪い食事に比べて健康になれるという持論の持ち主でいらっしゃるのかな。やっぱり食事は楽しくなきゃね。と、思いきや・・・

p199より
 かつては、年上と年下の間での一定の順序というべき、“長幼の序”が守られていました。父親より前におなかがすいたからと食べようとして、母親から「待ちなさい」と手をたたかれたりした経験のある人も多いはずです。食事の際は、目上の人がハシを取るまで手をつけてはいけないというのが当たり前の礼儀作法でした。ところが今は食事時間がバラバラなため、このような基本的な家庭教育もおろそかになっているのではないでしょうか。

ええと・・・親の顔色を伺いながらご飯を食べるのって楽しくないんですけど。
箸の上げ下ろしから、食べる順番まで監視される。そんな食事にイヤな思い出があり、「自分が親になったら、食事中にあんまりうるさくいわないようにしたい」そう語っていた人がおりましたよ。のび太が親に怒られて、「自分がお父さんになったら子供の事おこらないぞ〜」というエピソードなどもありました。全く注意しないのは論外ですがやり過ぎは逆効果だと思います。
また、家族揃って食べる事を推奨しながら、昔みられた日本での食卓を例に挙げるというのは色々筋悪であるとどらねこは思います。家庭にもよりますが食事時間であっても、母親が父親からあれ持ってこい、コレも食べたいなんて要求され席を立つというのは服部さんのいうような昔の日本では当たり前の風景であったかと思います。
この本を読む限り、『服部さんの考える「こ食」の問題点』には色々と問題があるように思えます。



■食の常識非常識?
本書には「こ食」の他にも食と健康についての知識が紹介されております。その主張は妥当なものなのでしょうか、これも検証してみます。

p57より
さばなどの青身の魚を食べるとアレルギー症状を起こす場合がありますが、例えばさめを食べるとアレルギーになりにくくなります。それはさめの細胞にはたんぱく質が分解しにくいホルマリンが含まれており、ヒスタミンなどに変化しないからです。


短いですがツッコミどころが盛りだくさんの文章だと思います。
トリメチルアミン-N-オキシドという物質が酵素により分解されてホルムアルデヒドを生成という話が実際タラの加工で生じるという話はありますが、サメの話題は聞いたことがありません。それ以前にホルムアルデヒドの有害性は今更語る必要ないものですからホルムアルデヒドの含む食品*2を勧めること自体どうなのかと思います。
さらになのですが、ヒスタミンによるそうした症状は、ヒスタミン中毒によるアレルギー様症状であり、アレルギーとは別のものでありアレルギー体質とは関係のないものです。サメを食べればアレルギーが抑制されると誤解を与えかねない表現でしょう。

p58より
オメガ3系列は血液をサラサラにし、血管を広げ、血流を良くして炎症を起きにくくします。逆にオメガ6系列の脂肪酸は、血液をドロドロにし、血管を狭め、血流を悪くして炎症を起こしやすくし、免疫力を抑制します。

一般むけの本なので血液サラサラや免疫力という定義の明確でない表現を用いたのだろうと思いますのでそこはスルーしても、ちょっと説明が乱暴かなと思います。
どちらの脂肪酸も人間が生きていくためには無くてはならない成分で、両者の摂取バランスが健康に影響を与えます。この特徴だけ抜き出す事はオメガ6系列の脂肪酸に悪い印象を与えてしまいそうです。



p94より
 豚の脂分である「ラード」は不飽和脂肪酸である「EPA」(エイコサペンタエン酸)を含んでおり、成長期の発育を助けているのです。

p58の記述でもしやと思いましたが、服部さんには脂質栄養についての知識はあまりないようです。

基本的に「EPA」*3は海産由来食品に多く含まれる脂肪酸であり、豚などの陸上生物には通常含まれていないか、含まれていてもごく微量です。特殊なエサを食べさせた豚では多いかも知れませんが、大抵のラードには含まれておりません。ラードに多い脂肪酸はオリーブ油でもおなじみのオレイン酸です。

p168より
肥満を無くそう
どうして脂肪が蓄積するかというと、膵臓からインスリンという物質が出ますが、これが日本人は欧米人の二分の一。ということは、糖分を分解する力が低いのです。


これについては全く意味不明です。インスリンは糖分を分解する酵素でもありませんし、糖分を分解する力が低いと脂肪が蓄積するという理屈もよく分かりません。
インスリンは血糖を下げるホルモンですが、インスリンが働く事で血液中の糖質を細胞内にとりこみ、エネルギー源として利用することができます。そして、必要以上の分は脂質などにかえられて体内に蓄積されますから、分解能力とは無関係です。
ところで、日本人のインスリンの分泌能力は一般に低い傾向があることが知られておりますが、それは膵臓に負担がかかるなどした場合に分泌量が低下しやすいという意味で、健康に問題のない時に分泌されるインスリンの量は欧米人に比べて少ないという事はありません。


■まとめ
ここまで指摘してきた事からわかるように服部さんの栄養学や食品学に対する知識にはどうやら怪しいところがあるようです。
さらに肝心の食育についても「こ食」の問題で見たように昔は良かった的な予断に基づくものが主張の中心に存在しております。こうした主張は懐古主義の方によく見られますが、問題点は、服部さんは栄養や食育の専門家として多くの方から認識されていると思いますので、見過ごす事はできないとどらねこは考えました。
これを機会に服部さんは栄養学や食育の専門家では無く、食文化を評論するテレビタレントという認識をみんなが持って頂ければ誤解が少なくて良いのではないでしょうか。
折角の食育基本法ですから、昔は良かったばかりではなく事実に基づいた食教育がなされることを願いこの記事を終わりに致します。

*1:原文まま

*2:たぶん、尿素→アンモニアによる腐敗抑制の勘違いだと思います

*3:IPA(イコサペンタエン酸)とも。どらねこは通常コチラを採用している