dlitの殴り書き

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人文系、ホンモノの学問、基礎/応用、みたいな話(言語学の研究者から見て)

 下記のエントリを読んで、たぶん愚痴という側面もあるのだろうなと思ったので、私も愚痴のようなことを書いてみる。結論は特にない。一研究者の実感の記録として呼んでもらえるとよいのかもしれない。

ちなみに、上記の記事に対しても、これから自分が書くことに対しても、愚痴だから(ある程度)批判を免れられると考えているわけではない。

人文系と「事実」の重み

 自然科学における論争と違って、人文系の学問の論争は、クリアに決着が付かないことが多い。簡単に言うと、自然科学系の多くの問題は、実験とか計算、事実の観察によって、決着をつけることができるが、人文系では、それに相当するものがない。心理学のように、組織上は文学部に属していても、実験や臨床研究に重きを置く分野もあるが、これは例外だろう。経済学や社会学など、社会科学の一部の分野には、統計的データによってそれなりの決着を付けることができる問題もある。文学、歴史、哲学といったいかにも人文的な分野の主要な問題は、具体的な証拠を持ち出して白黒つけることはできない。歴史学や、文学の文献学的研究では、具体的な史料が重視されるが、史料だけで決着が付くのは、誰がいつどこで生まれたとか、この文章の実際の作者は誰かといった、細かい事実関係に関する問題くらいである。そういうことだけで、歴史や文学の研究がなり立っていると思っている、まともな研究者やその予備軍はいないだろう
訳が分かっていないのに、「ポモはダメ!」と言いたがる残念な人達 仲正昌樹【第22回】 – 月刊極北

 私の知っている範囲だと、哲学でも文学でも歴史学でも(それだけではないにしろ)「事実」がかなり重要な争点であることは多いのではないかという印象があるのだが、一方でこういう意見も時々目にする。門外漢ということもあるし、私の見ている範囲が各分野のごく一部ということなのだろう。ただこのような意見からは、自然科学系の研究者がいかに「事実」を正確に捉えるかということについてどれだけ苦心し、どれだけの方法を確立しているかについての敬意が見られないことが多く、好きではない。
 時々書いているが、このような視点から見るとたぶん言語学はかなり「事実」や「証拠」を重要な争点にできる分野である。が、こういう人文系と自然科学系という文脈で取り上げられることはあまりないなというのがこれまでの私の実感である。
 まあ言語学はいろんな文脈で割と「忘れられやすい」学問であるようなので、それほど不思議ではない。この方が言語学をどのように考えているかは分からないが、人文系の中にはけっこう露骨に言語学に対して「所詮語学屋でしょ」という言動を取る人も残念ながら(いまだに)いる。さすがにここまで直接的な表現ではないが、直接言われたこともある。

ホンモノの学問、基礎/応用

 ここから少し話がずれる。
 これは最近の人文社会系をめぐる議論でも時々見かけるのだが、「~こそがホンモノの学問」(例:役に立たない学問こそがホンモノの学問)という言い方が気になる。もちろんよく言われているように「役に立つ」とは何かの内容をある程度決めないと混乱してしまうのだけれど、勢い余ってなのか(だといいけど)応用系の研究分野は所詮末端・辺境のような言い方も見られて、なんというかそんな仲間割れみたいなことして何の得があるのかと思うことが多い。
 言語学の中にも基礎的な研究と応用系の研究があって、私のメインの研究テーマはかなり基礎的な方に寄っていると思うのだが、応用系の研究から基礎研究への刺激というかインパクトがあることも珍しくないと感じている。私に節操がないだけかもしれないが。たぶん基礎対応用みたいな対立は色んな分野で多かれ少なかれあるんだろうけど(そして中には必要な対立もあるのかもしれないけど)、個人的にはもったいないなと思う。
 「所詮語学屋」の僻みなのかもしれないが(私を「語学屋」と言うと今度は語学(言語教育・言語習得)の専門の方に失礼なのだけれど)、危機感の現れという側面があったとしても、「王道」の学問分野の方々には自分の分野をディフェンスしようとするあまり変な対立構造を生まないようにしてほしいなと思う。もちろん言語学を含め他の分野を尊重してくれる研究者も多くいるのでそれほど心配しているというわけでもないのだけれど、最近気になることが多いので。

おわりに

 なんとなく今回も「不要なケンカはやめよう」系の内容になっていまった。別になれ合うのが良いと考えているわけではないが、今の学問の状況を見ていると、全体としては、他の分野・領域を尊重した方が良いことが多いと思うのだけれどどうだろう。時々全方位にケンカ売ってそれが面白い方向に転ぶという人もいないではないが、そういう人は少数で良いと思うし、少なくとも上記の記事はそういう役割は担いそうにないというのが私の感想である。

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